第10話 魔法に関するあることとあること 前
さもありなん。
見えているはずのものが見えていない時だってある。
さもありなん。
だからといって、必要以上に落ち込んだり動揺したりする必要はない。
さもありなん。
エリザベートは思い返す。
演劇の帰りに、気分のクサついていたエリザベートはコンスタンスの言葉で自分が失態を犯していることに気が付いた。魔法について調べているのに、魔法に精通している人間に話を聞きに行っていなかったのだ。
元々、人に頼ることが得意な方ではないエリザベートとしては、ありがちな失態である。
必要以上に落ち込んだり動揺したりする必要はないが、エリザベート本人はこの失敗をどういい形に持っていけるかどうか考えていた。
そんなものはただの格好つけにすぎないということは、彼女もわかっているはずなのだが。そうせずにはいられないのだ。
エリザベートは自室の椅子に座って、思案するように俯いていた。ベッドを挟んで、扉から1メートル離れた位置に、コンスタンスが立っていた。
「あのう……」
と、自室で微動だにしない主人に向けて、メードが声をかける。
エリザベートが目線をコンスタンスに定める。
コンスタンスはやや気おされながらも、気になっていたため続きを伝える。
「話を訊きに行くのかと、思いましたけれども……」
「行くよ」
エリザベートは不貞腐れたように言った。
「行くけどね……」
そう言いながら椅子の背に手をのせ、その上に顎を乗せる。
ここ最近の上手くいかなさといったら、どういうことなんだろうか、と考えながら。
ここ最近というのは、なにも過去へ遡ってからだけのことを指しているのではない。確かに熱のせいで醜態を晒し、シャルル王子には会えず、また醜態を晒し、本は空振りで気晴らしさえうまくいかないけれど、それだけじゃない。一年半と、一年半。シャルル王子に断罪されるまで、あの女がシャルル王子のまわりをうろちょろして、自分がシャルル王子と上手くいかなくなり……未来から過去にかけての、長い期間を、彼女は”ここ最近”と形容しているのである。
その是非はともかくとして、長い期間を思い通りいかないまま過ごすことに、エリザベートはそろそろ飽きてきていた。上手くいかないことには原因があるはずだ。それも長期的なら、ずっとなにかを間違えているかもしれない。いったいなにを間違えているんだろう……?
椅子に座ったまま、エリザベートはしばらく考えを続けていたが、コンスタンスが視界のなかで長時間立っているのに疲れて片足を上げたり、ふってみたりするのを見て、馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。
エリザベートは手拍子をした。コンスタンスがその音に驚く。
「じゃあ、行きましょうか」
エリザベートが立ち上がり、扉に向かう。ノブに触れたところで、はた、とあることに気が付く。
(これから話すことについて、あまりいろいろな人間には聞かれたくない。コンスタンスなんか特に、なにか話してしまうかもしれない。監視するようにも言われているようだし……)
「やっぱり来なくていいわ、コンスタンス。あんたはここで本を読んでなさい。私がとちって忘れていることがあるかもしれないから」
「本を読むんですか?」
「ええ、そうよ」
「わかりました」
コンスタンスは嬉しそうに言った。
(顔に出すな、顔に)
▽
エリザベートは自室から裏庭に続く廊下を抜け、裏庭から離れまでを歩いた。
季節もあって、裏庭の景色は寂しい。客の眼に触れやすい中庭や玄関前は一年中何かの花が咲いているが、裏庭はバラを中心に冬に花をつけない品種ばかりが栽培されている。母クリスタルがバラを好んで植え、ガーデニングが趣味の妹ジュスティーヌが、一部の使用人と面倒を見ている。エリザベートは詳しくない。学んでもよくはわからなかったが、シャルル王子によればジュスティーヌの育てたバラは素晴らしいらしい。よくはわからないが。
裏庭の奥に、小さな離れがあり、そこに占星術師が住んでいた。代々マルカイツ家専属の占星術師をしている一派で、名前はパースペクティブ。下の名前は知らない。この世代では最高の”魔法使い”だというのは本人の弁だが、じっさい彼女の占いはかなり当たる。
人格はかなり変わっていて、死んだ動物の臓物を調理したものしか食べないらしい。まったく意味はわからないが、以前、なんとなく菓子を薦めてみたところそんなことを言っていた。
正直ほとんど話したことがないので、そんなことぐらいしかわからない。これ以上はこれから知っていくこととしよう。エリザベートは木製の扉を叩いた。中から慌てた声で「どなたですか?」と聞こえてきた。
「エリザベートよ」
「あっ、えっ、お嬢さま。こんなところまで来てくださって! 立ち話もなんでしょうから、お入りください! 今手を離せなくて!」
普通、扉越しで立ち話とは言わないが、突っ込んでいても仕方がないので遠慮なく扉を開かせてもらう。これも普通なら、向こうが開くものだ。しかしエリザベートはこの占星術師が態度の割に身分うんぬんをほとんど歯牙にもかけていないのを知っているし、両親が信頼を寄せているので首にもできないと知っているのである。
「パースペクティブ。あなたに訊きたいことが……」
そこまで言いかけたところで、エリザベートは離れの先客を認めた。露骨に顔に出てしまう。
「クレア……」
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