第13話 腹を満たそう
兄貴が誂えてくれた長靴は、オニキスさんがくれた革帯に近い色で、無地で洒落た輪郭。靴の前側は編み上げで、頂上にはひもが結んであるまさに欲しかった素敵な長靴で、見た瞬間にわぁっと歓声を上げた。
「兄貴、これだよ、私こういうのが欲しかったの!ありがとう!!」
兄貴が趣味の手芸で使用している作業机に向かいながら、椅子に腰掛け半身を捻って振り返って長靴に足を入れるよう促す。
大きすぎたり小さすぎたらどうしようかとドキドキしながら猫の足を長靴に入れると、ぴったり!あれ、でもむくみとか考えると、少しあそびがあればいいんだっけ?
「ぴったりだよ!嬉しい!」
兄貴に飛び付いて顔を全身で抱き締める。
「少し歩いてみろ。おかしかったら直すから」
うん、とにこにこで長靴を履いた状態で歩いてみると、ぐらり重心が後ろに傾ぐ。
あれれ、何で前に進めないの?
「何かおかしいの!何これ」
兄貴は努めて冷静に、私に落ち着くよう静かな声音で語りかける。
前世の私は、物心ついた頃から歩くとすぐ足首がぐきりと痛んだ。走ろうとしても足首を何かで強く叩かれたような衝撃の後に、歩くどころか動くこともできない痛みに襲われた。特に病院にかかったことはないのだが、恐らく慢性的な捻挫と診断されたのではないだろうか。
元々足がクラスで最後から数えた方が早いほど遅かったのだが、いつ起こるか分からない捻挫によって特に走ることがあまり好きではなくなった。
そんな記憶があって、今まさに捻挫が起こりそうな状況はちょっとした恐怖の記憶を呼び覚まし、あわてふためいてしまった。
兄貴は「今のお前は猫なんだから、とりあえず横に転んで脱げ」身ぶりで示す。
確かに、とこてんと転がり横たわった状態で長靴を脱ぐ。
兄貴は長靴を持ち上げて何度か上下に動かしたあと、私を持ち上げて再度長靴を上下に動かす。
「こりゃ体に対して踵が重いからぐらついたんだ。猫・・・今さらだが、俺はウゴールってんだ。お前は?」
「ジンジャーだよ、よろしく。どうしたら歩きやすくなるのかな?」
兄貴・・・ウゴールは私に少し歩くよう促し、すたすた二足で歩いて見せるとあぁでもないこうでもないと唸りながらまた一人の世界に没入した。
勝手を知らない他人の家なんて、何もすることがないから無聊をかこつ。イヴリース様に目を向ければ、さっき起きたばかりなのにまた眠っている。何だかお腹の辺りが寂しい感覚だ。そういえば夕べろくに食べないで寝てしまったんだ。
子分の袖を引きながら、「お腹減ったからご飯食べ行こうよ!もしくは作るから、厨房貸して!あ、名前!!」
子分三人の顔を見て叫ぶ。
三人は顔を見合わせ、よく通る声の子分が「俺はシーダー」、軽やかな足取りの子分が「オークだぜ」、神経質そうな子分が「ぼ・・・俺はチョーク」教えてくれた。
治安があまりよろしくないクレイの町で猫一匹は、連れてってくれというものらしい。
長椅子に横たわったままのイヴリース様は何か腹が立つので放置するとして、ウゴール兄貴は自分の世界にいるので論外。子分三人衆の一人を置いていき、私と二人の子分で食料調達に行くことになった。
そして、四人には私の二足歩行をすでに見られているが、別なクレイの住人に目撃されたら動きにくくなるらしい。常に誰かの揚げ足をとってとられての殺伐とした日常を送っているため、うっかり話す二足歩行の猫を連れていたら、難癖つけられて絡まれるとかなんとか。
決して人語を話さぬよう釘を刺された。目で語れということか。私の顔面筋をなめるでないわ。意思はすべて目から届けようぞ。
問題は、誰が一人残るかだったが、殴り合いが始まったため、うるさいのでやめさせた。普段から殴り合いで決定している、いわば議論のようなものだから私のいないところでやればいい。
しかし今の私は猫であり、聴力は大幅に強化されていて、普通に話している声もまるで飛行機の音量みたい。
耳をつんざく野暮ったい声に猛抗議し、子分の中で一番腕っぷしが強そうなシーダーが家に残り、オークとチョークが私の騎士に決定。
二足歩行がダメなら四足だが、背が高い二人の足元を歩けば潰されてしまう。
二人は思い出したように寝台の下に大きな体を押し込め、それぞれの寝台の下を探ると、チョークが極彩色のペーズリー柄のストールを出してきた。色自体は派手だが悪くないし、柄もそれだけなら上品だが、合わせたことで悪趣味の化学反応を起こしてしまっていた。極彩色は斑状で、よくよく目を凝らさないとペーズリー柄が見えない。だけど、じっと見てしまうと目がチカチカしてしまうほどの視覚の暴力。どこで買った。そしてどこに売っているんだ。
寝台の下から出てきたって事は、チョークと懇ろな女性が身に付けていた物じゃない。
まさかと思って鼻を近づけると、うわっ香水の残り香。私が危惧した匂いはしないから、まぁ我慢しようかな。
大判のストールを三角巾のように、チョークの右肩から左脇にかけて袈裟にかける。結び目は背中側に回し、私は赤ちゃんを体の前で抱っこするようにぶら下げられた。カンガルーの子供はこんな気分なのかな?ぶらぶらしてちょっと落ち着かないけど、踏み潰される心配がないのは安心だわ。
出る前に確認。
「ちなみに出来合い?材料?」
「「出来合い」」
何故に?にも二人揃って毛だらけになるのが分かっているから料理しなくていいそうだ。本当は食べたいけど、とも付け加えてくれたが解せぬ。ぬぅぅ。
幸い四人の家から歩いて十分の場所に、働く人がさっと食事をとれるよう片手で食べれる料理を出してくれる屋台があった。
小麦をへら状に延ばして焼いた、香辛料を効かせた食べ物と一緒に食べる料理と、味付けした肉と葉野菜を薄焼きの小麦で巻き込んだ料理、芋と白身魚を油で揚げたものを人数分買った。私が食べれるか、私自身も(異世界に来て食事摂っていないの!)分からないため、へら状の小麦焼きは一枚余分に貰った。
六人分の食事となると、パンパンの紙袋を二つ抱える事になり、オークとチョークが一袋ずつ持つことに。
ほかほかの湯気と、カレーのような香辛料と隠し味らしき果実の匂いが食欲を刺激する。早く食べたいなと涎が口の端から流れてくると、二人の前に三人の男が立ちはだかった。
一人は痩せぎすで、ろくに櫛を入れていないボサボサのくせ毛をそのまま流していて、蓬髪のお手本のよう。
もうひとりは猫背で、顔は下を向いているけど目は上目使い。卑屈な振りをして人を小馬鹿にする性分らしく、虫偏の方の笑いを浮かべていて、笑っているはずなのに生理的嫌悪感を覚える。まるでハイエナみたいな雰囲気。
最後の一人は小太りで、小さい頃から何でも与えられて、上の兄弟を見ているから無駄に口が達者でこまっしゃくれた子供がそのまま大人になったような男だ。恐らく三人とも二十代前半位だろうが、青年の爽やかさはとっくに失っていて、目の前にいるのは女衒で生計をたたているか、ヒモを恥じる事がないのではと勝手に思ってしまう。
ケツ持ちがいるのか、何も怖いものがないようだ。
不潔そうな長髪が
「猫が恋人かよ、おっさん変態だな」
鼻をならしながら顎をしゃくる。
チョークを見上げると、表情は変えずにめんどくさそうな気配を漂わせている。
きっと慣れっこなんだな。
オークをはというと、こういう世の中を舐めきった生意気な手合いにイライラしてしまう、ちょっぴり短気な気質のようだ。
待ってましたと悪たれ共が指をごきごき鳴らし、拳を手の平に打ち当てる。マッチポンプが成功しそうだ。
(どうしようか・・・)
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