第100話 シューゲイザーズ(靴を見る人々)‐13

 

 マリアにとって重要なのはバランスである。彼女のその平衡感覚は、時折天邪鬼で他人の賛同を得難いこともある。しかしマリア自身が異端者であると同時に、異端者で居続けようとしているから、全体としてさしたる影響を残さない。


 彼女は自由に自分のバランスを保つことが出来る。


 だからこそマリアはアイリーンの提案へ素直に乗ることが出来ないでいた。誰かがエリザベートを犠牲にしようとするのならマリアはそれを許さなかったし、絶対に味方している。しかしそうしたがためにアイリーンに危機が及ぶとなったときに、簡単に自分を肯定できるほどマリアは鈍感ではないのだ。


 それはかと思えるほどクリティカルな問題だった。マリアはアイリーンが自分の選択によって危険に晒されるだけの業を背負っているとは思っていない。魔性のなにかかと八つ当たりめいた冗談を考えたことはあれど、アイリーンに対する認識は概ねと同じように、底抜けの善人なのだ。それがうさんくさく見えてしまうほどに。


 アイリーンの他人を尊重する心は、今のマリアには邪魔だ。エリザベートを助けたい。味方で居たい。それと同時に良心は、アイリーンを危険に晒すことが正しくないと信じている。


 きっと不幸だったのは、マリアに体が二つ無かったことだろう。どちらか一方を選べばどちらか一方は選ぶことが出来ない。幸か不幸か、これまでの人生の中でマリアはそうした選択肢と正面から向き合ったことがなかった。自由に振る舞うか、知らない男と結婚させられるか、戦争でやったこともない指揮をとるか、あるいは死ぬか。ろくでもない選択肢ばかりだった人生だったのである。


 エリザベートには現状よりもう少し尊敬心が集められてもいい。誰か親身になってくれる人が傍にいても罰は当たらない。アイリーンもまた、誰かに助けられるだけの価値ある人間だ。


 奇しくもこの感覚は、シャルル・フュルスト・ロマーニアンと同じものである。シャルル王子がマリアに対し、アイリーンのそれとは違った姿勢を見せているのは、本来ならアイリーンを巻き込むべきでないという感覚からだ。彼女が一介の男爵令嬢である一方で、マリアは戦場に出たこともある騎士だ。どっちかに命を懸けさせるとなったら、誰が選んだって後者になるだろう。


 どちらに価値があるか、などという話題は、どちらかが無価値でないのであれば、する必要のない話だ。どちらを選んでもその人は間違いを犯している。慰めてくれる人が多いか少ないかの違いしかない。


 アイリーンが王子を説得し、計画はアイリーン主導のものとなった。マリアはエリザベートの付き添いをメインに、緊急時、危険な状況下に自分の判断で動くことになる。


 ”自分の判断で動く”。これは、シャルル王子が直接付け加えた文言だった。無言のプレッシャー。マリアへの選択を迫る熱視線である。


 マリアは作戦会議を終えた後、猛烈にエリザベートと会いたくなった。アイリーンと会っていたついさっきは、目の前に彼女がいたため、アイリーンのほうに傾きが大きくなっていた。自分の判断が正しかったと判断するためには、エリザベートと会う必要があった。


 午後、講義終わりに出てきたエリザベートを寮まで見送ると、マリアはそのまま、少し上がってもいいかと質問した。


 エリザベートは驚いた顔をしたものの、あっさりとそれを受け入れる。


 階段が二人分の音を立てていた。エリザベートの、他の生徒よりも少し大きな部屋に二人で入ると、やはりまだ十分な空きスペースがあった。


 エリザベートはベッド脇の椅子に腰を下ろすと、マリアに椅子に座るよう促した。


「それで? なんの用事?」

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