会社は猫に侵略された

新座遊

第1話(最終話) 猫は企んでいる。地球は狙われている。

まず、猫について、客観的に評価しようと思う。

確かに、その姿は人間の心を癒すものであり、太古から人間のペットとして身近に存在した動物であった。

ネズミを捕る能力を買われて、ペットの地位を保ったということも出来るが、たとえ無能であったとしても、その魅力が損なわれることはなかった。

ここは素直に認めよう。猫はかわいい。それが客観的事実である。


そのように思わせてしまうところは、他の動物と比べて、猫は人間の心に入り込むことが巧みだったと言えよう。

まるで侵略者のように。


「というわけで、猫の手を借りようと思う」

社長がパソコンの画面から顔を上げて、事務担当の私に言った。事務仕事が忙しいと愚痴を言ったのはついさっきのこと。

そのあと真面目に対策を考えてくれていたと思ったのに、あにはからんや、馬鹿なことを考えていたようだ。

「猫が来たら、キーボードの上に寝転んで業務の邪魔をするにきまってます」

「そうはいうけど、事務所で猫を飼うと、ウェルビーイング的に好ましい結果が出ているらしいぞ」

社長はなんか聞きかじった言葉を使ってもっともらしいことを言うのが得意だ。

規模は小さいが先進的な会社で、業界内でも風雲児と呼ばれているらしい社長のことだ。たぶん私を説得するくらいなんてことはないと思っているのだろう。

「ブラック企業の言うセリフじゃないですよ、社長」

「嫌なこと言うなあ。残業代もたまに出すだろ」

「労基的にアウトな発言ありがとうございます。で、猫の手ってどうするんです」

「ネットで検索してたら、クラウドソーシングってのを発見した」

「発見するほどのものでもないですけどね。そこで事務の仕事を外注するんですか」

「いや、猫の手を借りる」

「だから、その表現は、誰でもいいから手伝ってもらうっていうことの例え話的なものでしょう」

「いや、猫を派遣してくれる人がいた」

「もはやクラウドソーシングの定義から外れてるような」

「ダメかな」

「じゃあこうしましょう。事務仕事はきっちり外注する。その代わりに猫を派遣して貰ってもいいです。事務仕事を外注に取られて手が空いた私が猫のお相手をします」

「お、頭いいね。それで行こう」


猫が来た。

種類とか血統とかは判らないけど、毛並みは綺麗だし、目は飼い猫のようにのんびりした光を放っている。

派遣元からは愛されて育っていたに違いない。

場慣れしているのか、すぐに会社内の探索に出かけ、いくつか良さそうなポイントをゲットしたようで、時々刻々、気に入ったところで寝込んだりしている。

猫は寝る子なのだ。


私は、めんどくさい仕事をクラウドソーシングサービスですべて外注した関係で、社内で一番暇になった。

が、忙しそうな営業職の連中にバレないように、猫さまのお世話をする仕事を、さも重要作業のように綿密かつ大胆に行うことで存在意義を高らかに宣言する。まあ、このままだとクビになってもおかしくないからね。


社内で仕事をしている営業職のパソコンに近づき、キーボード操作をしている指の上に寝込む猫さまを確保して自分の膝の上に乗せたり、まあいろいろあるのだ。

営業のやつは猫さまを私に持っていかれるとき、すごく切なそうな顔をした。

「仕事の邪魔しちゃダメよ」猫さまに諭すように言いつつキーボードから持ち上げる。すると営業成績トップと自称する男が、呟くように言う。

「邪魔じゃないからいつでもおいで~」


会社で飼うにはいろいろ考えることがある。

夜間、人が居なくなったら寂しいだろうからと、社長が夜は連れて帰ることにした。


経営者というのは同業者やお得意さんとかと夜の会合をすることが多い。猫さまをその場に連れて行ったときは、さすがに呆れた。

が、効果てきめんいうべきか、お得意さんとの接待では評判になり、もはや猫さま抜きでの接待はありえない、という形になった。


「猫を営業部長にしようと思う」

ある日の朝礼で、社長は朗らかな表情で言った。まあ猫が駅長という鉄道もあるらしいから、そういうのも話題になっていいかもね。


しばらくして、社長は言った。

「猫を取締役兼営業本部長に任命する」


業界誌の取材などで忙しくなる。私は猫さま、つまり取締役兼営業本部長の専属秘書となっており、マスコミ対応の窓口となったのである。


ついに来る時が来た。社長が会長職になり、猫さまが、代表取締役社長に就任したのだ。


あれ、よく考えると、この猫さま、派遣会社からの派遣社員扱いじゃなかったっけ?

かくして、わが社は猫さまの派遣元に侵略されたのであった。








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