第四十四話 ザルクヘイム大迷宮郡深淵古城カタコンベ
カタコンベ側へ侵入してから一週間が経過した。現在、僕達は古城の前に立っている。
「ふぅ……暑いわね……」
場所的には地下深くに居る。その所為なのか、魔力的な場の所為かは分からないが夏の炎天下のアスファルトの上に居るかのような熱気に包まれている。普段よりも露出が低いエレーナは頻りに手で顔を扇いでいた。
墓地地下ダンジョンからカタコンベに抜けた後はひたすら指定されたルートを進むだけだった。本来であれば警戒に警戒を重ね、戦闘に次ぐ戦闘に、疲労に相次ぐトラブル……非常に困難な探索なはずだ。
だがこちらには最強大魔導士であるシエル先生がいる。
ハッキング攻防は流石大魔導士といったところで、後手に回ることなく有利に立ち回ることで戦闘やトラップを回避し安全に休めたことにより、日に何層も下ることができた。
お陰様で一週間で34層を下りきり、負傷も損傷もなく深淵古城まで辿り着けた。
「さて……こっからどうする? 一旦休憩する?」
「一旦休憩しないわよ。さっさと攻め込むわよ!」
「ちょーっと待ってね。流石に拠点はガードが厳しくてね……ちょっとマッピングに時間掛かるかも」
うーんと悩むような素振りをするシエル。
「どれくらい掛かりそう?」
「10分待って」
時間掛かりそうと言いつつ10分で主の攻撃を退けて古城の解析を終えられるのだから言葉が出ない。とんでもないね、まったく。
10分後、宣言通りに古城の解析を終えたシエルの指示の下、僕達は古城へ侵入を開始した。
古城は地下深くにあるにも関わらず、堀と跳ね橋が築かれている。堀の中に水はなく、変わりに沸騰した湯で満たされていた。これが熱気の正体か。えぐいことをする……。
橋は上がったまま、僕達の侵入を許さないかのようにぴっちりと閉まっている。
「無駄な抵抗ね」
が、シエルがパチンと指を鳴らすとジャラジャラと鎖を鳴らしながら勢いよく橋が落ちてきた。2度3度と跳ねた橋はもう閉まることなく、がら空きの城門が口を開いて佇んでいた。
すたすたと歩いてくシエルを慌てて追い掛けながら『
城門を抜けると中庭が広がる。熱気の所為か、草花なんてものはなくカラッカラに乾いた土しかない。戦闘でもあったのか、ところどころ穴が空いていたりと砕けた木片が散らかっていたりと、美しさの欠片もない。よく見れば城壁にもいくつかの戦闘痕が残っていたりと歴史の長さが伺える。
「本当は綺麗な庭園だったんだけど、埋める場所が無くて……此処はお墓になったんだ」
「えっ?」
言われてみれば、木片は十字架のようにも見えた。埋めている目印だったのかもしれないが、その形に宗教的理由があったのか、単なるシンボルかは分からない。
改めて見渡すと、庭園全てがお墓になっていた。
「昔、此処に住み込みで働いていたことがあるんだよね」
先を歩くシエルが誰にともなく話し始めた。
「宮廷魔導士ってやつ? 魔法の腕を見込まれて雇われたんだ」
「流石大魔導士様だね」
「そんな立派なもんじゃないよ。ほら、この城ってボロボロでしょ?」
見上げるシエルの視線の先には折れた尖塔があった。
「ザルクヘイムの地下には魔鉱石の鉱脈がある。それが理由でザルクヘイムは紛争地帯だった。私はその戦争に繰り出される為の駒でしかなかったんだよ」
「……」
流石なんて言ったのを後悔した。
「ごめん」
「ふふ、気にしてないよ。もう大昔のことだから。でまぁ、ザルクヘイムは私を含めた有能な兵が多くてね。割と強豪国だったから、各国の侵略をバンバン跳ね返してたんだけど、色々あって負けそうになった敵国が神聖樹の種を鉱脈に植えたんだよね……」
「それで、こうなったってことね……」
魔鉱石の鉱脈の力を吸収し、急速に成長した神世樹がザルクヘイムを飲み込み、大迷宮郡となった。
「一応、宮廷魔導士だったし、一緒に戦ってたメンバーには王族も居たから、攻略してたんだけど……残念ながら任務半ばで死んじゃったっていうね」
「大変だったね」
「色々あったねー……まぁでも、楽しいことも多かったよ。これ作るのも楽しかったね!」
取り出した『滅杖・天堕とし』を振り回す。
「メンバーに居た勇者がザルクヘイムの王子だったんだけど、自分の国が大変なことになってるのにあっちこっちも救わないと気が済まない奴でね。その途中に倒した魔王の装備からこの杖のレシピを思い付いたんだよ」
「瘴気を魔力に変換する魔王のマントだっけ」
「そうそう。だからナナヲ様の『星屑機関』も仕組みも思い付けたんだよね」
「なるほどね」
そのお陰で僕も一つ壁を越えられたのだから感謝、なのかな。
と、喋りながら歩いていると中庭を抜け、中央の一番大きな建物へと近付いてきた。見上げる程に大きな城だが、その城よりも大きなこの空間がやっぱり異常だった。これが国を飲み込んだダンジョンか……。
「封印されてるなぁ……今開けるね」
目の前の建物の扉は開かれ、綺麗な赤いカーペットや閉じられた扉が見えている。が、感覚鋭敏化のお陰で普通の光景ではないことが分かる。特殊な魔法で封印がされていて、このまま飛び込むと弾かれるか何処かに転移させられるかだろう。もしかしたらそのままよく分からない力で死ぬかもしれない。
だがそんな封印もシエルにしてみれば児戯に等しく、滅杖をくるりと回し、柄の切っ先の部分で膜のような部分を引き裂いた。一瞬、空間がたわむ様に歪み、パン! と弾けた。
すると先程まで見えていた光景は掻き消え、引き裂かれ、ぐちゃぐちゃになったカーペットや砕かれたり、或いは燃やされたように煤けた扉や壁が見えてきた。
「周囲の光景とは違う様子を見せて疑問を持たせて罠に嵌めるって感じかな。私じゃなきゃ見逃しちゃうね」
ふふん、といつものドヤ顔のシエル。ドヤり終えたシエルが城内に入っていくので後をついていく。
周囲を見渡してみるが、外から見た以上にボロボロだった。本来はキラキラと綺麗に輝いているはずのシャンデリアもところどころ砕け、更には吊っていた鎖がいくつか千切れたらしく、斜めになりながらかろうじてぶらさがっていた。
そんな斜めシャンデリアや、落ちて砕け散ったシャンデリアの脇を抜け、廊下を進む。かつては美しい庭園でも見えたであろう窓も、今では割れていたり窓枠自体が砕けて通れるようになっていた。この破壊の末に神世樹なのだからあまりにもきつい。
「あの、ちょっとだけ寄り道していいかな?」
「何かあるの?」
「私の部屋だった場所」
行先を告げられ、あぁ、と納得した。シエルはこの城に住み込みで働いていたのだから、部屋があって当然だ。場所は此処からさほど遠い場所ではなく、廊下を進んだ先にある塔の一室らしい。
しかし此処まで進んできて、不自然に敵が現れない。古城に入る前のダンジョン内ではシエルのハッキングでも防ぎきれない戦闘が数回あったが、此処ではそれが全くない。攻防は拠点に進むほどに激化すると言っていたのにも関わらず、奇襲はおろか出くわしての戦闘もない。
何なら、感覚鋭敏化を使っての気配感知にも何一つ引っ掛からなかった。いや、何一つというのは違うか。
一つだけ。たった一つの気配が、この城の奥でジッと佇んでいた。
「この先だよ」
シエルの声にハッと顔を上げた。どうやら感知に夢中になりすぎていたらしい。
見るとそれは渡り廊下のようだった。いつの間にか階段を登っていたようで、ところどころ砕けた隙間から地面が見える。それ程高くはないが、落ちたら怪我するだろう。
「危ないわね……ミルル、私のそばに来て」
「はい」
スッと浮いて先を行くシエルの後を僕が続く。僕が通って大丈夫そうな場所をエレーナとミルルさんの2人がそっと続いた。
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