第24話 問題があります 後
翌朝、ようやく大量の肖像画と経歴書が部屋に運ばれてきた。この時期にあっても、たといエリザベートに嫌な噂があろうとも、侯爵家かつ王族の婚約者とあれば、お付きの騎士になりたいものはいくらでもいるのだ。
いすぎて困るほどに。
果たしてメードが運んできた百をゆうに越える応募を見たエリザベートは、それだけで頭がくらくらしてきた。試しに一枚開いてみると、経歴書にはとりとめのないことが書いてある。ただ経歴だけでいいと募集をかけたとき書いたはずなのにとんでもなく長い文章の手紙を添えていた。よく見ると、他の経歴書にも不自然に膨らみのあるものが複数ある。うんざりしつつも選定するしかないエリザベート。
「ジョナサン・ステイモス。騎士学校を昨年卒業。成績は……ハッ」
話にならんわ。侯爵令嬢の騎士になれるチャンスと見て、記念応募とでも言うのか、明らかに身の程を知らない応募も多々見られる。というか、ほとんどはそうだろう。
普段であればそんなものすぐに捨ててメードにはじめからわけておけと命令するところだが、母クリスタルを、そして自分も納得するような人選をするには、こういうトンチキにも少しは付き合ってやらなければならないだろう。
三人ほど捨てたところで、コンスタンスがやってきて朝餉ですと言った。忘れていたくせに騎士選びの仕事を取られていっちょまえに傷ついているのが顔に出ていて、少し気が晴れた。
「わかった。今行くわ。そこのあなた、これ端っこにやっておいて。時間がある時に見るから」
コンスタンスを伴って食堂に向かう。今朝はパンと牛肉の香草炒め、それからミルク入りのスープ。しかしその前に、クリスタルから騎士選びについて諫言をいただく。あまり長く悩まれても、まだ決まっていないと噂されるのが嫌なのだ。
「エリザベート。わかっていますか? あなたがこれから選ぶのは、名門マルカイツ家の顔なのです。学院には私たちの名前を知っていても、実際にどの程度なのか知らないものもいる。中途半端な騎士など連けば、それ自体が恥になる。先ず、気品が必要です。当然、名声もなければならない。どちらもないなら、せめて圧倒的な強さがなくては」
クリスタルはそう言って朝からワインを傾けた。
「はい」とエリザベート。なにも決まっていない今、そう返すほかない。
偶然にもこれは、遡行前のエリザベートが言われたことと、一言一句同じだった。ただしこの時は既にお付きの騎士はマーヴィン・トゥーランドットに決まっており、態度の悪さに文句をつけたエリザベートにそう言って諫めたのだ。
この言葉は以下のように続く。
「もし圧倒的な強さがあるのなら、あなたが気品を教え込みなさい。それができてこそ、本当の貴族というものよ」
この言葉の通りに、ことあるごとにトゥーランドットに礼儀を仕込もうとした。自分のプライドもある。マーヴィン・トゥーランドットは当時、最強を謳われた剣士だが、貴族ではない。自分のほうがずっと立場が上のはずなのに。
あの男は、南部人らしい明るく茶色い髪と、緑色の瞳を持っていた。背は高いが顔はハンサムで、自らの剣の腕を下地とした限りない自信に満ち溢れていた。
経験から言えば、そういう人間はエリザベートとそりがあわない。
軟派で、そのくせ芯がしっかりしている。間違っていると思えば態度に出す。義侠心の塊というか、そういうやつなのだ。
それでも結局最後の最後まで騎士として雇い続けていたのは、なんといってもやはり、強かったからだ。エリザベートはよくこの男が訓練をしている姿を見に行った。というより、この男が誰かを訓練でめためたにしている姿をだ。マーヴィンがマルカイツ家の顔というのであれば、品性はともかくとして、強さはまさしく、それにふさわしかったと言えるだろう。今回は彼以外の騎士を選ばなければならない。なまじ能力を認めているだけに、それが難しい。
もちろん、候補がいないわけではない。聖ロマーニアスの侯爵家や、王室の関係者はみな、それなりに名の通った騎士をお付きの騎士としている。実力で言えばマーヴィンはトップに立つかもしれないが、騎士という存在を総合で判断するならば、上回っている者も少なくなかった。
例えば、あのアナ・デ・スタインフェルトのお付きの騎士はローズデールという騎士爵の息子だ。美しい金髪の青年で、実力もある。少しナルシストのきらいはあるが、悪くない人選だ。
妹のジュスティーヌについた騎士ヘンドリックスは、実力は他のトップ層に及ばないが忠義に篤く、身を挺して妹の危機を救ったこともある。忠誠心という面ではかなり上位に行くだろう。
他にも思い浮かぶものはいるが、そういう人間はほとんど事前に誰の騎士になるというのが決まってしまっていたり、その人物の地方出身で幼いころから一緒にいるというパターンばかりだ。この時期フリーの騎士でトップとなると、本当に限られてくる。
悪いことに、エリザベートは遡行前からその記憶を持ち越せていなかった。つまり単純に憶えていなかった。
(だって、そんな必要があるなんて……!)
だからもっと騎士探しに集中したいところだ。脅迫者探しは今のところ、進捗がない。街にあるものよりも大きな、王立図書館にも行っておきたいというのに。
だがそれを……許してくれるような環境にない。
朝餉が終わった後、エリザベートはコンスタンスとともに広い部屋へ入る。そこには初老のバトラー風の男がヴァイオリンを持って待っている。
「お嬢さま。準備は出来ております」
それが終わったら、小休止もなしに部屋へピアノが運び込まれる。そしてまた別の初老の男が入ってくる。
「お嬢さま。準備はお出来でしょうか」
今度は机が運び込まれ、外国語と歴史を教える家庭教師が入ってくる。
先にも言った通り、以前から、エリザベートの予定というものは一週間の内半分ほどは学校と家庭教師で埋まっているような状態だったが、今は就寝時間以外はすべて学ばせられる勢いだ。あの時のひどい癇癪や混乱のせいで学びがひどく遅れているため、王立学院への入学までその分を取り戻し、ついでにもう少し進めておこうとばかりに詰め込まれている。
夜はそのせいでへとへとになり、朝はどうでもいい騎士のどうでもいい手紙を読んでいる。
それで騎士選びなど真っ当に行くわけがないし、家庭教師からも集中しきれていないとよく注意されるようになった。はじめは我慢していたエリザベートも段々我慢が効かなくなり、「また同じところを間違えていますよ」と三度別の相手に言われた日は、机をひっくり返して書き物をへし折りそうになった。
「バリー・マッケラン。捨て。チャンシー・モード。捨て。ジョナサン……」
すっかり騎士選びも適当になったある朝、エリザベートはある名前を見つけて黙った。
どうかしましたか? と質問するメードをよそに、エリザベートはその名前を読み上げた。
「ジョナサン・ステイモス……ちょっと、まさか二通送ったバカがいるわけ?」
この名前は前にも見た。平凡な地方の見習い騎士だ。長い手紙が添えられていていかに自分が成長の余地を残しているかとか誠実さだとかそういうことについて書かれていた。
メードがエリザベートの手元を覗き込む。
「はい? ああ……そのようですね……見落とされてはいけない、と考えたのでしょうか」
エリザベートは近くにあったランタンを手に取り、投げようとした。もう本当の本当に我慢の限界だった。
「あっ」
窓には向けない。地面に向けて叩きつけるように投げようとしたエリザベートの手から、ランタンが滑り落ちた。
そこでエリザベートは、自分がひどく疲れていることに気が付いた。有り得ない言葉が脳裏に浮かび、エリザベートは首を振った。
癇癪も起こせず、うっぷんはたまったまま。このまま誰彼かまわず殴ってまわりそうなほど機嫌が悪くなっている。
そんなところに、部屋へ客人がやってきた。
「お姉さま、お母さまに頼んで、おやすみをいただきました。これから一緒に丘へでも行きませんか?」
妹のジュスティーヌだった。背後にはクレアもいる。
硬いゴム風船に針を刺したように、膨らんでいたうっぷんが萎びていくのを感じた。怒りの出しどころを失ったあと、底が抜けてなにもなくなったかのようだった。
「行く」と静かに告げ、エリザベートはメードにコンスタンスを呼びに行かせ、自分は外用のコートを身に纏った。未だ二月。外は寒いのだ。
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