ねこの手に限る!

空本 青大

この手に限る!

私は25歳の世間一般的なOL・金子美緒かねこみお

楽しい学生生活を終え、社会の荒波に揉まれること早3年。

最初は慣れないことの連続で大変だったが、

最近は仕事も大分覚え楽しくなってきた・・と言いたいが一人前になってきたら

きたで大変だったりするのだ。


満員電車で疲労ゲージを溜めた状態から仕事を開始。

生産性のないただ長いだけの会議。

上司からの理不尽な叱責。

同僚や後輩と行く、飲み会という名の悪口大会。


歯車としての責務を全うし命を摩耗する日々。

おかげで終盤のジェンガのごとく私の心と体は限界を迎えようとしていた。


ただ人間というのは単純なもので生きがい1つあればなんとかなるものだ。

私は家で待つ生きがいという名の癒しを求め、早々に仕事を切り上げ帰宅した。


はやる気持ちを抑え階段を駆け上がる。

そして満を持して自分が住む部屋のドアを勢いよく開ける。


「なぁ~ん♪」


ドアの向こうには玄関で前足をそろえて座る、

俗にいうエジプト座りをする白猫の姿が。

ぱっちりとした金色の瞳に、赤色の首輪。

帰宅した私を見上げ、愛おしい顔と声で出迎えてくれた。


「ただいま~~~~~♡♡ルナ会いたかったよ~~~~~♡♡♡」


靴を脱ぎ捨てた私は飼い猫のルナを抱き上げ頬ずりをする。


この子は一月前残業帰りの深夜に、道に倒れている所を偶然見つけた。

最初は里親募集しようかと思ったけど、一緒にいるうちにたまらなく愛おしくなってしまい結果飼うことにしたのだ。

名前は満月の綺麗な夜に出逢ったので”ルナ”。

ただその日は流れ星が見えたから月と星のどっちかで名前を迷ったけど、月のほうが名前の響きが可愛いかなと思って月関連の名前にした。


今じゃあもうルナなしの生活は考えられない。

10分ほど戯れた後、自分とルナのご飯を準備をする。


「では、いただきまーす♪」


冷凍のラザニアをトースターで焼いたものを口に運びながら、横目にルナを見る。

猫用の皿に盛られたカリカリを一心不乱に貪っていた。


「はぁ、たまらんわ~~~」


飼い猫の可愛さを堪能しながら食事を終えた私は食器を片付け、早々にシャワーをすます。

髪を乾かし寝巻に着替えた私は、座椅子に座り丸テーブルの上にノートパソコンを置く。

パソコンを立ち上げ、カタカタとキーボードを小気味よく叩いた。


「明日までに資料まとめないとね。なんで家で仕事しなきゃならんのか、はぁ・・」


深いため息をつきながら手を休めず仕事を続けていると、テーブルの下からルナが私の膝の上に乗りピョコっと顔を上に出してくる。


「あらどうしたの~?遊んで欲しいのかな?ごめんねぇ今お仕事中なの・・。」


私の膝の上に乗りテーブルに手を置きながらルナは、パソコンの画面をじっと見据える。


「そんな見つめても面白くないよ?それともルナが手伝ってくれる感じ?なんちゃって」


あははと笑いながらここのところの会社での毎日を思い出す。

私だけじゃなくみんなが忙しい忙しいと走り回り、自分が助けてほしいときも言い出せず結局全部自分頼り。

猫の手も借りたいとはまさにいまのこの状況・・。


(だけどまあこうしているだけで心が安らぐし、十分助かってるんだけどね)


心の中でつぶやき、ずっと画面を眺める愛猫の後頭部を見る。


「ふぁ~~~・・やっばい、眠くなってきたぁ・・」


首がこっくりこっくり上下に揺れ、キーボードを叩く手はいつしか止まっていた。

―—―—

―—―

―—


「はっ!!!」


床の上で寝転がっていた私はガバッと体を立ち上げる。

窓を見るとカーテンの隙間から陽の光が差し込み、外からはチュンチュンと雀のさえずりが聞こえてきた。


「あああああ!まずいまずい!資料作り終わって・・る?」


血の気が引く思いでパソコンの画面を見ると、そこには完成していた資料が映っていた。


「あれ?なんで?確か途中で寝ちゃってた気が?・・もしかして社畜力が知らぬ間に上がって無意識下で終わらせたのかな?・・まあ、いっか!」


掛け時計で時間を確認すると、出勤まであと1時間と差し迫っていた。


「よし!急がねば!!」


ささっと洗顔をすまし、トースト2枚をトースターにセット。

ベーコンと目玉焼きを焼いている間にルナのご飯の準備を始める。

テーブルに朝食を並べ、床にルナのご飯を置いた。

ゆっくりと咀嚼するルナとは裏腹に、私はかき込むように食べる。

空になった食器を速攻で洗い終え、顔にメイクを施す。

スーツに着替えた私は玄関に小走りで向かい、パンプスを履きながら後ろを振り向く。


「それじゃあルナ行ってきまーす!」


玄関まで見送りに来たルナに満面の笑みと挨拶を送り部屋を後にした。


タッタッタッと足音が遠ざかる。

音が完全に聞こえなくなるとルナはおもむろに四つん這いから二足歩行へと切り替える。


「気を付けてな、美緒」


静かな部屋に30~40代男性のハスキーボイスが響き渡る。

―—―—

―—―

―—


私の名前は【アオシ・ヂュール】。

この地球の人間からしたら宇宙人というやつだな。


地球から25光年ほど離れた【キュークニ星】というところからやってきた。

この星に住むのは、地球に生息する猫に似た姿をした【コゥネ人】である。

来た目的は何かと言うと、

恥ずかしながらこれまでの生活に嫌気がさしてきたからだ。


毎日家と勤務地を往復するだけの日々。

休みもなく、朝日が昇る時間に出勤し、朝日が昇る時間に退勤。

生産性のないただ長いだけの会議。

上司からの理不尽な叱責。

同僚や後輩と行く、飲み会という名の悪口大会。


限界だった・・。

体中から毛が抜け始めたことに危機感を覚えた私は、

退職届を上司に叩きつけ星を出た。


自分が適応できる場所を検索した結果、地球が見つかった。

この星にはコゥネ人と似た生き物が生息し、地球人とパートナーの関係を結んでいるのだとか。

ここだ!と思い進路を決めた私は、地球へと宇宙船の舵を切った。


移動中に地球の言語や、地球で猫として生きていくための知識を身に着けた。

いきなり猫の形をした宇宙人が言葉を話し始めたら何をされるかわからないからな・・。

猫言葉はシンプルなものですぐ体得できたが、立ち振る舞いが少々難易度が高かった。

基本姿勢は四つん這いで、ダラダラしたり、顔を洗う仕草・・。

羞恥心はあったが周りに知り合いがいるわけでもないので、思い切ってやったら案外うまくできた。

まあ今となってはむしろこっちのほうが楽と感じるぐらいだ。


色々準備を終えたころ、地球に到着しどこに降り立つか決めあぐねていると、長年の仕事の疲れの影響か、急に目まいがし操縦を誤ってしまった。

二ホンと呼ばれる国に不時着した私は、衝撃と体調の悪さも加わってか船から抜け出したところから意識を失った。


気づいたときはドウブツビョウインというところで治療を受けていた。

横には私を治してくれた人物と美緒が私を心配そうな顔で見つめていた。

そのあとは美緒の家に連れていかれ、そのまま現在に至るまで世話になっている最中というわけだ。


ここにくるまでそれなりに高い地位で活躍してきた私が、

ペットという形で飼われるのは少々自尊心を傷つけられる思いだが、

ここの生活は最高に安らぎを与えてくれる。


好きなだけゴロゴロしても怒られない。

黙っていてもご飯は出てくる。

それにやたらと褒められる。


だがなんでもかんでも与えられてばかりというのも私のプライドが許さない。

美緒が仕事に行っているときは軽く掃除をするようにしている。


基本美緒はだらしがない。

まあ忙しいからしょうがなくはあるが、服を脱ぎっぱなしにするのは日常茶飯事だ。

私は床に散乱している服を嗅ぎ、綺麗なものと洗濯するものに仕分ける。

洗濯物は洗濯機の近くに置き、綺麗なものは畳んでタンスにしまう。


これだけのことをすると、私がやったことがバレるんじゃないかと思われるかもしれないが、良くも悪くも美緒は大雑把なのである。

しかも家に帰ってくるときは疲労で思考が停止気味だし、なにより私に夢中になる。

今のところバレる気配は感じないので引き続き簡単な家事はやるとしよう。


部屋の隅で自動給餌器じどうきゅうじきが作動し始める。

もうご飯の時間か・・。

私は作業を切り上げ食事をとることにした。

最初は不可解な食べ物と警戒したが、食べてみるとこのカリカリというやつはなかなか美味い。

故郷にはない味で今やお気に入りとなっている。

食べ終わった私は水をごくごくと飲み干し、食事を終えた。


次は掃除だ。

さすがに掃除機は大きすぎて扱えないので、かわりにコロコロというやつで床のゴミを一掃する。

ふむ・・私の抜け毛もすっかり少なくなったものだ。


あらかた家事を終えて数時間。

いつも22:00前後に帰ってくるからそろそろか・・。

私は決まって玄関で座り出迎えることにしている。


コツコツコツ。

足音が部屋の前で止まり、鍵音がしたのちドアが開く。

美緒の顔がドアの陰から見えたとき私は会心の猫撫で声を送る。


「なぁ~ん♪」

「ただいま~~~♡ルナ会いたかったよぉ~~♡♡♡」


いつもの抱き着き&頬ずり。

やれやれ相変わらずスキンシップが激しい・・。

これはまたお疲れのご様子だな。


「いや~今日はいい日だったよ!資料よくまとめられてたって褒められちゃった♪」


まあほとんど私がやったんだけどな・・。


「全然私がやった記憶が無いんだけど、まさかルナが?・・」


一瞬ギクッとなり、冷や汗が流れ出す。


「な~んてね、あはは!」


ふぅと安堵のため息を漏らすと、美緒が私の手をいじり始める。


「猫の手を借りたいときは、こうしてルナの肉球をイジイジさせてもらうね♡」


嬉しそうに私の手のひらをプニプニと押す美緒。


君は命の恩人だ。

困ったことがあればこの私がいくらでも力を貸そう。

美緒が私を大切に想ってくれてるように、私も君のことが大事だ。

これからもこの小さな手で良ければ借りてくれ。

感謝の言葉の代わりに私は最高の猫撫で声を美緒に贈る―


「なぁ~ん♪」

「かわいい!好き💛」













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ねこの手に限る! 空本 青大 @Soramoto_Aohiro

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