にゃーにゃにゃにゃー。

Planet_Rana

★にゃーにゃにゃにゃー。


 それは、人の抗争や闘争を含む全ての競争が禁忌とされた末来の話。


 世の最先端を走る技術者たちは雑多にアイデアを抽出するブレインストーミング派とグループでアイデアを練り上げるシックスハット派とにエリア分けされたポッドに日々新情報アイデアを投入しては人工知能を進化させ、それらが生み出した設計図を元に開発と実験を繰り返している。


 人は切磋琢磨したからこそ登り詰めた――などという古代の空論は瞬く間に忘れ去られ、かつては行き止まりかと思われた人類はどういうわけか現在に至るまで純粋な向上心から発展を続け、しかし書類仕事は増える一方だった。


 世の仕事は今や七割を人工知能が捌いているが、網膜認証など生体を鍵にしうるものに関しては人の手が必須であり、その作業には命の危険すらある。競争や闘争や抗争が禁止されていようと暗殺は存在しているので、水面下で競争することになった社会はいっそう闇を内包した形ばかりの安寧を保っているのだった。


 誰だって生物として産まれた以上、本能には逆らえない。人間は人間と仲良くしようといいながらも他者より優れた自己であろうとし、また優れているものを恭しく扱うものだ。身目麗しいものがモテ、心根優しいものがモテ、裕福なものがモテる。


 表面上は競争を禁じているだけあり人々は表立って誰かと競おうとはしなくなったものの、だからこそ持ちえる「個性」が全ての選択の指標とされるようになった。


 成人年齢に達するまでに積み上げた資産マネー努力値エフォート、といった成績スコアと先述のような好ましい特徴を兼ね備えたものたちがブレインストーミング派やシックスハット派といった日々をアイデア抽出にて過ごす雲上人となり、それ以外の数多くの人間は日銭を稼ぐのに命の危険すらある機密関連の書類作業を任される。


 世の中というのはどうにも救えないもので、そしてシステムというのはたいていの場合穴があって、つまるところ磨けば光るレアメタルな人材であっても落とされるときは落とされるので――私は現在こうして、書類仕事に追われているということである。


 最初の一年は楽勝だった。


 命を狙って来る他社の暗殺者をハエ叩きで撃退し、物干しざおで撃退し、ハンガーで撃退し、何か使わないけど部屋に備え付けられていた灰皿で撃退し、連れていた人工知能ようじんの腕を振り回させて撃退した。


 そうしたら今度は生産中止になった筈の古代武器「釘バット」とやらを持って突撃してきた輩が居たので床に知育玩具ミニブロックをぶちまけて撃退し、古代武器「お玉」を振りかぶった相手の足元にローションスライムをぶちまけて撃退し、古代武器「ただの石」を投げつけてきたスナイパーを人工知能ようじんの合金ボディで跳弾させて撃退した。


 ある日は数人がかりで襲い掛かって来るし、ある日は建物ごと乗っ取られそうになるし、もうこうなってしまったら「競わずの誓い」などあってないようなものだなと思う毎日が続いた。だからこう、幾ら自分に才能があったとしても。行動を起こす余裕や時間が確保できなかったのだ。


 忙しい。忙しい。身を守るのに忙しい。雲上人が羨ましくて仕方がない。


 こちらは日々の生活を脅かされながらびくびくと書類仕事に追われているというのに、なにゆえあちらはああで、こちらはこうなのだろう?


 どうして、こうなったのだろう。


 人は欲深い。ならば欲のなさそうな……いいや。例え限りなく欲深く罪は濯げずとも、争いの結果大地を割るようなことにならなければ……この世界でも、人間という「群」が生き残ることが許されるのではないだろうか。


 思い立ったが吉日だ。そう、実は私は天才なのだ。


 こうなったら猫の手を借りよう。具体的には猫になろう。なってしまおう。


 !!


 飼い猫の喉をあやしつつ抜けた毛を貰って、私は書類仕事に追われつつ過労死寸前まで頑張って、ついに研究を成し遂げた!!


 猫化薬の完成だ。既に雲上人の吸い込むガスボンベの大本にも投げ入れてきたし、この周辺の住民には既に飲みこんでもらった後である。あとは自分でこの錠剤をごくりと呑んでしまえば!! というところで最後の日記を書き連ねているところだった。


 さて、一時間ほどしたら私は猫になるだろう。既に体毛はモサモサと伸びはじめ身長がじわりと縮んできたような気がしている。


 耳が頭の上に生えて脳の萎縮が始まる。サイズは大体人が抱えられる程度になるはずだ、体中がばきばきと音を立てている。まあまあ痛いが日々の偏頭痛や腰痛に比べたらどうってことはな、いや、痛いものは痛いか。痛いぞ。痛くなってきた。ばきばきいってるな。大丈夫か私の作った薬は。


 しかし、猫というのは可愛くていいよな。世界が猫で溢れたら猫だけの世界ができたら案外数万年くらいは平和な時代が続くのかもしれないなその後は知らないがもう二度と人としてそれをモフモフと堪能できないかも知れないことが悲しいな悲しい、悲しいなぁ。


 ああ、どうせなら空を飛べる鳥とかが良かっただろうか。憧れた空がもっと目から離れて遠ざかる。次があるなら鳥にでもなろうかなぁ。


 雲に届かない手が、入力を続ける脳が軋むにゃ、あ、虫だ。虫はとらなきゃ、動くの大好き、まって、まって、行かないで、おいて行かないで、にゃーはまだきょうのひなたぼっこしてないにゃー。にゃにゃにゃー。


 にゃにゃにゃにゃにゃにゃー、にゃにゃにゃにゃー、にゃー、にゃにゃにゃにゃー。


 にゃにゃにゃー、にゃにゃにゃにゃにゃにゃー、にゃー、ぐるぐるぐるぐる。


 ぐるぎゅにゃー!! にゃーにゃにゃにゃにゃ!! にゃふしゃー!! しゃ!!


 にゃー!! にゃー!!

 ぎぇ!! にゃぎゃ!! にゃー!?


 にゃー!? にゃー!? にゃー!?


 にゃ……ごろごろ。ごろごろにゃー。

 にゃー? にゃにゃにゃにゃー。にゃー。


 にゃにゃにゃにゃにゃー。

 にゃーにゃにゃにゃにゃにゃー。にゃー……。


 にゃにゃにゃ。にゃーにゃーにゃー。にゃにゃにゃ。


 にゃはっ。





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