鬼殺せず

第1話

　呼吸を止めて1秒。

「ああダメだ！」

　慌てて首から手を放す。

「何だ根性なしが」

　首を絞められていた自称吸血鬼は首をさすりながら起き上がる。

「根性なしと言われても人殺しはできない」

「いやいや人じゃなくて鬼だから。人殺しじゃなくて鬼殺しだから」

　『自殺は怖い。だから、殺してくれ』という願いをなぜだか引き受けてしまいはや数カ月。轢殺、刺殺、圧殺などなどいろいろ試そうとしてダメで今日は絞殺と相成ったのだが。

「鬼とはいえ見た目は人じゃないか」

　人を殺すことなんて出来るわけなく。今日も罵倒される。

「元は人だからな。仕方がない。人型の鬼と思ってここはひとつ殺ってくれないか」

「割り切れないよ。たぶん君を殺すことは絶対できない」

　どうしてか毎回実行しようとしてしまう。それでもこの結論に毎回至るのだ。さすがに何かがおかしいとは思う。

「初期催眠は上手くいくというのに、自我の強い奴よ」

「なんだって？」

「なんでもないわ！」

　その叫びに体中に力が入る。身動きが取れない。

「なにか方法を考えないとな」

　そう言うやぶつぶつと呟きながら彼女はどこかへ行こうとする。

「助けてくれ！」

　このまま放置される。そんな恐怖に声が出た。

「本当に自我の強い」

　彼女は振り返るとそう吐き捨ててどこかへ行ってしまう。

「あれ？」

　気づけば体が動く。

「自我の強い奴か」

　彼女の言葉を反芻しつつ立ち上がる。

「強く自分を持てば抗えるのか」

　次に命令されているときに試してみよう。ただ強く自分を持つにはどうしたらいいのか。さっぱり分からないのだった。