第147話 なにかが道に落ちている 中-3

 こうなることは少し前から感づいていた。けれど実際に口に出せるような理由は思い当たらない。一つ言えるのは、アイリーンの言っていた「あなたにはまだ見えていないものがある」は、彼女の思惑とは明らかに別として、正しかったということだ。


 ギルダー・グライド率いる騎士たちがどうして襲ってきたのか、それがクーデターと関係しているのか、それはまだわからない。ここで死んでしまえば永遠にわからないだろう。ここで頼れるのは、マリアだ。エリザベートもコンスタンスも敵と戦うような能力は持っていないのだから。


 マリアは扉の脇に立つと、エリザベートのほうを向き、唇の前へ指を一本、持っていった。


 マリアは外がどうなっているかについて考えていた。主人であるエリザベートが外の様子がわかるかどうか聞いてきたが、答えははっきりとはわからない、というものだった。


 ただなんと言っても、計画的であろうことは解る。マリアを乗せたくなかったわけだ。コンスタンスも乗せたくなかっただろう。この狭いカーゴで二対一になったらもう少し消耗させられている。重要なのはこの後、向こうがどうする気でいるかだが、襲撃の性質上、時間はかけたくないはず。


 それにしては、不気味なほど時間が空いていた。カーゴのなかの男がマリアを殺すのに「はずした」と叫んだ時点で、向こうはもっと苛烈にこちらを責め立ててもいいはずだ。ということは向こうは、襲撃になんらかの制限を設けているのかもしれない。


 例えば”エリザベートを殺すな”だとか。もしそうならこの扉を開けてもすぐには攻撃してこない――か? 誤射で目的失敗なんて裏方仕事をやっている連中にとっちゃあ最悪のシナリオだ。


「開けます」


 マリアが言った。


「座席の下を見てください。救急箱があるはず――そうです。こっちに、滑らせて」


 エリザベートが救急箱を渡す。マリアは縫合に用いる糸を扉を左右に横断するように張って固定した。


 マリアが足で扉を開ける。ぎいぎいと音を立て、扉がぶかっこうに揺れる。マリアはもう一度、扉に蹴りをいれた。今度は強く。扉は悲鳴をあげ、カーゴと扉を繋ぐ蝶番がきしむ音をたてた。


 表には誰もいなかった。エリザベートの顔を見てマリアは、それを確認した。


 出るの? とエリザベートが表情で語っている。マリアはわざとおどけてみせてから、扉のわきからどいた。


 カーゴの奥まで下がり、エリザベートとコンスタンスの隣から、外の世界を観察する。場所は、まだ学院からそれほど離れていない。市街地のひとつである。奥に燃えていない家屋がある。


 マリアは腕と首をまわして、戦う準備をした。両手に武器を持ち、扉の外へ走り、自分の張った糸が目の前に迫ったところで、つるりと、仰向けに背中からカーゴの外へ着地した。


 カーゴの横でこちらを待ち構えていた騎士の槍がマリアの上を通った。二人。左右に配置して出てきたところを突き刺すつもりだったのだ。マリアは体を回転させ、槍の追撃を避けると、左側に立っていた騎士の足首に戦闘ピッケルを突き刺した。ピッケルの先端が筋繊維を切り裂き、骨にまで達する。


 マリアは苦悶の声をあげ体をくの字に曲げた騎士の腕を取り、もう一人の騎士の足元へ転がした。仲間の身体で前進を邪魔された騎士が、少しだけ、本当に少しだけ体勢を崩す。そして次の瞬間、ピッケルに兜を貫かれ、ぐるんと白目を剥いて斃れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る