第四十五話 シエルの部屋。玉座の間。

 崩れた渡り廊下を進み、階段を上り、行き着いた先は周辺の光景とは場違いに綺麗なままの扉の前だった。


「これはシエル先輩が?」

「うん! 勝手に入られたら困るからがっちがちに魔法で固めといた!」


 今まで見てきた城内の荒れ具合からすれば違和感しかない。それこそ最初の封印から覗いた異空間のようだった。


 シエルがドアノブを握ると、パン! と乾いた音がした。特にドアの見た目が変わった等の変化はない。そのまま捻って開いているのを見るに、掛けていた魔法が解けた音だったのだろう。


「あいてっ」

「ちょ、大丈夫?」

「へへ、だいじょぶだいじょぶ」


 珍しく角をぶつけていた。懐かしい自室で気が抜けたのかな?

 照れ隠しのようにはにかみながら部屋に入ったシエルが振り返る。


「いらっしゃい! ゆっくりしていってね!」

「お邪魔しまーす」

「わぁ……先輩の部屋……!」

「失礼します……」


 口々に挨拶をしながらシエルの部屋に入る。室内もやはり荒らされた形跡はない。外部からの攻撃も弾いているのか窓も恐らく当時のまま、割れずに綺麗なままだ。映す景色だけが、変わってしまったか。


 室内はやはり大魔導士だけあって魔法に関する物が多い。壁際にある複数の大きな本棚にはぎっしりと本が詰まっている。テーブルの上には見た事がない道具や素材がそのまま置いてあった。何に使うんだろう……?

 他にも装備が飾ってあったりして見てて飽きない。一つ一つにシエルの歴史が刻まれてると思うと感慨深いものがあった。


 しかし存外散らかってないのは普段のうちでの生活からは意外でしかなかった。


「あー、駄目だ。やっぱり合わない……」


 装備の一つを手に取ったシエルが溜息を吐きながら後頭部を掻いていた。生前は相性の良かった装備でも今はモンスター。それも伝説中の伝説のモンスター、アスモデウスなのだ。人とは正反対の生き物になってしまった彼女には人間の防具は具合が悪い。


「ごめん、無駄足だった……」

「いや……これ、さ。エレーナが使うってのはどう?」

「はぁ!? 私が!?」


 モンスターの魔導士に使えないなら、人間の魔導士が使えばいいじゃないの発想だが、エレーナは聞いてないと言わんばかりの表情で戸惑っていた。


「ふ、ふざけんじゃないわよ! 私がシエル先輩の装備使うなんてそんな、烏滸がましいわ……!」


 ただのファンだった。


「エレーナちゃんが使ってくれたら嬉しいんだけどな~?」

「えっ!? や、えっと……そ、そうですか……?」

「うん! 頑張って作った装備だし、此処で腐らせるくらいならエレーナちゃんに使ってほしいなー!」

「シ、シエル先輩がそういうなら……」


 ちょろかった。いや流石にシエルの言葉ならエレーナもノーとは言えないか。しかしこうして大魔導士が作り上げた傑作を目の前にして放置するというのも勿体ない。エレーナがシエルの装備を身に付けることで力が底上げされ、シエル並みの力を発揮してくれるとこの後戦う迷宮主との戦闘も安心できるというものだ。


「じゃあまずはこっちの装備から交換しよっか。これはキメラっていう人工のモンスターをバラして組み直した上で、錬金術も駆使して強度だけじゃなく魔力循環効率も上げたローブなんだよ。ガリギュスタっていう錬金術師の友達が作ってくれたんだよね。今じゃどうか分からないけれど当時は最高峰の錬金術師だったし、この装備だって私の装備史上2番目に高性能だからね。次に手足に付ける装備なんだけど、これ一応軽量化してないからちょっと重いかも。革製品なんだけれど、ブラックドラゴンの白変種っていうとても希少なドラゴンの皮から出来たブレスレットとアンクレットね。それぞれ見た目は違うけど、こっちが腕用でこっちが足用。これは魔法耐性を上げてくれるのと、中級までの魔法なら全属性弾いてくれるから安心してね。4つとも装備しなきゃ弾いてくれないのがちょっと難点だけど、良い装備だよ。こっちの装飾品は腰のベルトループに引っ掛けてね。いくつか宝石が付いてるでしょ? これに魔力が自動で蓄積されるようになってるから、危なくなったら此処から抽出するといいよ。それが全部で4本あるから全部付けて。宝石は全部で23個あるから覚えててね。それからこのお花が装飾された帽子はエレーナちゃんなら知ってるかも。私がずっと付けてた帽子。結構有名らしくて、真似した魔導士はいっぱい居たし形だけ一緒の帽子も売ってるのを見たね。でもこれは本物。私の血と液体になるまで濃縮した私の魔素で染めたテラ・アラクネの糸で『グラビティー・ブリンク』の魔法陣を裏に縫い付けてあるから、魔力を流すだけで分身を作れるからいざという時は使えることを覚えててね。武器はそうだなぁ~。私の『滅杖・天堕とし』くらい良いのがあればいいんだけど、前に使ってたのが壊れたから作ったんだよね。だからそれより前のだと今のエレーナちゃんの持ってる杖よりは性能が落ちるからそのままの方が良いかも。いやーせっかくおめかししてきてくれたのにごめんね! じゃあちょっと奥の部屋で着替えてこよっか!」


 この長台詞をなんとシエルは1度も噛まずに1分以内に言い切ったのだから、驚いた。オタク特有の早口というより、もはや外郎売のような舌を巻くようなとんでもない技術を目の当たりした気分だ。


 これには流石のエレーナもさっきまでのちょっと遠慮気味だった様子もすっかりなりを潜め、追い立てられるように奥の部屋へと消えていった。というか、責め立てられていた。




 言った側、聞いた側、聞いてた側。それぞれが落ち着きを取り戻した頃、ふとミルルさんが一枚の写真を見つけた。


「あの……これ」

「あー、懐かしいね」


 机の上に置かれた額縁に入った写真を手に取るシエルの頬は柔らかく緩む。


「この小柄な子が昔の勇者だよ。アレイスター=エルデヴァルト=ザルクヘイム。こっちのでかいのが拳闘士のウェントス。白いローブの枝みたいな男はガリギュスタ。それでこれが……生前の私」


 立派な鎧を身に付けた少年を中心に大人達が集まっていた。満面の笑みで腕を組む筋骨隆々の男は以前シエルが言っていた殴る蹴る特化マンのウェントスで、反対側に立つ少し卑屈そうな表情で此方を睨みながら杖を握り締めているのが稀代の錬金術師、ガリギュスタ。そして勇者王子を後ろから抱き締めるように立って笑うのが歴代最強の大魔術師、ユーラシエル=アヴェスターだ。


 生前のシエルは今と変わらず可愛らしく、そして美しかった。モンスター的な特徴である顔の紋様や角、鱗や尻尾は勿論ない。ついでに胸もないが、それを補って余りある魅力が今も昔も溢れ出ていた。


「昔はエレーナと同じ金髪だったんだね」

「今とは正反対だよね。印象変わるなぁ~」

「先輩は黒髪も似合ってますよ!」


 エレーナのよいしょを聞き流しながら、隣で見たそうにしてるミルルさんに写真を渡した。ミルルさんの周りにエレーナやシエルが集まるのを見ながら、かつての勇者もこうした光景を見ていたのかな……なんて想像をしていた。



  □   □   □   □



 さて、寄り道はこの辺で終了としよう。色々とシエルがあちこちから持ち出していたがそれは後で聞くとして、今はこの古城攻略が最優先である。


「そろそろ本当に行かないと、帰りの予定もあるんだから」

「そうね。よし、決戦といきましょうか!」


 装備を一新したエレーナは誰よりも士気が高い。しかしそれに釣られるように僕やミルルさんも気合いが入っていくのが分かる。今回、シエルは戦闘に参加しない。ハッキング攻撃で迷宮主の動きを阻害、或いは停止させるのが目的だ。バフ魔法で底上げした僕が敵の気を引き、エレーナがでかい一撃を入れる。ミルルさんはサポートと攻撃の両方を、状況を見てやってもらうつもりだ。


 そして僕達は今、玉座の間の前に立っている。古城にただ一つある気配はこの奥で微動だにせず、その玉座の上に身を置いていた。


「いこうか」


 僕の言葉に3人からの返事はなく、ただ覚悟と意思だけが伝わってきた。 


 眼前の扉に両手を置き、ぐっと力を込める。かなり重いが、ほんの少しずつ奥へと動いていく。扉の隙間から奥を覗くが、暗くて分からない。


「ぐ、ぅ……!」


 闇属性バフ魔法『筋力上昇ハーデス・ハント』を起動させ、一気に押し開いた。


 暗く広い空間にうっすらとだが等間隔に燭台が並んでいるのがみえる。上からは壊れていないシャンデリアがぶらさがっていた。


 それらが一斉に金色の炎を灯した。その異様な演出にすかさず剣を抜いて警戒する。


 玉座から、声が聞こえた。


「金色は好きなんだ……俺の髪色と一緒だったから」

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