甘えられない私と、甘えさせてもらえない彼女。

マチ

プロローグ 放課後の告白

 今私の目の前にいるのは、深山一華(みやまいちか)。

 この市立時原高校で最も美しいと言われる――実際最も美しい――女子生徒だ。

 そんな彼女が、恥ずかしそうに頬を赤らめ、何かを言いたそうにその華憐な唇を震わせて、私の顔をちらちらとうかがっている。

 深山さんと言えば、入学式の時から、むしろ入学試験の時から噂になるほどの超絶美人だ。

 涼やかな目元に、すっと通った鼻筋、常に潤いのある花弁のような唇。完璧な造形のそれらが、これまた程よく小さな顔の中に完璧なバランスで配置されている。

 背も女子にしては高く百七十近くあり、なのに出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという、まるでアイドルのようなお姿で実にけしか、もとい、羨ましい。

 特に私が綺麗だと思うのは、彼女の髪だ。

 背中の中ほどまである彼女の黒髪は、高級な墨から作ったように艶やかで、滑らか。よく、黒髪は重そう、とか言われるが彼女の場合、そんなものは微塵も感じない。本当に、芸術品のように美しい。


「く、栗原さん……!」

「ひゃい!?」


 ……声が裏返った。髪に見惚れていたせいだ。

 熱い。顔があっつい……。顔から火が出そう、というか出てるのでは?


「っ……ふぅ……。な、なんで、しょう……?」


 いったん呼吸を落ち着かせ、でも若干どもりながら、聞き返してみる。自然と丁寧になってしまったのは緊張のせいだ。

 放課後の、誰もいない静かな教室――。

 窓から差し込む淡い夕暮れの光が二人を照らす――。

 自然と口の中に溜まった唾をごくりと飲み込む。喉が上下するその音が、妙に大きく聞こえた気がした。これはもうあれだ。誰がどこからどう見ても、


(告白――)


 頭の中に浮かんだ、間違いなく正解であろう単語を、しかし私は(いやいやまさか)と否定した。

 だって、ちょっと考えて欲しい。誰に言っているかは分からないが、考えて欲しい。

 あの深山さんが、私なんかに告白するとは思えない。

 だって、私だぞ?

 私――栗原亜由美(くりはらあゆむ)だぞ?

 顔はちょっと気が強そうに見える太眉が特徴なだけで、目鼻立ちは普通だし、中身だって特別取り柄があるわけでもない。ザ・一般人と言うべきただの女子生徒だ。……多少、ごく一部の人には、可愛いと言われることもあるけれども、深山さんとは比べるべくもない。

 そんな私に、学校一の……いやもしかしたら日本一の美少女が、告白?

 いや、無い無い。普通に考えて無い。

 女同士だからとか無いとか、私が男子だったらあり得たかも……とか、そういうレベルの話ではない。性別がどうとかは、どうでもいい。そこじゃない。

 要は見た目。

 私のような普通極まりない相手に、深山さんのような人が好意を持つ、ということが考えられない。平凡な一般人が、今まで接点のなかった美形にモテる……なんてのは、二次元の中だけの出来事であって、そんな奇跡、現実では十中八九起こらない。


「その……凄く言いにくい、というか……恥ずかしいんだけど……」

「あ……う、うん……」


 ぎこちなく、頷く。

 ついさっきまで動いていた首が、急に錆びついたようにしか動かなかった。

 深山さんも緊張してるせいで、いつもクールで格好いいその顔が、トマトみたいに赤くなっている。


「栗原さん……わ、私の――」

「っ……」


 来る。どうする? OKするのか、私?

 いやでもここは、考えさせてと言うべき?

 ああでもそれは「お前何様だよ」って自分で自分を責めてしまうだろうし……!

 やっぱりここは、「はい」の一択なのかな!?

 私が表向きは冷静に、しかし内心は大混乱していることなど知る由もなく。

 深山さんの口から、とうとうその一言が放たれた。


「私の、ママになって!!」


「はっ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

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