DANCE(ダンス)!

山広 悠

第1話

葵(あおい)ちゃんはいつも左手に厚手の手袋をしている。

手袋というか、まるで鍋つかみ。

なんでも小さい頃に大やけどをしてしまい、痕が残っているので隠しているとの噂。


かわいそう……。


最初その話を聞いた時、神山(かみやま)芽衣(めい)は、同じ女子高生として激しく同情した。


でも本人はいたって平気そうで、誰とでも普通に接している。

障害があっても非常に明るい葵に惹かれた芽衣は、時をおかずに葵と親友となった。




文化祭の季節となった。


体育館で好きな出し物をして、人気投票をする企画があると聞きかじってきた芽衣は、せっかくの機会なので思い出作りをしようと、ダンスで参加することにした。


でも、チーム参加だとめんどくさい。

芽衣は中学までヒップホップをかじっていたのだが、人間関係に疲れて辞めてしまっていたのだ。


葵に何か習い事をやっていたか聞いてみると、「社交ダンスを少し」と言う。

社交ダンスとは驚きだが、全くの素人よりはリズム感はあるだろう。

それにどうせ組むなら葵とがいい。


芽衣は葵に一緒に出てみない? と誘ってみた。

最初渋っていた葵だったが、芽衣の情熱に根負けする形で参加を了承した。


それから猛練習が始まった。


やはり思った通り、葵は基本動作を覚えると、メキメキ上達していった。

これなら優勝できるかも。

芽衣は俄然気合が入ってきた。




いよいよ文化祭の前日となった。


今日は本番を想定して、衣装を着ての特別練習。

誰にも見られないように、屋上で行うことにした。

芽衣は本番と全く同じ状態にしたくて、装飾品も着けてきた。


「ねえ、このピアスヤバいでしょ」

「うん。かわいいね」

「これ、おばあちゃんの形見なんだ」

白い貝殻のピアス。

レトロな感じが一周回って超カッコいい。


芽衣と葵は練習を始めた。

まるで以前から組んでいたユニットかのように、息もピッタリと合っている。


元気な芽衣のダンスと、優雅な葵の踊りが独特の間を作り出し、それがなんともいえない良い味となっている。


完璧だ。


ダンスが終わり、芽衣と葵は息を弾ませハイタッチをした。


その時、激しいダンスで外れかけていた芽衣のピアスが、手に当たって弾け飛んでいってしまった。


あっ!


芽衣より先にピアスが飛んだことに気がついた葵は、反射的にピアスを追いかけた。


芽衣ちゃんのとっても大事なピアス!


あと少しで届きそう。

葵は手袋を外して手を伸ばした。


やった! ピアスを掴んだ!


しかし、葵が走り込んだ先は屋上の端だった。

手すりの一部が壊れてすっぽりと無くなってしまっていて、偶然、外側へ出られてしまったのだ。


勢い余って転落しそうになる葵。

なんとか右手で手すりの支柱を握りしめたが、体は空中に浮いている。

芽衣も葵の異変に気付いて走り寄る。


「葵ちゃん! 左手をこっちに伸ばして!」

支柱を握っている葵の右手首を掴みながら芽衣が叫ぶ。

しかし、なぜか葵は頭を振った。

「何してんのよ! 早く!」

芽衣の催促にも左手を伸ばそうとはしない。

「葵ちゃん。どうして?」

「ありがとう芽衣ちゃん。でも、左手は無理なの」

「なに訳の分からないことを言ってんのよ。いいから早くして!」

「だって、私の左手は……」

そう言って葵が見せた左手は。


なんと。

猫の手の形をしていた。


「何億人に一人の奇病でね。直接この手に触れた人も同じようになっちゃうかもしれないの」

それであんな厚手の手袋を……。

でも、そんなこと言ってられない。


「望むところよ!」


芽衣はそう叫ぶと、葵の左手を右手でがっちり握りしめた。




あれから二年後。


一人が右手、もう一人が左手に大きな猫の手の形の手袋をはめた、ダンスの得意な二人組のアイドルユニットが、巷で大ブームとなっていた。


                                  【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DANCE(ダンス)! 山広 悠 @hashiruhito96

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ