幸せの感受性
「何なん、えらい空気悪いわぁ」
沈黙に耐えかねて、そう呟いてからドーナツにかぶりつくアムさん。そしたら、ルゼさんが
「お前のせいだろ」
と鼻で笑いながらも、キツめに当たった。その一部始終を見て、僕はハラハラドキドキが止まらない。
「リア。俺はお前の意見を聞きたかっただけだから、その、謝られても困る」
テーブルに両肘を付いてスマホをいじっていたサタさんは、不機嫌そうにそう言うと、開かれたままのスマホを僕の近くへと乱雑に置いた。驚いて、僕が彼の顔を伺うと、彼は僕とは反対側へ、そっぽ向いた。気になるので、彼のスマホを覗いてみると、僕とのチャット画面が開かれている。
「リアは悪魔を何だと思ってるの?」
というサタさんの問いかけに
「……ごめんなさい」
と僕が謝って返している。一見、筋が通っているようにも感じるが、問いに答えていないというところでは間違っていた。彼は悪魔が優しくないということを、強調するためにこれを言ったんじゃなくて、僕の悪魔に対する先入観を聞きたかったんだと、今になってわかった。
「そうですね。僕は人間でしたから、悪魔を犯罪の首謀者だとは思っちゃいますかね」
自分のスマホを取り出して、ここでは声に出して言いにくかったので、チャットで返した。すぐ側のスマホが鳴る。サタさんがその音に反応して、置かれたスマホを手に取ると、口角が少しだけ上がった。その後、僕のスマホが振動する。
「良かった、解釈同じ」
その一文が、どことなく優しく感じられて安心した。サタさんの方を見ると、彼も僕の方を見ていて、ばったりと目が合う。彼は、そう言うことだ、とでも言うように、満足気にその言葉を噛み締めるみたいに、小さく頷いた。その様子が、一連の流れが、可愛らしい、なんて僕は思ってしまった。
「サタさんって、悪い人(?)なんですか?」
「リア、何言うてんねん。サタさんほど悪い奴はこの世界に……ボス以外には、いてないよ」
調子良く話していた声が途切れ、急に幼い子に教えるような弱々しい声になった。そんなアムさんの揚げ足を取り、サタさんが嬉々としている。心配など甚だしていないのにも関わらず、こう言うのだから。
「アム、失言が多いようだが大丈夫か?」
「脳みそまだ治りかけやねん。誰かさんのおかげでなぁ、いひっ」
「壊れてるお前は通常の倍以上に腹立つから、はよ治せ」
「ほんま、誰のおかげやろかぁ?」
面倒くさそうにストレートに罵倒の言葉をぶつけるサタさんに、表面上はニコニコしながら一歩も引かずに煽り返すアムさん。目の前にいるキューさんとルゼさんも何故かいつの間にかに、いがみ合っている。お互いに言葉で殴り合うのは、ここの習慣みたいなものなのか、誰かと誰かが会話を始めたと思えば、口喧嘩が起きている。それの巻き込まれ事故を避けるように、僕はそっと自室に戻っていった。
まだ始まって間もない一日だけれど、残留した疲れを癒すようにベッドにダイブした。この瞬間が最高に幸せ。
「ほおーん、これが例の新人か。結構、可愛いじゃん?」
誰かの声が聞こえる。鍵かけたはずなのに、ボスか?
寝ぼけ眼を擦りながら、上体を起こして、それなりに身なりを整えようと、手櫛で髪の毛を梳かす。
「何の用ですか?ボス」
「んー、ちょっと君とお話しでもしたくてね」
そう言うと彼は、僕の机に付随している椅子を持ってきて、僕のいるベッドの横にそれを置いた。僕に拒否権すらも与えてくれないそうだ。座り込んで、脚を組んで、もう話をする気満々なもんで。
「あぁ」
「寝ているところ、起こしちゃってごめんね」
「いえ、お気になさらず」
僕に拒否権を与えてくれないくせに、自分だけは体裁よくしようとするところ、狡い。善にも悪にも煮え切らない、その態度が、大嫌い。やるならやるで、こんな小賢しい真似しないで、悪魔を完璧に演じて欲しい。そしたら、僕は貴方のことを完璧に嫌うか、好きになれるからさ。
「それで、お話しというのも、"適材適所"って言葉、君知ってる?」
「ええ、知ってますけど」
人の能力・特性などを正しく評価して、ふさわしい地位・仕事につけること。フレンドリーに軽々しく問いかけてきた彼はいつもよりも、大人びた魅力が欠けているような気がした。
「私は仕事において、それが大切だと思うんだよ」
「あー、僕もそう思います」
「でしょ?でね、君はこの仕事に向いてないと思うの」
「え?」
「向いてないよ」
そう面と向かってはっきりと言われて、何かジワジワと炙り出てくる恐怖を感じた。僕って、いらない子???
「え、ちょっと待ってください。あなたが僕を採用したんですよね?」
「うん、だから採用するって。君は私の会社で働くべきだ」
「ん?」
「だって、君には良心がある。人は殺せないだろう。あぁ、そんなこと君にできるはずがない」
「待って、クビってことですか?」
「そうじゃないよ、私の会社で働いて欲しいんだ。天使のような君が私には必要なんだよ、リア」
そう僕の頬を撫でる貴方の手は、何処かいつもとは違っているような気がして、貴方のはずなのに何故か僕は恐怖しか感じない。
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