締め切り直前ににゃーんと鳴いた

くにすらのに

第1話

 カタカタカタカタカタカタカタカタ

 

 キーボードを叩く乾いた音が響く。リズムよく文字を刻んだかと思えば、男はせっかく書いた文章を消していく。


「ああ、どうしよう。もうすぐ締め切りなのに!」


 とある小説のコンテストに応募すべく男は日々パソコンに向き合っていた。

 書きたいものはぼんやりと頭に浮かんでいるのに実際に言葉にするとうまく表現できない。

 そんなモヤモヤを抱えたまま時間は過ぎていき、気付けば締め切りまで2週間を切っていた。


「仕事の合間を縫ってるとは言えこれはマズい。はぁ……猫の手も借りたいけど、お前には無理だよなぁ」


 視線の先には1匹のふくよかな猫の姿があった。陽光が差し込む窓辺にその巨体を置き、自分の時間の流れはゆっくりだと言わんばかりに大きなあくびをした。

 

「コーヒーでも買ってくるか」


 3月になったとはいえワイシャツ1枚で外に出るには少し肌寒い。飼い猫とは反対に瘦せ型の男はジャケットを羽織り部屋をあとにした。

 ガチャリと鍵が閉まる音を合図に猫がのそりと動き出す。


 すぐに戻るつもりの男はパソコンをスリープ状態にしたりせず、画面には白紙のワードが映っている。

 猫はご主人の動きを見ていたのか、それともただのきまぐれかキーボードの上で無造作に踊り出す。


 踊るといっても体型のせいで動きは緩慢だ。しかし、その動きは確実にキーを押して白紙だった画面にはどんどん文字が打ち込まれていく。


「ああ! なにやってんだ!」


 気分転換も兼ねてぶらぶらと散歩をしてきた男は帰宅するなり叫んだ。

 キーボードに飼い猫が乗っている。それはすなわち適当にキーを入力していることを意味する。

 

 文字が打ち込まれているだけなら良いが、もしかしたらとんでもない動作を起こしているかもしれない。

 男の絶叫に驚いた猫は体型に似合わない俊敏な動きでキーボードから降りた。


「えーっと、とりあえず変なところは触ってな……ん?」


 画面に映し出される文字列を見て男はあることに気付いた。

 適当に入力されているわりにはちゃんとした文章になっている。それどころか自分が脳内で思い描いた小説がちゃんと形になっている。


 偶然かあるいは奇跡か。画面をスクロールさせて頭から読み直してみても小説としてしっかりと成り立っていた。


「これは……いけるぞ」


 とんでもない勢いで入力された文字はゆうに10万字を超え、コンテストに規定されたページ数など要件も満たしていた。


「あとは改行とかその辺を手直しして」


 夢中になって作業すると、コーヒーはすっかりぬるくなっていた。

 他人仕事を終えてすすったぬるいコーヒーは今まで飲んだどんなコーヒーよりも美味しく感じた。


***


「マジか」


 数か月後、編集部から大賞を受賞したという連絡を受けた。

 もろもろの契約などを済ませ、編集者と校正や打ち合わせを重ねたのち猫が書いた小説が書店に並んだ。

 

 もちろん猫が書いたという話は秘密にしてある。言ったところで誰も信じてくれないだろう。

 しかし、問題が発生してしまう。


 たちまち大人気となった小説は当然のように続巻の発売が決定した。

 男の脳内には続きのイメージが出来上がっている。だが、そもそも1巻は猫が無意識に書いたものだ。

 その続編を書くにはものすごい才能や技術が必要だった。


「どうしよう。何も書けない。なあ、またお願いできないか?」


 状況を理解していない猫は大きなあくびをするだけでキーボードの上に乗る気配はない。

 それならばと男はずっしりと重い猫を持ち上げ半ば強引にキーボードに置いた。が、数か月前にすでに飽きたと言わんばかりにすぐさま降り去ってしまう。


「はぁ……もういっそ俺が猫になりたい。にゃーん」


 


 それから数日後。連絡が取れなくなった男の部屋に担当編集者が訪れた。

 預かっていた合鍵を使い部屋の中に入ると人の気配は感じない。代わりに体の大きな猫が窓辺で昼寝をしていた。

 キッチンの周辺はキャットフードが散乱しており、猫が勝手に開けて食べたのだと推察できる。


 そして、電源が入ったままのパソコンの前には手足が長い猫がいた。以前訪れた時は猫は1匹だけだったので新しく飼い始めたのだろうか。そんな疑問が編集者の頭に浮かんだ。

 昼寝をしている猫とは対照的に全体的に線が細くシュっとしている。


 さっきからカタカタと音がしているのは細い猫がキーボードの上を歩いているからだった。

 

「あれ? これって2巻の原稿かな。ちょっとごめんよ」


 勝手に見るのは悪いと思いつつ、作家と連絡が付かない状況でもあるので画面に映る文字列を確認する。

 最初から読めば小説の1巻の続きだとすぐにわかるそれは、間違いなく2巻の原稿だ。


「もしかしてキミが? いやいや、本当に猫の手を借りて小説を書く作家なんていないよね」


 誰もいない部屋で自分にツッコミを入れて苦笑した。

 作家とは連絡が付かないのに原稿だけは仕上がっている。この状況で契約問題をどう対処するか、会社で揉めることになるとも知らずに。


 そして編集者もまた猫の手を借りることになる……。


 にゃーん。


 最近、あなたの周りに猫が増えていませんか?

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