Persona
キューさんの胸元に右頬を当てて、あの人の目の前で見せつけるように、キューさんに抱きついてみる。貴方の不調和な誘いをあからさまに怖がったんだ。貴方を恥じた。なのに
「おや、怖がらせてしまった。悪ふざけがすぎたね」
なんて悪びれもせずに朗らかに笑って、じゃあ、と仕事部屋へと籠った。彼によると、サタさんと話したいのなら、三日は待たないといけないらしい。仕事のストレスでとち狂ってたって、キューさんと笑い話をしながら。僕はそれを聞きたくなくて、もっとぎゅっとして、顔をうずめた。
「ボスっていっつもああなんですか?」
あの人がいなくなってから、あの人の愚痴を言うように、そう聞いてみた。
「うーん、まあ、あの人の冗談はたまーに冗談に聞こえないから、怖いね」
と苦笑された。
「あれ、全部、ジョーダン?」
カタコトの日本語で、頭の回転率が下がっていく。過去に振り返り、僕の頬杖を指摘したのも、僕の口の中に手を入れたのも、全部、あの人にとっては冗談だと思うと、頬が熱くなってきた。
「だって、あのサタさんが死ぬわけないじゃん。ただ疲れてるからかまってやるな、ってことでしょ?」
「あー」
「それにぃ、家族の誰かが傷付いたり死んだりしたら、最も気ぃ遣うのがボスだもん」
「そうなんですね」
ルゼさんから聞いたボスの人物像は僕の知っているあの人の姿とは少し違っていて、でもキューさんのは違和感なくすんなりと僕の中に入ってきた。
「リアぁ、めっかわだよぉ♡」
キューさんの部屋の絢爛なドレッサーに座わらせてもらって、鏡で自分の顔を確かめる。その後ろで、椅子の背もたれの角を掴みながら、得意げに愉快げに、キューさんは僕のことを可愛がる。そう煽てられると、僕もこれが正解なんじゃないかって、自分に僅かながらに愛着が湧いてきた。不気味で奇妙なメイクを施し、傷を隠した。ピエロのようでいて、ただの狂人のようで、口元は幅広く裂けたように、目元は黒い涙をこぼしたように、鼻先や頬は泣きじゃくったようにほんのり赤く染まった。その他にも、キラキラしたものをのせられたり、粉を叩かれたり、色々としたのだが、僕が僕じゃないみたいな僕から、僕みたいな僕への変化ができた気がする。メイクというのは一つの表現なのだと思った。僕の醜さを逆手にとって、全面的に押し出して、最初から期待されなければ、傷付くことさえ何もない。
「キューさんは凄いですね、僕の好みをよくわかってます」
「そうなのぉ?俺ら、案外気が合うかもね」
そうやって肩を持たれる。顔を近付けられると、その美しさにビビった。僕との対比が凄まじかった。
「これだったら、もう騙さなくていい」
心から安堵して漏れだした独り言。だって、誰も寄せ付けないようにするんだもん。僕は、滑稽だと笑われて泣いていればいい。誰も興味を持たない、こんな醜く狂った僕には。
「いやぁ、メイクは騙すための技術でしょ」
七難を隠す美白に隠された僕の右頬の傷跡。その付近をぷにっと軽く、その細長くて爪まで綺麗な指で押されて、これは隠してんじゃん、と弄るように指摘された。
「じゃあ、これで傷に気付かれないで、誰も傷付けないで、気疲れせずにいられそうです」
「誰も、じゃなくて、ボスを、やない?」
化粧下地を塗るキューさんのいたずらっ子のような魅力的な笑み。カラコンの背後に秘められた鋭い眼光が僕の心の闇を照らした。
「えー?」
「俺らにはしゃあしゃあと見せとったんに、ボスにはしゃにむに見せなかったやん」
「ははは、そうですかね?」
という引き攣った笑い声は、ただピアノの鍵盤一つを押すような機械じみた平坦なものだった。
「リア、ボスとなんかあったん?」
「まあ、なんにもない、って言ったら嘘になりますけど……。そうですね、なんかあって、傷が付きました」
勢い任せに腹を割って、ほぼ切腹と同義なのに死に損なってる、首切って。
「そやなぁ、うちも色々とあってんけどなぁ、お互いの妥協点で折り合い付けるちゅーのが、いっちゃんお互いにとって、良かったわぁ」
アイシャドウが美麗なグラデーションになっていく。色の濃さを強調していくみたいに。
「それは、ご最もというか、そうなんですけど、何でしょうね。あの人に妥協させてしまうほど、僕が情けないみたいで」
「完璧な人間なんていーひんよ、完璧な悪魔はいてはるけんどぉ。うちなんかぁ、ルゼがおるから生きてけてるとこも、まぁ、あるんやで?」
キューさんからルゼさんの惚気みたいなものを聞いてしまって、いつもいがみ合っているあの二人の印象が時計の針が時刻を刻むようにゆっくりと覆っていく。
「そうなんですか」
「そ、やからぁ、何も合わへんくてもええと思うよぉ?好きにしたらええやん」
キューさんの言葉で頭の中の回路が繋がったように、やるべきことがどんどんと見つかっていく。自分のアイデンティティって何なんだろうか。
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