Hate Date.
ここの時計達は狂っていて、使えない。ここには太陽も月もなくて、植物も動物もない。存在しているのは、悪魔だけで、朝も夜もその悪魔の気分次第だ。そして今は、とりわけ長い長い夜が続いている。人間の体感的には三日ほどになる。
「ならば、私のおすすめの公園へと、一緒に行ってみないかい?」
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか、僕はさっぱりわからないと嘆いた、あの時。それに対する貴方の答えがこれだった。正直、ちょっと失望した。
「わかりました、ちょっと待っててください」
そう愛想なく返して、部屋に籠ってから、体感三日経過した。その間、ボスは全く干渉してこなかった。
僕は恐れていた、彼のお眼鏡に適う人間ではなかったからだ。気持ちだけが異常に高ぶって、べべれけになりながらのキス。傷、となって、今では僕の心を蝕む。僕はただ、彼の理想になりたかった。理想を演じてみせたかった。そんな僕の理想は容易く崩れ去り、屑だけが残る。
ドアを開けると、ノートパソコンを膝に置いた貴方が、このドアを背にして座り込んで、仕事をしていた、ということがわかった。だから、ドアを開けると、貴方が起き上がり小法師のように揺れた。
「とっても待ち遠しかったよ」
僕を貶すわけでも責めるわけでもなく、無垢な喜びの感情を表現する貴方に、僕はまた、心救われた。卑しい僕を癒してくれる嫌になるくらいの純粋さ。僕の顔を見るなり、パッと花が咲いたように明るくなるその表情。
やっぱ、好き。
脳内まで付き纏う貴方を突き放すために付き合うつまらない退屈しのぎのつもりが、貴方にあてられて、天変地異のように一変してしまった。
「悪魔の貴方にとっては、三日間なんて一瞬だったでしょうね」
「私にとっては、一年の憂苦を凝縮したような時間だったよ」
仕事へと気を散らそうとしても、注意散漫になってしまって、三日分もできなかった、と楽しげに笑っては、ずっと僕のことを想っていた旨趣を、それとなく伝えられた。
「二律背反の拮抗状態で、僕は動けそうにないですね」
ブランコに揺られて、行ったり来たりしている僕には、重力に引き寄せられるような、揺るぎない真理が欲しい。
「お腹空いているだろう?」と渡されたラップに包まれた海苔付きおにぎりの具材は鮭だった。
あれほど、死を感じられる食べ物が口に入れられなかったのにも関わらず、この鮭おにぎりは、おにぎりの延長線上で鮭を食べられた。
なのに、天使になってしまえば、僕は生きやすくなるだろうとさえ思ってしまっていた。僕の持つ良心に従って、人間を殺すことなく、生きることは。けれども、僕の心はとっくに貴方に奪われていた。
「みんな、君が思うよりも矛盾だらけでだらけて生きていると思うよ」
貴方は僕の悩みなど全てお見通しで、解決策まで用意してある周到ぶりを発揮した。僕の隣りのブランコに腰掛ける貴方は、地に足が付いていて、浮世離れした絵空事を言っているんじゃないとはわかった。
「みんながそうだから、じゃなくて、僕にはその矛盾が何とも気持ち悪く感じられるんです」
「君は殺したくなかったのに、私のために、テルを殺したのかい?」
意地悪く問いかける貴方に
「.........いいえ、僕のためでもありますよ。テルさんの希望に沿う返事ができそうになかったので、怖くなりました」
と、また矛盾を生む返答をした。
「そうだよね、君は。利他主義を裏切らなさそうだもん」
そう口を横に広げて笑う貴方に、ブランコとの相乗効果なのか、何処かあどけなさを感じた。利他主義を裏切らない、他人に尽くす人間だから、それができないとなると、その他人をも消してしまう。何とも結果主義な利他主義だろうか。
「そうですか?僕はかなりのエゴイストだと思いますけど」
「じゃあ、利他主義のエゴイストだね」
「ふふっ、もうわけわかんないですよ」
僕の全てを飲み込む大きな力に流されたい。僕の心をも丸ごと全て飲み込んで、チェスの駒のように盤上で遊んでいたい。だから、僕はもっと貴方に心酔したい。このシーソーゲームを終わらせたい。
「君がエゴイストならば、君が望む道へと我がもの顔で歩むがいい。私は君の考えを尊重するよ」
「僕が天使になってもですか?」
「無論、構わない」
ああ、ウザったい。全然そんな表情してないのに、僕はそう酔ってたいのに、重く開いた口で、なんて軽いことを言うんだろうか。
「それじゃあ、世間的に尊重できないような僕の考えを言いますね。僕は、他人の幸せっていうのが嫌いなんですよ。笑顔とか笑い声とか大嫌いです」
どうですか?これでも僕の考えを尊重しますか?と聞きたげに貴方の顔を覗き込む。貴方は背中を丸めて、口元を両手で考え込むように手を合わせるように覆っていて、両肘を太ももに置いている。その後、膝を伸ばして、重心をかかとに、つま先を浮かせて、身体を後ろに、両手を鎖へと移して、口角の上がった横顔を見せる。参ったな、という苦笑に似た微笑み。そのまま、ブランコに揺られて、ある程度揺れが収まってくると、革靴の底をすり減らして、止める。
「.........何故、私を幸せにしようとするの?」
その靴のつま先を見つめて、深刻そうに素朴な疑問を聞いてきた。
「僕の幸せが偶然にも貴方の幸せだったんでしょうね」
逆。
「嘘だよ」
「嘘じゃないです」
だから、嫌ってください。こんな醜い僕のことは。
「私のせいで君が苦しんでるのはわかっている」
「僕、気づいちゃったんです。僕の幸せは、自傷行為だって」
何故だろう。微笑んでいるのに、涙が落ちてくる。
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