第三十九話 連撃の墓守
元ナトラ教教皇アルヴァ=エルドリエスは自然との調和を唱えた第一人者だ。野原を愛し、森を愛で、空に思いを馳せる……アルヴァはそんな理想とはかけ離れていた。贅沢の限りを尽くし、美食と快楽に身を落とした非常に恰幅の良いゾンビだった。
「剣が通らない!」
まず短剣が意味を成さなかった。刃の短さよりも腹回りの方が勝っていた。おまけに身に付けている教皇服が耐火装備らしく、灰火剣の効果も薄れてしまう。そもそも防御力も高いようで腐毒剣の腐食攻撃も大した効果は見られなかった。
「大体何で教皇が耐火服着てるのよ」
「自然を襲う最も恐ろしいもの……それは火事なのでは?」
「あー……」
なんて会話を僕の後ろでエレーナとミルルさんがしていたが、確かになと納得出来てしまったのが少し悔しい。そうだもんな。燃えたら全部無くなってしまうからな。地震雷火事親父とはよく言うけれど、どれも火が絡んでくる。親父はよく分からないが。
さて、僕では手詰まりなこの状況。どうしたものかと一旦後退して視野を広く持つ。エレーナは相手が耐火装備を身に付けていても、やはりアンデッドに対して一定の効果を持つ火属性魔法を、僕やシエルを援護する形で放っている。
ミルルさんは主に回復役だ。僕の細かい傷を治してくれている。
シエルはいつもの杖を何処かに仕舞って、魔力の刃で教皇の攻撃を往なしながらカウンターを何度か当てていた。
それを見て思ったのが、やはりリーチというのは強味だなと。何故か引き寄せられるように短剣ばかり手に入ってしまうが、どうしても斬るという行為に対しては長剣という強味の前には負けてしまう。
以前シエルに僕は短剣向きと言われた。理由は僕が戦闘慣れしていない貧相な人間というあんまりなものだったが、事実なのでしょうがなかった。
それを踏まえた上で今の僕に出来る事。それを必死に探した。
ハイドラも駄目。インサナティーも駄目。となると残された手段はエルダーリッチーを倒したと言っても過言な使いにくい剣。 無形剣ブラヴァドだ。
それを手に握ると、以前は爪楊枝程度だった刃が片手剣程の長さに伸びる。魔素循環法のお陰ではあるが、常に流し続けなければいけないのが負担となり、ガクッとバフ魔法の出力が落ちる。それを補うように更に魔素を取り込むが、段々と耳鳴りがしてくる。
だが、ブラヴァドなら、魔力の刃なら重さはない。貧相貧弱な僕でもまだ戦えるだろう。現状の最適解はこれしか思いつかなかった。
「此奴ばかり頼るのも嫌だが……我儘を言えない自分の力の無さを呪うしかないね」
一墓守が何を言ってるんだと自分でも思う。大体何で墓守がダンジョン攻略してるんだ。おかしいだろ!
文句を言っても仕方ない。試しに教皇の腕を斬ってみよう。振り下ろされた腕を狙って振り上げたブラヴァドの刃はするりと通り、太った体から切り離した。
「いける!!」
ブラヴァドの刃はしっかりと効果を示した。やはりブラヴァドしか勝たんのだ。であればシエルの刃も効果的と言える。なのに何故カウンターばかりなんだろうか。
「やるね、ナナヲ様!」
「シエルだってやれるだろ?」
「それじゃあナナヲ様が成長出来ないからねっ」
なんとこんな状況でもシエルは僕の為に力を抜いてくれていた。やろうと思えばさっさと倒せていたのだ。そりゃあ大魔導士なんだから出来て当然ではあるが、そうなると今後の僕の戦闘力や経験値が残念な事になる。一夜にして最強にはなれない。日々の積み重ねだけが信じられる力になるんだと、改めて思えた。
「ありがとう、シエル。僕はまだまだやれるぞ!」
「そうでなくちゃ!」
シエルの刃が教皇の残った腕を弾く。がら空きになった胴に僕の刃が突き刺さり、そのまま横へ振り抜いた。裂けた腹部からはボトボトと腐った内臓が零れ落ちてくる。殆ど液状化しているそれは酷い悪臭で、ゾンビ慣れしていた僕も流石にきついと、後退する。
「ひっどい匂いね……」
「うぇ……」
しかめっ面のエレーナと袖で口と鼻を覆うミルルさん。
「でも動きが悪くなったよ」
「流石にあれは大ダメージ……だと思いたい」
零れ落ちた自身の内臓を踏む教皇を見て少し嫌な気持ちになる。僕も死ねばああなるのだろうか。それは……嫌だな。
きっと教皇も嫌なはずだ。あんなでも救われた人も少なからずいるはずだ。そういう一面もあっただろう。ならば、すぐに眠らせてやろう。
僕は周囲の魔素を更に吸収し、魔法の出力を上げていく。僕の覆う魔法のリングがゆっくりと厚みを増していく。
「《墓守戦術(グレイブアーツ) 一葬”骨喰み”》!」
バフ魔法で上がった力を使った骨喰みは一瞬で教皇へと到達し、下方から振り抜いた剣によって左足と左手を切断した。バランスを崩した教皇がない腕を振って闇雲に攻撃してくる。それを僕は更に畳掛ける。
「《墓守戦術(グレイブアーツ) 三葬”彼岸返し”》!」
迫りくる腕を往なし、背後から袈裟懸けに斬る。ぱっくりと裂けた背中へ向けて蹴りを入れる。最早片足しかない教皇がそれに堪えられるはずもなく、あっさりと地面へ転がった。右腕もなく、左腕は肘までしかない。右足はあるが、左足は失った。それでも立ち上がろうとするが、バランスの悪い体を支えられず、何度も地面へと転がった。
「あとは止めだけど」
3人の様子を見る。エレーナは杖を挟みながら腕を組んでる。止めを刺す気はないらしい。ミルルさんは一応、聖魔法の準備を終えているらしく、僕とシエルを見て頷いた。
そしてシエルは『天堕とし』を取り出して教皇に向けた。
「ちょっと待ってね…………うん、駄目だ。やっぱり迷宮核と同化してるね」
何かの魔法で調べたのか、シエルが溜息を吐いて頭を振った。
「長い間迷宮が放置されてると深層の守護者と同化することがあるんだけど……例に漏れず、このダンジョンもそうみたいだね」
「迷宮核が見つかったらシエルに任せる約束だったな」
戦闘前の話を思い出す。
「うん。ごめんね、ミルルちゃん」
「いえ……私は大丈夫ですから、シエル様に、お任せします」
「ありがとうね! じゃあ核を取り込むよっ」
核を取り込む? 首を傾げている間にシエルは天堕としの先端、愚者の石を教皇の裂けた背中から心臓に向かって突き刺した。
瞬間、塵となった教皇。慌ててシエル以外がその場を離れる。以前、エルダーリッチーを討伐した時も見た黒い瘴気の渦。その中に淡い緑色の光が見える。迷宮核と同じ光だった。あれが教皇と同化していたという核の光だろう。であれば本体は……と、入ってきた時に見た六角柱の水晶の方を見ると、今はもう光を失っていた。回転も止まり、大きな罅が入っているのが見える。
「迷宮核の力が教皇に移り、そしてそれがシエル先輩が吸収する……なるほど、そういう事だったのね」
隣のエレーナがぶつぶつと呟く。
「じゃあシエルは……このダンジョンの守護者になろうとしてるってこと?」
「そうね……でも守護者になるってのは、同時に強大な力が手に入るのよ」
モンスターならね、と最後に付け加えた。それで漸くシエルが何を企んでいるのか完全に理解出来た。僕が管理する地下ダンジョン。そのダンジョンの管理権限を守護者から奪い、尚且つ進化もする。ダンジョンを掌握すれば墓地の地下からモンスターが現れることは無くなる。だが溢れる瘴気、これをシエルが随時吸収し、力とする。
「ははっ……シエルが味方で、本当に良かったよ」
「そうね。意識と知識があるモンスターってのは本当に恐ろしい存在よ。あんたもこれから高位モンスターと戦う時があると思うけど、用心する事ね」
「僕が高位モンスターと? ははは、そんな場面あるわけ……あるわけないだろう?」
急に背中に悪寒が走り、エレーナを顔を覗き込んで尋ねるが、答えは返ってこない。いくら待っても返ってこなかった。
その間にも教皇から発生した瘴気の渦はゆっくりとシエルに取り込まれていく。教皇の力と迷宮核の力を取り込んだ大魔導士の進化……災厄の異名を持つ伝説のモンスターが更に進化するなら普通は逃げる場面だが、相手はシエル。人類の味方だ。となると、途端にその進化が楽しみになってしまう。
一体どんな姿になるんだろう? どれだけ強くなるんだろう?
僕は期待に胸を膨らませながら、さっきエレーナが言った言葉も忘れてシエルの進化を待つのだった。
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