久留山家謹製音声通信機能付ぬいぐるみ型監視カメラの記録
燐裕嗣
少年と仕事屋の町
走る、走る、夜の街。
どうも徒党を組んでいるらしい追っ手は、振り切ったと思えば姿を現す。
土地勘のない場所を逃げ回るのは今までにも経験がある。しかしこの追っ手のしつこさは何だ。
紅い目が、前方に光を捕らえた。すぐさま足は横道へと針路を変える。
「ぃよう」
「っ!」
闇に紛れるように、一人の男が立っていた。
思わず足を止めてしまった。後ろからは足音が聞こえる。
「探したぜぇ?」
じり、じり、獲物を見付けた肉食獣のように、男はゆっくり近付いてくる。
炎を思わせる赤い髪。警戒すべきは、彼が手にしている大振りの扇子。
「街に入った危険因子を掃除しとけって依頼なんだ。悪く思うなよ?」
彼は言い終えると同時に地面を蹴った。
閉じたままで一撃。ビルの壁に傷がつく。もう一撃。積まれていた瓶が箱ごと割れた。
「っ……何もしていない人間捕まえて《危険因子》? ただ仕立て上げたいだけでしょ」
「言うねぇ」
開かれた扇子の羽が光る。一閃。掠った腕に、赤い筋が引かれた。
痛む腕を押さえつつ、間合いをとる。一人だけならまける。引き離して、またしばらく身を潜めていれば良い。
少年の表情の変化に気付いた相手は不満げな顔を見せた。
「逃げるつもり?」
何も答えず、少年は近くに落ちていた角材を拾う。ついでに割れたガラスも。
「ゴミなら掃除屋が片付けてくれる――っと、ああ俺も掃除屋だった」
振り下ろされる刃を避け角材で反撃するも受け流される。しかし少年は顔色を変えずに右手を赤髪の掃除屋の前で振った。
滴る赤が掃除屋の服を濡らす。
「……ははっ」
笑ったのは、傷付けられた掃除屋。扇子を持つ力は弱まったものの、まだまだ戦う気満々だ。
「……どうして、傷付いて笑えるのさ」
少年の問いに、掃除屋も首を傾げる。
「楽しくね?」
「ボクより、あんたの方がずっと危険な気がする」
「そりゃどーも」
風の音が聞こえる中に、少年を追っていた複数の足音は聞こえない。
不意に鳴り出した電子音。掃除屋が携帯を取り出し、耳にあてた。
「あぁ? っんだよガセネタかよ」
通話口に文句を垂れながら、ばちんと扇子を閉じ、肩に担いだ。まだ暴れ足りないと言いたげな表情で少年を見たが、踵を返すと足早に去って行った。
人違いで追い掛け回して、器物破損で、怪我までさせて、謝罪の言葉無しに消える――普通なら怒っても良いところだが、少年は何よりもまず、胸を撫で下ろした。
危険因子――心当たりが無い訳では無い。しかしこんな所で消される訳にはいかない。
少年は歩き出す。腕が重い。掠っただけなのに、血が止まらない。
「……あいつ、相当性格悪い……」
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