第27話 まだなにかありますか? 前

 そういえば、世界は廻っている。


 エリザベートは、ふと、そういったことを考える。


 忙しさにかまけて忘れていることがあったと気付いたのは、あの湖でのことがあってから二週間が経ったころだった。騎士選びまでのタイムリミットが刻一刻と迫ってきているのを肌身に感じながら、自室で眠りばなに、エリザベートは何気なく新聞を手に取った。あるいは騎士を募る広告でも出せばまたいい騎士に巡り合えるだろうかと、考えたのかもしれないが。


 劇場の新作に対する寸評、新しく開かれたテーラー、レストラン、ブティック。


 貴族向けのミステリーツアーに、新しい本の宣伝。どうでもいい情報ばかりが載っている面をひっくり返し、時事に触れる。


 すると――殺人事件、連続誘拐魔、こうした事件はほとんど貴族街では起りはしない――そして、港湾地区でのストライキや、フェリックス王の新しい政策に対する意見など、刺激的な見出しが多くなってくる。


 その中でエリザベートが特に眼を惹かれたのは、遺跡発掘に関する記事だった。聖ロマーニアスと隣国フランシアの国境近くで発見された古代の遺跡――恐らく神代まで遡るであろう遺跡が発見されたという、そんな記事だ。


 こうしたことは珍しくない。聖ロマーニアスのみならず、世界中に地底遺跡があり、そこには太古の兵器やら金銀財宝やらが眠っているという、そこまでいけばよくある与太話だが、実際には入口が倒壊して入れなかったり、遺跡ではあってもなにもなかったり、そういう夢のない話であれば、遺跡の発掘というのはよくある。


 しかし今回の遺跡は、なにか重要なものが見つかっているらしい――メウネケス遺跡と名付けられたその遺跡は、神代の魔術師”嵐のメウネケス”の建造物であり、彼の遺物が大量に残されていた。学術的な価値としては時価総額――お金の話も気になるところだが、エリザベートが気になったのはそこではない。


 彼女は冒険心というものとは縁がないのだ。そうではなくて、エリザベートが眼を惹かれたのは、遺跡の発掘プロジェクト・リーダーに父の名を見つけたからだ。


 遺跡の場所の土地はリチャード辺境伯の領土だったので、これはあまりない状況と言えるだろう。けれど父の仕事に口出しをしたことのないエリザベートにとっては、少々特殊であっても、横に置いておく事柄である。


 そうでもなくて、エリザベートは父がこの時期に賊の襲撃にあったことを思い出したのだ。今からわずかに三日後。物も取られなかったし、傷一つつかなかったが、確かに襲われていた。


 エリザベートは時計を見た。見るまでもない。父は今、国境沿いだ。知らせは間に合わないだろうし、第一どう伝えればよいのかもわからない。ただ、これが終わりでないこともエリザベートは思い出していた。襲撃したのは――なんという集団だったか、名前までは憶えていないが、襲撃は計画性があり、自分が学院に上がってからもしばしば名前を聞いた。


 こういうこともあるのだ。時間が戻っているということは、事件や事故に関する知識も持ってきているということになる。今さらながら、思い出す。悪いのは、事件があったことはわかっていても、それがどんなものだったり誰が襲われたりだとかは、ほとんど憶えていないことだった。そのうちいくつかは、自分のすぐ近く、シャルル王子がらみで起きたことだってあるというのに。


 なにしろ遡行前は、ほとんど蚊帳の外にいた。お付きの騎士であるマーヴィンは何故だか時々関わっていたようだが、エリザベート自身が関わった事件はない。襲われたらしいと聞いただとか、それだけ。


「でも確か、アイリーンはシャルル王子とも事件で関わりがあったんだ。ということは、事件に関わっていけば、私が……」


 その時、背後に紙が落ちる音がした。振り返ると、またしても紙片が落ちている。顔のない魔術師。恐らくエリザベートに時間旅行をさせた張本人。


 紙を開くと、やはり学のなさそうな殴り書きで、”余計なことを考えるな””悔い改めろ””やさしくあれ”などと書かれている。最後のは特に、子供じみた要求だとエリザベートは思った。腹立たし気に紙を握りつぶす。


「ねえ。姿を表したらどうなの? ずっと見てたんなら、わかるでしょ。私はこんな紙切れ一つでびびったり態度を改めたりなんかしない。絶対にお前を見つけ出して、このクソみたいな小細工の報いを受けさせてやるから」


 ……返事はない。紙を握りつぶし、立って挑発的なポーズをとっているのが馬鹿馬鹿しくなってくると、エリザベートは紙を床に投げ捨て、ベッドに入り、就寝した。


 その夜、悪夢を見た。大量の黒い人影が、自分を抑えつけ、魂を体から引きずりだす夢だった。汗びっしょりで眼を覚ましたエリザベートは、もしもこれが脅しなら、報いはもっとおぞましいものになる、と考えた。恐らくただの悪夢だろう、と考えながら。


 写真と経歴書とメードが来る前に着替えてしまわなければ。立ち上がり、姿見を見たエリザベートが硬直する。寝間着の胸元にピンで便箋が止められていた。


 ちぎりとって中身を見ると、ただ一言”わかったか?”と書かれていた。下のほうに追記として、こうも書かれていた。


”こういうことはもうしない。脅しつけてさせた改心など薄っぺらだ。無意味な挑発はやめろ”


 エリザベートは便箋のインクが顔につくのも厭わず、紙を額に擦りつけ、歯ぎしりをした。


 

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