第35話 分割思考-騎士 中-2
ジュスティーヌはエリザベートが入ってきた時点で嫌な予感がしていたらしい。
ジュスティーヌとクレアは、二人でガーデニングに勤しんでいた。ジュスティーヌがしゃがんで土をいじり、クレアは後ろに立ってそれを見守っていた。そして少し距離のある離れの窓から、なにを考えているのかパースペクティブが二人を覗いていた。
ジュスティーヌが堆肥を入れ替え、バラの枝に病毒対策の薬を塗るためにハケをクレアに取ってもらおうと振り返った時、屋敷から出てくるエリザベートとスカートの裾を持って走るようにして付いてくるコンスタンスの姿が見えた。
ジュスティーヌは姉に声をかけようとして、やめた。エリザベートが怒髪天に達しているのが見て取れたからだ。
「クレア!」
エリザベートが叫ぶ。
「クレア!」
ジュスティーヌが慌てて立ち上がり、クレアを自分の後ろに下がらせた。エリザベートはジュスティーヌ越しにクレアの肩のあたりに指をたてた。
クレアはなにがなんだかわからず、戸惑った顔をしている。
「お母さまに言ったな! あんたのせいで騎士が……!」
「待って、待って!」
ぐいぐいと押してくるエリザベートを華奢な腕でなんとか抑え、クレアとエリザベートの間に挟まれたジュスティーヌが言う。
「あんたはやっぱりそうなんだ! こっちのことなんてなんとも思ってない! 仕事を頼めばこれ!? だったらはじめから受けたりしないで断ればいいじゃない!」
ジュスティーヌはそれで事情がわかったらしい。エリザベートを押してクレアから離すと、キッと眉を顰めて大きな声を出した。
「お姉さま!」
「邪魔! 妹のくせに!」
エリザベートは手を振り上げた。
ジュスティーヌは眼を離さなかった。
エリザベートは手を振り下ろさなかった。
手は中空で震えて止まっていた。エリザベートは泣きそうな、怒り出しそうな顔にならないよう、歯ぎしりをして耐えていた。
手を振り下ろすことはできなかった。それをすれば、あまりに惨めったらしいのが自覚できていたからだ。
「お姉さま! クレアは敵じゃないわ。クレアは簡単に人を裏切る人じゃないし、もしお姉さまの言うようにお母さまに話したんだとしても、クレアは使用人なんだから、逆らうのなんて無理よ! お姉さまが責めるべきなのは、お母さまなんだわ!」
「……それはっ!」エリザベートが反論しようとしてから、やめる。「それは……だって、無理でしょう……」
「クレアに謝って。お姉さま」ジュスティーヌが言う。「謝って! 早く!」
エリザベートがたじろぐ。こんなに激しいジュスティーヌを見たのは遡行前を含めて初めてのことだった。
と、ここでジュスティーヌの後ろに庇われるようにしていたクレアが一歩、進み出た。
「お嬢さま、私は奥様へ報告していません。私は……お嬢さまを裏切ったりはしません」
それは真摯な表情で、嘘偽りがないように見えた。
だからこそエリザベートは、まだ混乱していたのだった。
(でもあんたは裏切った……裏切ったんだ……)
弱弱しくエリザベートが言い返す。
かと思うと、ぱっと表情を変えて、姿勢を正す。
「騒いで……悪かったわ。もう行く」
ジュスティーヌが背を向けた姉に向けて「違うでしょう」と叫ぼうとするのを、クレアが止めた。
「いいんです」と、エリザベートが見えなくなってからクレアが言った。「お嬢さまは、わかっておられますから」
屋敷の廊下を再び歩き出したエリザベートは、髪を指で巻きながら、死にそうな顔つきで言った。
「コンスタンス……会いに行く。馬車を持ってこさせて」
この状態でクリスタルを説得するのは厳しいだろう。それならマリア・ペローを連れてくるのが先決だ。騎士になるのは彼女なのだから。それに、クリスタルとマリア・ペローだけが事情を知っていて自分が知らなければ会話をしても不利になるだけなのだ。
窓ガラスに映る自分を見て、エリザベートは自分はひどく疲れているらしいと思った。
そして今さらながら、クレアが母親よりも自分を優先してくれると期待していたことも。
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