第11話 ある女子の独白



 あぁ〜男と戯れたいです〜。


 私、神崎莉央かんざきりおは、目覚めるとともにそんなことを思う。

 私は、自分で言うのもなんだけどかなりの変態だ。男と触れ合いたくて触れ合いたくて仕方がない。見かけたら絶対クンカクンカしてしまうほどなのだ。なぜ男はあんなにいい匂いがするのだろう。

 そんなことを考えているせいか、私は全然モテない。顔はそんなに悪くないと自分では評価しているのだが、恐らく私が友達とエッチな話で盛り上がってしまった時、それを男のクラスメートに聞かれているのだと思う。男の人はそういう話を嫌うらしい。まあ、それでもエッチな話をやめることはしない。だって楽しいから。



 そんな私が、いつものように男とのあんなことやこんなことを妄想しながら朝の通学電車に乗っていると、天使が……天使が降臨なされました。


 いや何を言ってるんだと思われる方もいるかもしれないが事実なのだ。サラサラとした黒髪。髪の先だけ銀髪だ。長い睫毛。凛々しいけどどことなく優しさ気な感じがする二重の目。シュッとした鼻。思わずキスしてしまいたくなるようなピンク色のぷるんとした小さめの唇。全てのパーツが完璧で、さらにそれらが調和して芸術作品と見紛うほどの美貌。この人は、神様が自ずから作り出した最高傑作だと言われても信じる自信があります。そんな美少年が、男性専用車両ではなく、一般車両に乗ってきた。


 天使やん……。な、なんでしょうかこの気持ちは。あの人を見てるだけで、胸が苦しくなります。動悸が激しくなっていくのが分かります。興奮が抑えきれない。あの人をもっと近くで見たい、匂いを嗅ぎたい、存在をもっと実感したい。ダメです、我慢できない……!あっ……。



 そこからの私は最低のクズ野郎だった。なんと天使に痴姦をしてしまったのだ。なんて馬鹿な事をしてしまったのだろう。いやでもあれはしょうがないと思う。途中の涙目でこちらを見てきたのはヤバかった、なんかもう色々と爆発しそう。


 そうです!!あんな無防備で色気ムンムンのあの天使さんが悪いです!!私は悪くな……いわけないですよね、ごめんなさい。全部私が悪いのは分かってます。はあ……あの後すぐにその場から逃げてきたけど、天使さんにしっかり顔を見られてしまいました。 

 通報とかされてるんでしょうか、被害届けとかは?い、今になって怖くなってきました……。た、逮捕とかされちゃうんでしょうか!ろ、牢屋行きですか!?……私の人生終わりましたね。


 私がこれからの人生に絶望し項垂れていると、


「どしたの?莉央」


 私と同じ非リア充で変態仲間の小野田美沙おのだみさちゃんが話しかけてきた。


「なんでもないです……。みさみさちゃんともうお別れかと思うと悲しくなってしまっただけです」


「はぁ?何バカなこと言ってんの。それより聞いた?今日、なんか新しいクラスメートが来るらしいぞ。病気かなんかで入学が遅れたらしい。男だったらいいよなぁ〜、できればイケメン!」


 みさみさちゃんがそんなありえないことを言います。


「はぁ……男ってだけで珍しいのに、イケメンなんてくるわけないでしょう?みさみさちゃんはもうちょっと現実に目を向けて下さい」


 男でイケメンなんて、この辺りに存在するのは今朝の天使さんと、あと数人くらいでしょう。天使さんはぶっちぎりだと思いますけど。あんな美少年初めて見ました。……あれっ?そういえば天使さんうちの高校の制服着てたような……?あれ?


「なんだよ、夢がないなあ。妄想するくらいいいじゃん!」


 みさみさちゃんとそんな話をしていると、担任の福岡先生が来たみたいだ。みさみさちゃんがそそくさと自分の席に帰っていく。


「おはようみんな。はーい、席ついて〜」


『ガタガタッ』


 クラスメートのみんなが一斉に席に座る。皆転校生の噂を知っているのか期待するような眼差しで先生を見つめており、期待度が伝わってくる。


「朝のホームルームの前に、みんなもう知ってると思うけど、新しいクラスメートを紹介するわ。 実はその子は事故で記憶喪失になっているのよ。それの療養のために入院していたせいで、入学の時期がずれてしまったの。その辺りのことを念頭において、丁寧に接すること。いいわね?」


 みさみさちゃんに聞いた通り、新しい子が来るみたいです。しかし、記憶喪失ですか……。アニメや漫画などではよく見ますが、現実では初めて聞きました。 

 確かにデリケートな問題ですし、気を使う必要がありますね。間違っても質問攻めなどはしないようしないと。


 そんなことを考えていた私だったが、次の福岡先生の言葉で耳を疑ってしまった。


「ちなみに、その子は男の子よ。しかもかなりのイケメンのね」


 福岡先生がニヤリとしながら言った。


な、んですと……?男で、イケメン?今先生はそう言ったのでしょうか?


『ザワザワッ!』


 いきなりクラスの女子達がざわつき始めました。しかしそれもしょうがないことでしょう。新しいクラスメートが男で、しかもイケメンだなんて。全員、生きててよかった!!とか思っているのでしょう。このクラスにも男の子はいますけど、イケメンかと言われると首を振らざるを得ないです。


「では、入ってもらいます。前原くん、どうぞ」


 福岡先生が男の子、前原くんという名前なのだろう、前原くんを招き入れる。その瞬間、クラスは静まり返り、新しいクラスメートの一挙一動を見逃すまいと、女子達が入り口をガン見し始める。我がクラスに2人しかいない男の子もやはり興味があるのか入り口を見つめている。


 そして、入ってきたのは……




 今朝の天使さんでした。


 ……。


 ……えっ?


「……ッ!?」


 え、ええっ!!??ちょっとまって!!はい!?な、なんで!?どうして!?うぇええ!?


 私は驚きのあまり語彙力を失ってしまった。それ程の衝撃。いや、心のどこかで薄らと予感はしていた。天使さんの制服が我が春蘭高校のものだった時点で。


 クラスのみんなはポカンと口を開けアホ面を晒している。おそらくは、天使さんのあまりの美貌に言葉もでないのだろう。私も別の意味で言葉が出ない。天使さん、いや前原くんは、堂々と一歩ずつゆっくり踏みしめながら歩き、教卓の横に立つ。……キラキラエフェクトが前原くんの周りに見える。幻覚だろうか?


「はじめまして。前原仁と申します。入院していたため、入学が皆さんより遅くなってしまいました。今から皆さんの輪に入れるかどうか不安ではありますが、どうか仲良くして下さると大変嬉しく思います。これから3年間、宜しくお願いしますっ」


 男なのに、なんという礼儀正しさ。普通の男なら、『よろしく、前原仁』といった感じで自己紹介など素っ気なく終わる。本当に天使なのかもしれない。


 しかもなんですか、最後の眩しすぎる笑顔は!もう、なんというか、結婚して下さい。クラスの女子達もみんな顔を真っ赤にさせて呆然としています。どうせみんなも心の中で求婚しているに違いありません。


 というか、わ、私はあんな子に痴姦してしまったのですか……。罪悪感が凄まじいです。すごく、ものすごく顔を合わせづらいですが、あとできちんと謝罪しましょう。それで通報されたら、それはしょうがないです。悪いのは私なのですから。


 前原くんは、窓側の1番後ろの席に座ったようです。私は廊下側の席の真ん中なので、前原くんの席とは距離があります。そのため、幸いにも私が痴姦の犯人とは気づいていないようです。……まあ、次の休み時間にでも謝罪するつもりなので、気付いていようがいまいがあまり関係ないのですが。……本当に悪いことをしてしまいました。


 事故で記憶喪失に陥った転校初日の儚げな美少年を痴姦した私。よく考えなくても、誰がどう見ても真性のクズだ……。


「はぁ……」



 クラスの女子達が色めき立つ中、私だけは騒ぐ気分にはなれなかった。



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