私はあなたと

呉須色 紫

第1話 恋?

 私には好きな人がいる。世界一優しくて、世界一かっこよくて、世界一素敵な、同じクラスの三方原くん。

 三方原くんに初めてを捧げたい、ひとつになりたいとさえ思っている。それほど三方原くんを愛している。

 三方原くんと初めて話した日、私は彼に興味を持った。


 入学したあの日から、私はいつも同じ日々を送っていた。放課後の図書室の隅の席で、閉まるまでずっと静かに本を読んて過ごす。誰かに声をかけられることなんてなかった。

 でも高校二年生になって少し経ったある日の放課後、三方原くんが私に声をかけてきた。


「……桜庭さん、だよね? 同じクラスの」


 私は視線を一瞬だけ三方原くんに向けて小さく頷く。


「大丈夫……じゃないよね」


 何を見てどう困ってるように見えたのか。理解できずに三方原くんを見ると、三方原くんは「その怪我のこと」と、私の腕に視線を向けた。


「……大した怪我じゃない」


 私は静かにそう答えた。

 左腕に巻かれた血の滲んだ包帯。大した怪我じゃないと言うには少し無理があるような気もするけど、三方原くんは「桜庭さんがそう言うならそうなのかもしれない」と素直に私の言葉を受け止めた。


「でも痛いとか辛いとかあると思うんだ。だから無理しないでほしい。何か腕に負担かけるようなことがある時は頼ってほしい」


 三方原くんのその言葉が嬉しかった。でも、その感情を気付かれるのが恥ずかしくて私は本で少し顔を隠した。それから「どうして……?」と訊ねる。


「ん、何が?」


「どうして私なんかに優しくしてくれるの……?」


「え、どうしてかって言われても……クラスの仲間が怪我してたら心配するのって普通でしょ。それに、まあ一応学級委員長だからさ、困ってる仲間がいたら助けるのは当然って言うか……」


 当たり前のことだと言わんばかりの発言。その言葉に嘘っぽさはない。


「ありがとう……」


 私は、心の底から思った言葉を口にした。

 それから、図書室が閉まるまで三方原くんと少しだけ話した。

 三方原くんの好きな本を聞いた。私と同じジャンルが好きで、同じ作家の作品を読んでいるらしかった。登場人物の心情とか物語の流れとか、感じたことをお互い話した。

 その時間は楽しくて幸せで、すぐに終わってしまった。


「怪我、本当に大丈夫? 痛みとか」


 心配そうに訊ねる三方原くんに、私は「うん、大丈夫」と答える。


「ならよかった。でもそんな姿だと心配になっちゃうから怪我早く治してね。また明日」


 そう言って手を振りながら三方原くんは図書室を出ていった。


 もうすぐ図書室が閉まる。

 一人になったところで私は自分の心拍数が上がってることに気付いた。

 どうしていつもと胸の音が違うんだろう。

 これが、共通の話題を持った話し相手ができて嬉しかったからなのか、それとも三方原くんに対して好きという感情が芽生え始めているからなのか。この時の私にはまだ分からなかった。

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