第43話 王子様の言うことには 後
馬車が道を行く。一台、二台、三台。道端を歩く薬屋の娘が、それを見送った。農夫や羊飼いも同様にだ。彼らは渋滞を除いて、三台もの馬車が並ぶのを見たこともない。そしてその馬車たちは軽やかに、数キロ向こうの大きな屋敷に向かっている。
元々昔は貴族街で書記をしていた男がいて、それらの馬車が王室のものだと気付き、とんでもない勘違いからその場にひれ伏した。中にいた人物の興味を引いたのは、その行動だけだ。つまり、奇妙だったから。
中にいた三人の内、一人は初老のバトラーであり、彼は静かに正面の壁を見ているだけである。残りの二人のなかで、比較的、あくまでも比較的に小柄な少年が、それを見て難しい顔をする。
「まだまだ根深いな。こうして見ると。父上が平等を実現しようとして見ても、依然として貴族と一般人の間には深い溝がある」
二人の中で比較的、いや明らかに大柄なほうが言った。
「あんなことをしないといけない時代など、あったことはありませんが」
「いや、あんなことをしないといけないと思わせた、大馬鹿者がいたのかもしれない」
「それは……確かに。そうかもしれませんね。失礼しました」
大柄な男が頭を下げる。
「うん」
と、小柄な少年が頷く。
「でもね、エドマンド。もっと根深いのは、あの男ではなく、あの男を除いた彼らのほうだ。だって問題なのは、貴族街やら平民街やら言って、貴族も一般人もその溝を可視化してしまっていることじゃない。可視化できていないところにあるのだから。彼らにとって僕らは、触れられない相手。畏れることすらできない相手なのかもしれない。これまで貴族たちの暴挙に一番つきあわされてきたはずなのにね」
男は頷いた。きちんと内容を理解してはいなかったが。
「もちろん、すでにその歪さに気づいている人たちにとってみれば僕の言っているようなことは、話題逸らしに聞こえるのかもしれないけれど。もしかしたら僕がなにも知らないとさえ、思うのかも。どうだろう? 時々僕もわからなくなるよ。僕には果たして、その歪さはないのかと」
少年はそれに気が付いていたので、続く言葉はほとんど独り言だった。
一人はシャルル・フュルスト・ロマーニアン。この国の第三王子。
もう一人はエドモンド・ド・フォン・リーヴァ―。王子の”お付きの騎士”
ついでに初老のバトラーの名前は、ヘンリー・ウィスダムといった。
「エリザベートは、元気にしているかな。僕も少し緊張してきたよ」
「本当ですか? シャルル様はこんなことでは緊張などされないのかと」
「なにせ久しぶりだからね。手紙のやりとりも最近はなかったし、中等部を卒業したから、噂もあまり聞かない。どう変わっているだろうとか、変わっていたら、なにを話そうか、だとか。そういうことを、僕も思う」
「気を抜きすぎないでくださいね。ぐっと、引き締めるぐらいで」
「敵に会うわけでもないのに」
「彼女は、そうかもしれません」エドモンドが軽く反論する。「ですがあの方の父上であらせられるグザヴィエ侯爵は我々に隠し事をしているんですよ」
「それもまだ、決まったわけじゃないけど」
「でも疑ってもいいぐらいには、決まっています」
「まあまあ」と、シャルル。「エドマンド。そんなに言うなら君が僕のぶんまで気を張っていればいい。あそこには今、マルカイツ卿はいない。僕はただ、お茶をしに来ただけなんだから。君はそれより、気になっている人がいるんじゃないのかい。あのメードをさ」
「からかうのはやめてください! 本当に! 少し噂になったんですよ!?」
エドマンドが強く反論した。そのうえで、頭の中にはある特定の人物が浮かんでいるようだが。
「そうなのか? それは悪かったな。でも君も、そろそろそういう相手を探すのも悪くはないと思うよ。興味がないなら、別だけど」
「そうとも言いませんが……」エドマンドが溜息をつく。「いいえ。いいです。これ以上はなにも言いません。真面目に聞いてくれないんだから」
「聞いているさ。エドマンド」シャルルが言った。「いつもありがとう。本当に感謝してるよ」
馬車をひく馬がやや距離の離れたところに、屋敷を捉えた。
渋滞がなければ、十分やそこらでつく距離だ。
そして渋滞はない。
だから時間は、十分しか残っていない。
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