第二十話 賑やかな家
アル君と話した後、僕は大急ぎで家まで帰った。朝から全力疾走する僕を町の数少ない住人が胡乱げな目で見ていたが気にする時間すら勿体なかった。
転がり込むように家に駆け込んだ僕はぶはぁっといつの間にか止めていた息を全部吐いた。
『ナナヲ様、大丈夫……?』
「あ、あぁ……うん、大丈夫。シエル、許可が出たよ。ザルクヘイムに行ける」
『それは良かった。じゃあ準備しなきゃだね!』
グッと親指を立てるとシエルもサムズアップで返す。骨だけなのにそれが妙に可愛らしく見えた。
と、二人で軽く今後の事を話す。シエルは倉庫に何か使える物がないか見に行くと、裏口から出ていった。と同時に、2階のドアが開く音がした。どうやら起きてきたようだ。それからまもなく、ギシギシと階段を鳴らして二人が下りてきた。
「なんか体重増えた気がするわね、この音聞くと」
「エレーナ様はいつも変わりなく、美しいですよ」
「あら、褒めたって何も出ないわよ」
軽いやり取りが聞こえてくる。先日のような悲壮感は感じられない。僕も加わると宣言したことで多少は持ち直したのだろうか。そうだったら嬉しいのだが。
「どうも」
「おはようございます……ナナヲ様」
「昨日ぶりね」
降りてきた主人に会釈をし、二人の元へ歩み寄る。
「早速ですけど許可貰ってきました。行けます」
「ナナヲ様がいれば、勝てます」
いつも大人しいミルルさんが気合いの入った声音で頷く。そんなミルルさんを見てエレーナさんも頷いた。
「相談なんですけど、シエルも連れて行ってもいいですか?」
「あのスケルトンの彼女、ですか?」
「はい」
一人残すのも心配だというのもあるが、純粋にシエルは僕よりも強い。アークスケルトンメイジに成ったことで持て余していた魔力を行使して多少は魔法を放つことも出来るようになった。それでも全盛期にはまったく及ばないというのが本人の話ではあるが、それでも僕にとっては心強い味方だ。
「私は構わないですけど、エレーナ様は?」
「私も問題ないわ」
「良かった。じゃあそういうことで」
と、色々準備しなきゃなと、踵を返そうとしたところでエレーナさんに呼び止められた。
「ちょっといい?」
「どうしました?」
「一つだけ、ずっと引っかかってることがあるんだけど……」
尋ねながら、うーん……とか、でも……とか難しい顔で考え込むエレーナさん。
「シエルってさ……あー……まぁ、あり得ないとは思うんだけど……本名ってもしかして、ユーラシエル・アヴェスター……だったりする?」
「あれ、知ってたんですか?」
そう答えた瞬間、僕はいつの間にかエレーナさんに胸倉を掴まれていた。
「ぐぇ」
「ちょっと! 本物なの!? 本当に本物のユーラシエル様なの!?」
「くるちい……」
「エレーナ様……ナナヲ様が死んじゃいます」
「あっ」
締め上げていることに気付いたエレーナさんの手が離れ、宿中の空気を吸い込んで吐き出した。
「あらごめんなさい、私ったら取り乱しちゃって」
「何だか、有名人らしいですね……げほげほ」
「有名人なんてもんじゃないわよ!!」
「そんなに怒らなくても……」
「キレてないわよ!!」
「えぇ……」
シエルは大魔導士で勇者パーティーのメンバーだったからエレーナさんにとっては尊敬する人なのかもしれない。ガチギレしてる様子から見るとどうしても尊敬というよりは崇拝というニュアンスの方がしっくりくるが。コアファンって感じだ。
「あんた狡いわよ!」
いつの間にかあんた呼ばわりされている。シエルと一緒に住んでるのが気に食わないのだろうか……どんどん扱いが雑になっていくぞ……。
気を利かせてくれたミルルさんがシエルを呼びに行ってる間、ずっとシエルの偉業を聞かされていたがオタク特有の早口で殆ど聞き取れなかった。
「だからユーラシエル様は偉大な方なのよ!」
「へぇ~、シエルがねぇ」
「愛称で呼ぶんじゃないわよ!!!」
一言一句にキレ散らかす厄介オタクが僕のテーブルを強く叩く。家具付き賃貸なんだから乱暴やめてください。
「しかもユーラシエル様をテイムだなんて……! このバカナナヲ! あんたがテイムされなさいよ!」
「すんません……」
理不尽が服着て歩いてるようなもんだ。僕が襲われてギリギリでテイムしたから助かり、シエルも自我を取り戻せたというのに……いや本当に偶然が重なったなぁ。
お、ミルルさんがシエルと一緒に帰ってきた。そうだな……いつも心の中で感謝してたけど、言葉に出して伝えよう。気持ちは言わなきゃ伝わらないからね。
「いつもありがとうね、シエル」
『いえいえ、気にしないで~! あ、エレーナさんもおはよう!』
「えぇ……えへえへ……ユーラシエル様におはようって言われちゃった……えへへ……」
頗る気持ち悪い顔で陶酔してる……。初めて会った時はセクシーなお姉さんだと思ってたけれど普通にやべー奴だった。
『えーっと……』
「あぁ、此奴は放っておいていいよ……」
『う、うん……そうだ、ナナヲ様。ザルクヘイムに行くならあの短剣、持って行った方がいいと思う』
僕の後ろでエレーナ(もうさん付けしたくない)がやべー息遣いで興奮しているが無視してクローゼットからアンデッドからドロップした短剣を取り出した。インサニティー、ブラヴァド、ハイドラの3本だ。確かにカタコンベに行くなら持ってて損はないだろう。エルダーリッチーが召喚するのはアンデッドだから毒も火傷も大した効果はないだろうが、予備の剣としては優秀だ。
「短剣だから装備もしやすいな」
『ナナヲ様は長剣よりも短剣の方が合ってると思うよ』
「そう? 使ったことないしな……」
今までの戦闘経験から何となく使い方というか、想定は出来るが。
『筋力が少ないと長物は振り回すのが大変だからね』
「どうせ僕は貧相だよ!」
「ちょっと!! イチャイチャしないでよ!!」
「しとらんわ!!」
ちょっとエレーナの扱い方が分からなくなってきた。オタクって推しの前では皆こうなっちゃうの……?
はぁぁ、と溜息をつきながらとりあえず短剣をテーブルの上に置く。……おや、ミルルさんの姿が見えない。
どうしたのかとキョロキョロとミルルさんを探していると裏口に続く廊下の奥から珍しく頬を紅潮させながら駆け寄ってきた。
「あの、ナナヲ様。シエル様を呼びに行った時に見たのですが、裏の樽の中の水はなんですか?」
「あぁ、あれは仕事道具の聖水だよ。ミルルさんには珍しくもないものじゃないの?」
「確かに……聖水は見慣れています」
墓守協会から支給される聖水は元を辿れば『聖天教』という宗教団体が生成した物だ。この町にも聖天教の教会が建っている。そして信徒は必ず複十字を逆さまにした形のシンボルを身に付けている。
というのを訓練期間中に教えてもらっていたからミルルさんが腰に下げているシンボルを見つけられた。彼女もまた聖天教の敬虔な信徒だ。
「それでもあの聖水は、普通じゃないです……浄化力が、桁外れです」
「あぁ、僕なりに手を加えたからね。蒸留してみた」
「蒸留……なるほど……それによって濃度が……ふむ……」
白く細い指を顎に添え、ウロウロとリビングを歩きながら思考し始めるミルルさん。完全に自分の世界に入っている……。
シエルは手持ち無沙汰からか掃除を始めてしまったし、エレーナはその手伝いをやり始めた。
「自由過ぎんか……?」
ただ一人残された僕は椅子を引き寄せ、力無く腰を下ろした。
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