第十九話 生きて帰ってこい

 2人は宿も取っていない上、魔力も空っぽで動けないということで僕の家に滞在することになった。部屋へ案内した後、僕とシエルは再び墓地に戻り、蒸留聖水を撒いてその日の仕事は引き上げた。毎日聖水を撒いていたお陰か、墓地内にアンデッドは居なかった。でもダンジョンに潜ろうという気持ちにはなれなかった僕は墓地内に常備している蒸留聖水の入った樽に背を預け、短く刈られた芝生の上に座っていた。ボーっと見上げる沢山の星がキラキラと輝いていた。


 この世界にやってきてフィンギーさんと話したのは精々3時間くらいだった。けれど、それでも大きなショックが僕の中にあった。


「こっちで初めて話した人だったもんな……」


 口は悪かったが気の良い人だった。最期の最期まで、戦ったんだな……。出来ることなら、弔ってあげたい。一矢報いてやりたい。そう思わせるくらい、あの人は人を惹き付ける魅力があった。


 墓守としての訓練期間中はフィンギーさんの動きを意識してやっていた。あのレベルになるのは無理だとしても、あんな風に動けたら……戦えたら……なんて、考えていた。だから彼がもう帰ってこないということが信じられない。信じたくない。


 そう思えば思う程、気持ちは暗く深い場所へ沈んでいった。それと同時に、どうしても彼の仇を取りたかった。それを彼が望んでいるかは分からない。まったくの自己満足だと理解もしている。それでも僕を頼ってくれた二人に報いたいという気持ちもある。そしてそれよりも何よりも、すぐに動けなかった自分が情けなく、悔しく、惨めだった。


 様々な感情が邪魔して考えが纏まらない。


「そうか……僕、初めてだったんだよな……」


 身近な人の死に、初めて触れた。此処に来るまで家族は皆頗る健康で大病や大怪我とは無縁だった。だからこそ、こうしてもう会えなくなることの重大さが今一理解出来てなかった。

 それを知った今、僕の思考も感情も、めちゃくちゃだ。


 これが死ということ。これが最期ということ。そして此処はそれがより身近にある世界。


 恐ろしいと、初めて思った。やっぱり今まで何処か、夢見心地で居たのかもしれない。それに気付けたのは良かったのだろうか。何も知らないまま、気付かないまま死んだ方が幸せだっただろうか。


 今の僕には分からない。まだまだ理解度が足りていない。


 だけど、それでも、僕はフィンギーさんの為に何かをしたかった。



  □   □   □   □



 翌朝、早速僕は墓守協会に出向き、忙しそうにしていたアル君を捕まえて昨夜の出来事を話した。


「……なるほど。まぁ、気持ちは分からんでもない。縁があったから感情移入するのも分かるが、相手はエルダーリッチーだろ?」

「うん……」


 眼の話はしていない。


「ちょっと前にだいぶ忙しい時、あっただろ」

「そういえば……」


 第770番墓地の地下にダンジョンが発見された頃か。


「あれな、多分だけど件の討伐戦の結果だと思う」

「そうか……確かに、時期は重なる。地下ダンジョンをどうにかするのを遅らせるくらいの事だったんだな」

「墓守協会と探索者協会の上層部が結構会議とかしてたみたいだしな。それだけの事だったんだ。それを今度は数人のパーティーで挑むなんてお前、流石に死ぬぞ」

「秘策があるとは言っていたけれど……」


 正確には言っていない。秘策は僕自身だ。


「勇者に匹敵する策なのか? なら、何で討伐戦の時にその策を使わなかったんだ?」

「それは……」


 その場に僕が居なかったからだ。


「確かにナナヲは地下ダンジョンに潜るようになって戦闘の経験は増えたよ。最初の頃よりはずっと強い。けど、それは昔のお前と比べて、だ。ザルクヘイムに潜ってる連中と比べれば話は変わってくる」

「それは僕も理解してるつもりだよ」

「……頼むよ。お前に死んでほしくないんだよ」


 ジッと、泣きそうな目でアル君が僕を見つめる。こんなに気遣ってくれるなんて、どれだけ優しいんだ、君は。敢えて強い言葉で僕を引き留めようとしてくれているのが伝わってくる。


「でもごめん……勇者も……フィンギーさんも、アル君と同じくらい大事な人なんだ。だから、僕は行きたい。行かせてほしい」

「………………」


 僕の言葉を聞いたアル君は僕を見つめ、諦めるように項垂れ、そして祈るように天を仰いだ。長い沈黙の末、彼は自身の太ももを強く叩き、勢いよく立ち上がった。


「よし! ならきっちりやってこい! お前が居ない間はこっちで回す。だからさ、絶対に生きて帰ってこいよ……!」

「勿論だとも。ありがとう、アル君!」


 捕まれた両肩が痛い。けれど、嫌じゃない。こんなに嬉しいという感情が溢れてくるのは何時以来だろう。


「上には俺が話す。なに、フランシスカも聞けば同意してくれる。二人で訴えれば話は通るよ」

「分かった。じゃあ、後の事は任せる。僕はもうザルクヘイムに向かうつもりで準備するからね」

「おう!」


 こうしちゃいられない。ミルルさんとエレーナさんの二人に報告しなければ。


 アル君と別れた僕は聞いていた宿へ走った。


 さぁ行こう、ザルクヘイムへ。

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