第30話 侯爵令嬢エリザベート・マルカイツはお付きの騎士を選べない。 前


 さあ。準備は整った。どうにかこうにか時間は出来た。あとは……別の問題に対処すべきだろう。

 

 と言ってもこれもまた騎士選びの問題である。未来の出来事や脅迫者のことではない。憶えているものを書き出し、パースペクティブの占星術を待つこともするが、それ以上に今のところまったくロクな騎士がいないという事実のほうが可及的速やかに重大なのだ。


 その日は、昼を丸まる騎士選びに費やすことが出来た。ヴァイオリンを演奏するのに使っている広間を占有していた。


 エリザベートよりもやや年上のメードが大きな台にいくらか経歴書を載せ、エリザベートはその前で椅子に座っている。コンスタンスは部屋の隅に立っていた。メードが一番上の経歴書をエリザベートに手渡し、自分は転写した経歴書を開く。


「今日は少ないわね。選別してこうなったの?」


「言われました通り、特別な戦功、具体的な名声、整った経歴を持つ者に絞りましたので」


「初めからそうすればよかった……おのぼりを相手にするのは勘弁だわ」


「お嬢さま。言葉が汚れています」


 言葉が汚れています。だって?


 エリザベートはメードの顔をよく見た。今まで騎士選びに付き合わせていたメードとは違うメードなのはわかっていたが、屋敷のどのあたりで働いているやつなのかぱっとはわからなかったのだ。


「あんた、お父さまのメードね。名前は……マーゴット・マクギリス。マクギリス家の次女でしょう。お父さまについていなかったの?」


「旦那様は今回の仕事には合わないと。置いていかれました」


「あっそ。まあいいわ。それじゃ、読み上げて」


「……かしこまりました」


 マーゴットは経歴書に眼を走らせた。


「一人目の候補はサイモン・アークエット。彼は名門アークエット家の生まれで、騎士学校を三年前に卒業しています。戦争に参加はしていませんが、訓練の成績はすこぶる順調。剣術大会でも結果を出していて、早くも跡目にという声も上がっています。難点を上げるとすれば、複数の女性と噂になっていることでしょうか。また、性格にも問題が――――」


「二人目はミシェル・パレス。平民から騎士になった叩き上げです。年齢は二五とやや高いですが経験は豊富です。彼のもっとも見るべき部分はそこでしょう。実力で上回るものはいくらでもいるでしょうが、危機判断に長けています。しかし、二目も見られないほどの醜男です」


「次はマウロ・トリサガルディ。西の移民の血を引いています。ローランド辺境伯の騎士団に在籍していましたが、代替わりした息子に疎まれ、追放同然に王都の近く新兵訓練施設に派遣されています。少し変わった剣術を使うようですが、それゆえ厄介だとか。礼節も問題はありませんが、移民というのはやはり……難しいところではありますね」


 三人目の名前は聞いたことがあった。確かアイリーンの周りにこいつを騎士にしている令息がいたはずだ。


 マーゴット・マクギリスが経歴書を読み上げる。低く、通りのよい声だった。全身も他のメードと同じ服装だが、彼女が着るとどことなくシックだ。同じ貴族家出身のメードであるコンスタンスと比べても、段違いの上品さを秘めている。(これに関しては、むしろコンスタンスが特殊なのかもしれないが)


 以前のお付きの騎士であるマーヴィンは実力もさることながら、戦歴にも見るところがあった。四つの大きな領土にまたがる剣術大会のチャンピオンであり、一兵卒が受け取ることのできる勲章としては最高の”黄金柏葉剣戦闘勲章”を受け取っている。戦時中にはたった一人で100人の敵兵を相手に立ち回ったなどという、冗談のような伝説も残るほか、戦後は王族直下の騎士団に対する特別剣術指南役も務めた。


 貴族出身でもなければ正式な騎士号も勲章を受け取るまではなかったため軽くみられることもあるが、実力自体は方々に知られる人物なのである。


 土台、募集して集まってくるようなそこいらの騎士の中から遜色ない実力を持つ人物を探し出すのは、至難の業というものだ。


 それでも、見るべきところのある者もいないわけでもない。


 マーヴィンと同じく身分が低いために重用されない騎士や、実力はあるがまだ若い騎士。長年地方にいた地元の実力者。


 上の三人はまさにその例に当てはまるだろう。他の候補者もそれぞれ、主張はある。しかし決定打に欠けた。まあ、その中でもアークエットとパレスはエリザベートからすれば落選して当然というところだが。


 マーゴットが持ってきた経歴書は全部で二十五人分あった。その全員がマーヴィンに及ばないとしても、エリザベートが選ぶにあたって欠けているものがある気がした。


「わたくしが薦めるのであれば、この二人です。ルーニー・サンダースとアシュレイ・ウィリアムズ。どちらもそれなりの家格があり、戦争でも自分の分隊を持っていました。名は知れています。風貌もよいと言えるでしょう。性格についても悪い噂は聞きませんね」


「それってようは、及第点ってことでしょう」


 ルーニー・サンダースとアシュレイ・ウィリアムズ。この二人のことも聞いたことはあった。どちらも学院に来ていたが、ルーニーは伯爵家の娘と恋に落ちて失踪、アシュレイは男爵家の令息に使われていた。


 ようは、どっちも、ひどいってこと。


 未来の話だから今から言っても仕方がないことではあるが。それを差し引いても、この二人は魅力的とは言えない。その点はマーゴットもわかっているようで、二人を推したのもやむにやまれてといった感じだった。恐らく母親あたりから早く決めさせるように言われているのだろう。ただでさえマルカイツ家の令嬢がまだお付きの騎士を募集していることが社交場の噂になっているようだから。


 エリザベートはため息を吐いた。今からまた新しい人間を探すのも時間はかかる。入学までもう三週間程度しかないというのに、それでまともな騎士が見つかるわけがないのだ。


 条件を下げるか? 譲歩してしまおうか。ふつうの令嬢ならそのように考えるころかもしれないが、エリザベートは違う。身持ちを崩しても無様な騎士を従えるよりはずっとマシなのである。だからといってそこに身をまかせるような真似をするはずもないが。


 コンスタンスの方を振り返ると、彼女は足が疲れたのか妙な立ち姿になっていた。エリザベートは立ち上がり、マーゴットにお茶を淹れるよう言った。


「コンスタンス。端にある椅子を使ってもいいわ」


 コンスタンスが喜んで部屋の端に置かれていた椅子を引きずって壁に背を向けて立てる。ちょこんと座ると、腿の辺りを手で摩った。


 マーゴットは経歴書の近くに置かれていた携帯コンロを使ってお湯を沸かし始めた。これはずっと昔に遺跡発掘に携わっていたエリザベートの父親が持ち帰ってきた古代の魔道具である。とても便利なので借りてきていた。


 マーゴットが茶葉の調整をする。茶葉から香ってくる微かな渋みを鼻で感じながら、エリザベートは経歴書の載った台に近づいた。


 すると、山積みにされた経歴書の他に、三枚、横に除けられているものがあることに気が付いた。事前に人数は聞かされていたので、間違って除けられているということはない。なにか理由があるのだろう。エリザベートは何の気なしにそれを手に取った。愚かとわかっていても時間を潰してしまいたくなったからだ。


「ランス・ウォーノス。悪名高き南の蛮人。類まれなる戦闘スキルと美貌を――」


「それを読む必要はありません」


 マーゴットがなぜかあわてたように言った。


「何故?」


「選別作業を別のメードに任せたら、とんでもない人物を紛れ込ませていたのです。事前の確認をこの場で行ったため台には載せましたが、その誰もがマルカイツ家に相応しくないものばかりです。そのものたちの経歴書はすぐに破棄すべきでした。申し訳ありません」


 エリザベートは眉間にしわを寄せた。この女、何様だ? ここまではまだ許したが、初めからマーゴット・マクギリスはエリザベートを低く見ているように見えた。父親直属のメードということもあって増長しているのかもしれない。


「なにが相応しいかはマルカイツ家の長女である私の方が詳しいはず。そうでしょ、マーゴット。違う?」


 険のある空気を察し、コンスタンスがびくりと体を震わせる。


 マーゴットは一瞬黙り、すぐに頭を下げた。


「申し訳ありません。ですが、そのうち二名はすでに収監されているか、死んでいます。ランス・ウォーノス、南の蛮人は自分の妻を縊り殺し、絞首刑が決まりました。もう一人のサビアン・カテドラルは使用人を使って人間狩りを行っていたかどで起訴されていましたが、先週服毒自殺を」


 エリザベートは一番下の経歴書を残し、他を床に捨てた。


 エリザベートは経歴書を開き、マーゴットの代わりに読み上げる。


「マリア・ソ・フォン・アレクサンドル・ペロー。北部出身。騎士学校を次席で卒業。ジョン・ミューラーの騎士団に入るもすぐ退団。戦時中の功績によりアルフレード王兄殿下から直接褒美を賜る……。この肖像画が本当なら、美貌もかなりのものってことになる。実力は?」


 マーゴットは嫌な展開になっていることがわかっているのか、調子の悪そうな顔になっている。


「じ・つ・りょ・く・は?」


 エリザベートが返事をしないマーゴットに向けてそう繰り返した。


 マーゴットはくちびるが麻痺したかのように遅々とした動きで、口の中で舌を回した。


「実力は……申し分ないと、聞いています……。ですが……」


「子爵令嬢ね。家格はある。実力もある。マナーは後からでもつくわ。それでも貴族なら最低限出来るでしょう」


「ですが女騎士です」


「ふん。そうね。でも……」


 確かに。マーゴットの言った通りマリア・ペローがただの女騎士なら、エリザベートもこう食い下がりはしない。


 騎士学校は文武両道。最低限の強さは必要だが、学問でいくらでも取り返せる。戦時中の功績も部隊内の人間が死力を尽くした可能性はある。実力が申し分ないというのも、枕詞に”女騎士にしては”という言葉がつく可能性も高い。


 だがこの女に関しては少し事情が違う。


 エリザベートは遡行前にこの女の戦功を目の当たりにしていたのだ。

 

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