ママは能力者⑨ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話
ゆうすけ
悪の女帝、その名は……
「まったく、なんの役にも立たないヤツラね」
モニターを見ていた女が低い声でつぶやく。女は黒いローブに包んだ腕をさっと振ってワイングラスを投げ捨てた。
滴り落ちる血のようにグラスのワインが飛び散る。跳ね返った雫が画面に映るHaveとBakichiの顔をモザイクに染めた。
「バカ面もたいがいにしておきなさい。せっかく魔力の持つ催眠作用で人気をだしてやったのに……。あの女をおびき寄せるために時間がなくて、手を借りたとはいえ、もう少しましな人間を選ぶべきだったわ」
「して、あの二人を、いかがいたしましょうか」
従者と思しきお付きの男が、かしこまりながら女に聞いた。女はつまらなさそうな顔で答える。
「あの二人はもう用済み。どうせSSクラスの魔女、メグのかけた魔法を、本人以外が解除するなんて、考えただけで手間がかかってイヤになる。あのまま赤ん坊のふりでもさせておきなさい」
「かしこまりました」
「で、自衛隊の捕獲部隊の方はどうなっているの?」
「そちらの部隊は次女の捕獲に成功したようです。現在ヘリで空港に向かっております。途中邪魔な戦闘機を撃墜したとコンタクトが入っております」
「そう」
ローブ姿の女は長い髪の毛をかきあげて、満足そうに笑みを浮かべた。
「見てなさい、ミサ。あなたが手に入れたものは、残らず破壊してやる。あなただけは許さない。絶対にね。今度こそは……、私の勝ちよ」
そうつぶやくと引き締まった顔で従者を呼びつけた。
「セバスチャン、私も行くわ。すぐに用意して」
「かしこまりました、フロイライン糸海。しかし、そんなにお急ぎにならずとも、もはや次女もTOVICスーツも我らが手の内。あとは次女をマインドコントロールすればよいだけではありませんか?」
「ふふ、いいのよ。セバスチャン。これは私の個人的な復讐なのだから。私からすべてを奪い去ったミサの泣き叫ぶ姿を見られるのなら、どこにだって行くわ」
女はローブを翻し、妖艶に言い放った。胸にたぎる復讐心を隠すことなく部屋を出て行く。
◇
屈辱とは彼女にとって常に他に与えるものだった。
高校生の時から容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の彼女にとっては、それがあたりまえだった。その才をうらやみ、美をねたみ、能をそねむのは常に他者。それは彼女にとって当たり前のものであり、それは彼女のあずかり知らぬところで生じる心の闇でしかなかった。ミサに出会うまでは。
十八で己の才覚に目覚め、魔法の能力を開花させた彼女は、聖女となるべく当代きっての難関と言われた魔法学校に難なく進学した。そこで出会ったのがミサだった。
「琴ちゃん、午後の授業、うっとおしくて面倒だから私はサボるのです。今日は駅前のフルーツパーラーに粒マスタードウィンナーの新作を食べに行くのです。琴ちゃんも一緒に行くのです」
「ミサさん、そんなこと言っちゃダメだよ。授業はしっかり聞かないと立派な聖女になれないよ? それに、そんなことしたらクラスのみんなにバレちゃうから」
ミサは天真爛漫な性格の、一般家庭出身の小柄な娘だった。それほど特技があるとも思えないミサを彼女は密かに見下していた。
「この子もいずれは私の圧倒的な才能の下にひれ伏し、私を敬い、私を畏れるようになる」
彼女は今まで彼女に接してきたすべての人物がそうだったように、いずれそうなるであろうと確信していた。それが生まれながらの彼女のジャッジメントだった。そこには何一つ後ろ暗いところも、邪な感情もなかった。それが当然だったのだから。
ところが。
「じゃあ、クラス、いや、学校中の時間を止めておけばいいのです。私は粒マスタードウィンナーさえ手に入ればいいのです。でも、琴ちゃんがバレたくないなら、時間を止めて、その間に買いに行って戻ってくるのです」
彼女は鼻で笑いそうになるのをぐっとこらえる。一人や二人の時間を止める魔法ですら習得するには、かなりの才能と魔力が必要なのに。私ですらクラスの時間を止めるので精いっぱいなのに。学校中の時間を止めることも、この私にもできないのに、何言ってんのかしら、この子。ひょっとしたら頭おかしいのかもしれないわね。
「さあ、琴ちゃん、行きましょうなのです! 町中の時間を止めておいたのです」
そう言ってミサは彼女の手を引っ張った。彼女は周囲を見て、驚愕に青ざめていった。
ーーーこの子、ホントに町中の時間を止めている。しかも無詠唱で! こんなことあり得ない!
◇
それ以来ミサはことあるごとに彼女の前で段違いのスケール感の魔法を披露していった。その圧倒的な能力にひれ伏し、畏れ、羨んだのは彼女の方だった。
それでも彼女は自分の腕と魔法を磨き、持ち前の努力で魔法学校を首席で卒業することになった。幸いというべきか、ミサは普段の履修態度に難があり、学校の成績自体は中の下だった。ありあまる魔法の才能をそれと気づかずに見過ごし、能力があることにすら無自覚なミサは、卒業間際にこともなげに言ってのけた。
「琴ちゃん、私は卒業したらすぐお嫁さんになるのです。もう魔法の勉強はおなかいっぱいなのです」
「え? ミサさん、魔法職に就職したり魔法大学院に進学したりしないの?」
「私は普通のお嫁さんになりたいだけなのです。魔法に興味はないのです」
「だ、誰と結婚するの? 具体的に相手はいるの?」
「えへへへ、実は……」
そう言ってミサが告げたのは、彼女が一年のころから憧れていた先輩の名前だった。
◇
「ミサは私に圧倒的な敗北感だけを植え付けて、あっさりと私から先輩を奪い取っていった。しかも、先輩と共に老いていくならまだしも、先輩を見殺しにして、どういうわけか自分だけは若返って幼女の姿になっている。許せない……。何があっても、許せない!」
彼女はろうそくの炎に照らされた暗い廊下の途中で、ミサとのこれまでの出来事を思い出しては臍を噛んだ。
◇
赤ん坊になる魔法をかけられた五万人の群衆がうごめくコンサート会場でメグとマークは途方に暮れていた。
とりあえずメグの魔法で急場はしのいだが、肝心のユウがいなくてはこの後どうすればよいのかがまるで分らない。
「ねえ、マーク、この後どうする?」
「うーん、僕たちユウちゃんにひっついてきただけだから、ユウちゃんがいないとミッションが分からないよね」
センターステージで手持無沙汰にしていると、後方のアリーナへの入り口から小学生姿のミサが駆け込んでくるのが見えた。
「あ、ママ!」
マークが目ざとくミサを見つけて声をあげた。赤ん坊と化した五万人の群衆をかき分けて、ミサがマークたちの元へと駆け寄ってきた。
「ちょうどよかった、ママ。私たちどうしたらいいか分からなくて困ってたの。あれ? レーちゃんは? 一緒じゃないの?」
「レーも一緒なのです。でも……、しばらくそっとしておいてやってほしいのです。メグたちこそ、ユウの姿が見えないのです。ユウはどこにいるのです?」
「ユウちゃんは自衛隊の人に一人だけ助けられて行っちゃったんだよ。僕たちだけ取り残された」
ミサは大きな目を見開いた。
「マーク……もしかして、そのユウを連れ出した自衛隊の部隊は、ヘリで来てたのです?」
「いや、ここからじゃ分からなかったけど、多分そうなんじゃない?」
マークがあいまいに頷くと、ミサは険しい顔で叫んだ。
「メグ、マーク、すぐ戻るのです! その自衛隊員はニセモノなのです!」
その時、会場のモニタが一斉に黒ローブの女の顔を映し出した。百枚近いモニターに映った大小さまざまな大きさの黒ローブの女の声が会場に響きわたる。
「ミサ、久しぶりだね。ピンクのレオタードの次女は預かっているわ」
「琴ちゃん!」
さすがのミサも驚きながら、モニタに映った黒ローブの女を見て叫ぶ。マークはミサの服の裾を引っ張って問いかけた。
「あの女の人だれ? ママの知り合いなの?」
「あれは……、
……つづく(みことさん、ラスボス役で出演感謝です!)
ママは能力者⑨ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214
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