入社試験

「ふふっ、これからよろしくね」


何故かずっと手を握られたまま、ぶんぶんと振り回されて、たぶんでなくとも、遊ばれているのがわかった。


「はい、よろしくお願いします……」


若干、引き気味にそう答えた。

結局、仕事内容もこの人が誰かもわからないまま決めてしまった。だが、この人には人を惹きつける能力でもあるみたいだ。この人と働けるなら幸せな気さえする。まぁ、こんな僕を雇ってくれるという時点で美味しい話だったが。


「あっ、一つ質問なんだけど、もしも何か一つ願いが叶うなら何がしたい?」


訊ねる明るい声とは対称に、僕の暗い心では直ぐにその答えが出たが、口に出すのを拒んだ。きっと、その明るささえも奪ってしまうと思ったからだ。


「なんでもいいよ、言ってごらん」


寄り添うような暖かい声。心にまで染み渡るように広がる。


「……安らかに死にたいです。今すぐにでも」


怯えるように僕がそう言っても、彼は穏やかに微笑んでいる。それを見て、心が少し軽くなる。僕の杞憂だったと。


「叶えてあげよっか?」


「え?」


目の前が黒く染まっていった。

また目を覚ますと目の前には白に黒い斑点の天井が広がっていた。


「どこだ……ここ……?」


誰かの泣き声が聞こえる。

医者が僕の顔を覗き込んだ。ライトが眩しい。


「心音、呼吸音の停止、瞳孔の拡大、対光反射の消失を確認しました。これをもちまして、死亡確認とさせていただきます。死亡時刻は14時37分です」


あっ、死んだんだ、僕。えっ、死んだの!?


「やあ、また会ったね。迎えに来たよ」


どこからともなくあの男性が現れて、僕の手を掴み、起き上がらせてくれた。あれ、幽体離脱ってやつか?実体の僕がまだ横たわったままだ。


「あ、あなた、本当になんなんですか?」


ずっと変な夢を見ている気分だ。訳わかんなくて、八つ当たりで怒鳴ってしまった。不安と恐怖と、緊張で頭が狂っているみたいだ。


「私は悪魔だよ、君の魂を貰いに来た」


「悪魔……?」


彼が悪魔……?


「なんかご両親に言っておきたいことない?」


と肩を持たれて、目が合わない両親と向かい合わせにされた。まだ何も状況を飲み込めてないんだけど。


「え、あっ、んー、今までありがとうございました」


とりあえず、泣いてる両親にお礼の言葉をかけた。改めて言葉にして声に出すと恥ずかしくて、はにかんでしまった。


「何か今、あの子から、ありがとうって言われた気がする」


母親に伝わったのか……?


「よし、いい子だね。さあ、行くよ」


と頭を撫でられた、その流れで、手をぎゅっと掴まれ、一瞬でさっきまでいた部屋に戻ってきた。はあ?


「どう?死んだ気分は?」


口をぽかんと開けている僕に、不敵に微笑んでくる。好奇心のこもった目である。


「なんか思っていたよりあっさりしてて、んー、何が何だかわかんないですね……」


「ふふっ、そうか」


と言われても、僕は何も分からない。


「それで、あなたは本当に悪魔……なんですか?」


悪魔の心理的瑕疵みたいな乖離が生じて、一歩だけ身を引いた。


「そうだよぉ、それよりも君、可愛くなったね!」


そう遠ざかった一歩を、二歩も三歩も縮めて、僕の髪の毛を撫でる。あれ、僕の髪の毛、こんなに長くない。そして、こんな色白じゃない。一体、誰なんだ、と考えていると、顎を持たれて、先程よりも幾分も背が高くなった彼と目が合う。

いきなり唇に軽くキスされた。


「……っ!?ちょっ、何やってんですか?」


悪魔だとかいう男を強く押す。何一つ、本当に、何一つとして、分からない。恐怖で泣き出してしまいそうだ。


「あーごめんごめん!つい、可愛いかったから。…ほら、可愛いでしょ?」


肩を持たれて、鏡の前に移動させられると、そこには金髪で青い目をした男の子が写っていた。


「これが……僕?」


手で触って確かめる。確かに僕だ。なんだか、整形とかメイクとかした後に言うような台詞を言ってしまったが、これはその比じゃない。


「気に入ってくれるかい?私の趣味なのだけれど」


「あぁ、もう……すごく気に入りましたよ!」


憧れの金髪碧目の可愛いショタだ。この洋館によく似合う。でも服装は大正ロマンな学生服なんですね。という言葉は心の中に秘めておこう。このアンバランス感が彼の好みなのかもしれない。


「ふふん、やっぱり君なら気に入ってくれると思っていたよ」


と後ろから抱きしめられた。スキンシップが初対面から過度で、心の準備すらしてないところでやられるから、緊張で心臓が痛い。


「なーに、油を売っているんですか?」


ため息混じりな声が聞こえた。振り返って見るとドアのところにあの召使い的な人が寄りかかって立っている。


「あっ、サタァ!君が来るのを待ってたんだよ!」


彼は僕をパッと離して、あの人のもとへ、ニコニコな笑顔で近づいていく。


「え、なんでですか?」


「君が案内してあげて、あの子。リアって名前だからよろしくねー」


その執事のような人の肩を肘置きにして、僕の方を二人で見られる。耳打ちするような近い距離で話しているかと思ったら、あの人の肩を押して、手を振りながら、リアって名前だから​──と僕にも聞こえるような声で、言う。

じゃあね、と軽々しく無責任にも何処かへ去っていった。


「はぁ、あなたって人は。後でなんか奢ってくださいよー!!!」


とその方角に大声であの人が叫ぶと


「はいはーい」


と何も気にしていないような声が聞こえてきた。


「ったく、リア、ついてきな」


「あっ、はい!」


無愛想なあの人に急ぎ足で駆け寄る。

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