第21話(最終話)ハッピーエンドのその先は

 家族と、咲ちゃん、駿河くんのおみやげに生八つ橋を買ってから、駅に向かった。

 帰りの京阪電車の中は人が多くて座れなかったけど、君彦くんが片手でつり革を持ち、もう片方でわたしの肩を抱き、電車が揺れても体勢を崩さないようにしてくれた。さっき撮った写真を眺める。

「そんなに嬉しかったのか」

「バイトの休憩時間や、課題やってる時に写真見れるようになったのが嬉しいの。頑張ろうって思える」

「なるほどな。俺にも送ってくれ」

「もちろん! 咲ちゃんと駿河くんにも見せたいからグループページにも送っていいかな?」

「その二人になら、かまわん」

 メッセージアプリを開き、グループページに画像を貼る。すると、すぐに既読が二件ついて、メッセージが来た。

『仲良さげなお写真、こちらも見ていてとても幸せになりましたよ』

 と駿河くん。

『総一郎とちょうど真綾と神楽小路の話してたとこだぞ。初デート成功おめでと』

 と咲ちゃん。

「わたしたちのこと、いつも見守ってくれる友達がいて幸せだね」

「ああ。俺も嬉しい」

「友達でいてくれて嬉しいってこと、駿河くんや咲ちゃんにも少しずつでも伝えていこうね」

「恥ずかしいが……言えるようになりたい」


 終点の淀屋橋駅に到着した。改札を出て、

「じゃあ、わたしは地下鉄だから」

 と意を決して手を放そうとすると、君彦くんは握り返す。

「家まで送る」

「でも、お迎えの車が来てるんじゃ」

「いや、真綾の家の方に来てもらう予定だ」

 君彦くんがまっすぐわたしを見る。

「真綾を送り届けると、最初から決めていたから」

「ありがとう……! じゃあ、一緒に行こう」


 君彦くんとまだ一緒にいられるなんて嬉しいな。平日よりは少ない方なのかもしれないけど、それでも一つ前の梅田駅で乗ってきている人たちが多いのか、車内はすし詰め状態だ。

 君彦くんはわたしをしっかり抱き寄せて、離れないようにしてくれている。君彦くんの体温が伝わってくる。きっとこんなたくさんの人が乗る電車は初めてで怖いかもしれないのに。わたしも離れないように君彦くんの胸元にしっかりひっつく。

「君彦くんっていつもいい香りがするね」

「そうか? 香水は確かに少しつけているが」

「なんていう香水なの?」

「わからん。母からもらったものだ」

「そうなんだ、一緒のもの買おうと思ったんだけど」

「少し待て」

 そう言うと、君彦くんはコートの胸ポケットから何かを取り出すと、わたしに手渡す。

 黒いガラスの容器は少し鼻に近づけるだけでも、やさしく甘い香りがする。

「アトマイザーに入れている分をやろう」

「いいの?」

「なくなったら補充してやる」

「大切に使うね、ありがとう」


 三回乗り換えを経て、最寄り駅に着く。もう空はすっかり夜の顔をしている。街頭の光がやわらかく、道を照らしている。

「ここが真綾の住んでいる街か」

 見慣れた風景の中に君彦くんがいるのが不思議だ。

「そうだよ。生まれてずっとここに住んでる。各停の電車しか停まらない無人駅。コンビニが駅前になくて、そもそもコンビニ自体があまりないの。映画館もカフェもない。唯一の本屋さんもこないだ潰れちゃったけど、美容院と整骨院だけはたくさんある。まだまだ田んぼや舗装されてない道もある、そんなところ」

「ほぉ」

 静かで住みやすいんだろうけど、この歳になると、やっぱり娯楽施設が近くにあればなぁなんて思うようになっている。でも、大学が片道二時間かからず行けるから一人暮らしは出来なかったのが実は悔しく思っている。

「俺は真綾のように自分の住んでいる街を説明できないな。家の近くに書店や喫茶店にはたびたび出かけることはあるが」

「本屋さんと喫茶店あるの! いいなぁ」

「どちらも徒歩圏内だ。今度連れてってやる」

「楽しみにしてるね」


 わたしの家は駅から徒歩十分ほど。駅を過ぎれば、マンションが立ち並び、さらに奥へ進むと一戸建ての住宅が立ち並ぶ。

「この時間歩いてたら、周りの家からおいしそうなご飯の匂いがするんだよ」

「確かに」

「歩きながら、人それぞれの生活があるんだなぁって思う」

「車だとわからんことだ。勉強になる」

 家の前に着いてしまった。あっという間だった。もう少し駅から家が遠ければよかったのになんて、初めて思った。門を開いて中に入る。家の電気が点いている。お父さんもお母さんもこの時間はまだお仕事だから、悠ちゃんがもう帰ってるんだろう。少し遠くに君彦くん家の車が停まっているのが見えた。

「ありがとう、君彦くん」

「これくらいどうってことない」

「じゃあ、また月曜日に大学でね」

「うむ」

 手を離せない。ぎゅっと握ってしまう。これでは君彦くんも帰れないのに。

「またデート行こうね」

「近いうちに必ず。どこへ行くかまた話し合おう」

「君彦くんのお家にも遊びにも」

「いつでも来ればいい。みな歓迎する」

 会話して引き延ばしても帰る時間なのに。寂しい。そう言いたいけど、そんなこと言ったら……、

「寂しいな」

 君彦くんがぽつりと呟く。わたしが言おうとした言葉を言われて、はっと、顔を上げる。

「手を離したくない」

「わたしもだよ」

「このまま家に連れて帰りたい」 

「もし、ここでわたしがじゃあ連れて帰ってって言ったら?」

 君彦くんは少し黙ったあと、

「……わかっている。そのワガママが通じないことなど」

「わたしたち、咲ちゃんと駿河くんが羨ましいんだよね。いつでも会える距離が。平日は大学で会えるってわかってるのに」

「すまない」

「ううん。わたしも、連れて帰ってって答えたい。それくらい君彦くんと一緒にいる時間が楽しくて、短く感じちゃう。もっとお話ししてたい。もどかしいや」

「そうだな。気持ちは同じなのに。――真綾」

 手をもう一度握り返し、真剣なまなざしでわたしを見る。

「俺は真綾に与えられるだけじゃなくて、俺も真綾になにかしてやりたい。大学卒業までに出来ないことを減らして、出来ることを増やす。それが俺の目標の一つになった。だから、そばで見ていてくれないか」

「うん! 見てる。ずっと、一番近くで」

「ありがとう」

 瞬間目が合う。どちらからともなく瞼を閉じて、唇を重ねた。たった数秒なのに、身体の奥底から幸せだと感じる。初めてのキスの相手が君彦くんでよかった。

「やっとキスが出来た」

「えへへ、そうだね」

「今日のことを俺は一生忘れない」

「大好きな人と初めてデートしてキスしたんだもん。忘れないよ」

「真綾」

「ん?」

「愛しているぞ」

 そう言うと、額に軽くキスをしてくれた。手が離れて、門に手をかけた時、

「君彦くん」

 振り向いた君彦くんに言う。

「わたしも愛してるよ」

 君彦くんは少し驚いたあと、微笑んだ。そのまま車に乗って帰って行く。遠ざかる車を見送り、わたしは心の温かさを抱きしめるように笑った。

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【完結】ハッピーエンドを超えてゆけ ホズミロザスケ @hozumi63sk

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