第29話 まだなにかありますか? 後

 

 翌日の昼、ようやくエリザベートは騎士をゆっくり選ぶ時間を得た。母親を説得しに行った後、寝起きの母親にいろいろ捲し立て、時間はかかったが、説得はできた。どうにか。


 どうやってやったのかと言えば、話自体はそこそこ単純である。元々、エリザベートは一か月なにもしていなかったぐらいで落ちこぼれるような勉強はしていなかったし、ハードスケジューリングのせいでブランクも正当に埋まりつつあった。入学前の残り三週間程度を、これまでのようなまだ隙のあるスケジュールにしても、”損をしない”程度の水準にはなっていただろう。


 もっとも、侯爵令嬢たるエリザベートの成績が学院で”損をしない”ぐらいでは残念ながら”損をする”と言わざるを得ない。そこでエリザベートは、無茶を承知でこの先でさらに取り返すためにスケジュールを密にしても構わないと啖呵を切った。切ってから、今の家庭教師たちのなかで学院に入学してからただちに影響の少ない部分を、緩やかにすることも提案した。


 母ははじめ、まったく了承しなかった。寝起きでしちめんどくさい話に付き合わされていること自体にはさほど感情はないようだったが、こちらはこちらで娘がどうしてだか避けているマーヴィン・トゥーランドットをお付きの騎士にしようと考えているため、それ以外の騎士に割く時間は無駄だと思っているのだ。その時間を増やすために家庭教師の時間を減らすなどというものは、論外なのである。


 会話をする中で切実にそれを感じ取ったエリザベートは、作戦を変えた。苦渋の策だ。シャルル王子を迎えるのに、一日で準備をするのは厳しい、と漏らしたのである。


 これはかなりエリザベートのプライドを乱暴に扱うような行いだった。”できない”と、その類の言葉は口にするだけで寒気がして、ムカムカしてくる。エリザベートは母の前だというのに眉間にしわを寄せ、吐きそうな顔になっていた。


 もしかすると、それを恐れたのかもしれない……というのは、冗談だが。しかし、クリスタルは娘の行動に驚いて、どうしてそこまでマーヴィン・トゥーランドットを嫌がるのかと不思議になったが、その一方でそこまで気持ちがあるのならと多少の譲歩をすることにした。


 マーヴィン・トゥーランドットを使う方法は他にいくらでもあったからだ。それにエリザベートが誰も連れてこられなくても、マーヴィン・トゥーランドットはもうマルカイツ家に関わっていた。


 今を逃したとて、損をするわけではない。


 そこでクリスタルは娘に条件を出した。


 一つは、家庭教師の時間を緩くするということはなく、失った分はどこかで補填すること。


 もう一つは、シャルル王子と会う準備を理由に挙げたが、当然ながらこれに支障をきたさないこと。


 最後の一つは、いくらエリザベートが気に入ったとしても、クリスタルが認めなければ騎士は雇わないこと。


 正直かなり厳しい条件である。特に最後はクリスタルの判断如何ではどうしたって騎士選び自体が無駄になりかねない。だがなりふり構わずやってようやく手に入れた条件である。エリザベートはその場で即座に「わかりました」と答え、もう一秒もここにはいたくないとばかりに部屋を飛び出した。


「朝餉のときにまた」と挨拶することは忘れずに。


 



 


 

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