四話 プロポーズ

 その日、私は父ちゃんの用事で馬で遠出して、帰って来た時には日が暮れかけていた。侯爵邸の城壁にくっ付いて建てられている父ちゃんの家。その庭に入って行くと木に一頭の黒馬が結わえられていた。桶に水を貰って飲んでいる。少し汚れていて疲れてもいるようだった。お客さんかな?私は自分の馬を厩に入れるついでに干し草を抱えてその馬に持って行ってあげた。


 身体に付いた干し草を叩き落として家の中に入ると、母ちゃんが若干緊張した顔で私に声を掛けて来た。


「ラル。あんたにお客様よ」


 私に?私は首を捻りながらランプに照らされた居間に入った。そこにはテーブルを挟んで父ちゃんともう一人、若い男が座っていた。彼は私を見ると椅子をガタガタ言わせながら立ち上がった。


「ラル!」


 ・・・誰?私の感想はそれしか無かった。


 私より頭一つ分は大きな若者で、つまりかなりの長身だ。引き締まった体格は、優れた戦士を思わせ、実際たぶん騎士だろう。身なりが良いし庭に繋がれていた黒馬も良い馬だったから兵士では無いと思う。


 非常に秀麗な顔をしている。流石の私もこの頃には女性の友人と恋バナに興じる事もあったから、どのような男性の容姿が良いと評価されるのかは知っていた。女性的でさえある輪郭にしっかりした鼻筋が通り、キツさは無いが厳しさはある鋭く大きな青い瞳。優しく緩められた口元。旅をして薄汚れていても隠しきれないほどの美男子だった。


 こんな美男子この辺にはいないし、垢抜けた感じもするから帝都からでも来たのかしら。でも私、帝都に知り合いなんていないしなぁ。そう思いながら、彼のボサボサの髪を見る。入れたばかりの紅茶のような色の髪で、艶がある。それが記憶に引っ掛かった。え?驚き、彼の顔をもう一度マジマジと見つめるとやはり面影があった。この人、えーっと、名前なんだっけ。


「・・・ミア?」


「覚えていてくれたのですね!」


「ま、まぁ、一応」


 喜色満面になったミア、そう、セルミアーネの勢いに若干引きながら、私は小さなテーブルの対面、父ちゃんの隣の椅子にガタガタと座った。


「久しぶりね。帝都から何か用事?」


 私は話し掛けながら父ちゃんをチラッと見た。いつも飄々としている父ちゃんが何だか少し難しい顔をしている。お茶を入れて持って来た母ちゃんも不安そうだ。何なのだろうか?


 するとセルミアーネは少し姿勢を正した。ただし顔はこぼれそうな笑顔だ。美男子の満面の笑みは物凄い破壊力だわね。熱量すら感じるわ。そしてセルミアーネはとんでもない事を言った。


「ようやく侯爵閣下の御許可が頂けました。私と結婚して下さい。ラルフシーヌ!」


 ・・・は?


 居間に沈黙が満ち満ちた。それはそうだ。唐突過ぎる。何しろセルミアーネと会ったのは二年前の春の、あのお披露目の日の1日だけ。いや、正確には半日だ。それしか面識がない。それ以降一度も会った事も無いのだ。その彼に突然プロポーズされても反応に困る。


 しかしながら、今セルミアーネは変な事を言わなかったかしら?


「・・・お父様の許可?」


 セルミアーネは頷き、それはそれは嬉しそうに言った。


「そうです。この二年間、何度も何度も侯爵閣下の元に通い、粘り強くお願いした甲斐がありました」


「本当にお館様は許可を出されたのですか?」


 父ちゃんがぼそっと尋ねた。あまり機嫌は良さそうではない。セルミアーネは頷き、懐から一通の手紙を出した。


「ハイ。こちらで信じて頂けなかったら困るからと、一筆頂きました」


 父ちゃんは手紙を広げ、目を通すとふうっと息を吐いた。


「確かにお館様の筆跡で、侯爵家の印章も入っていますな」


 私も見せられたが、領地管理の公文書に記されているのと同じお父様のサインと印章があり『セルミアーネ・エミリアンとラルフシーヌの結婚を認める』と要約出来る文章が貴族風の装飾過剰な文体で記されていた。確かにこれは本当にお父様が私をセルミアーネと結婚することを認めたようだ。


 私が流石に呆然としていると、父ちゃんがセルミアーネに質問を始めた。


「お館様の御裁可であれば否やありませんが、いつお嬢様と面識を持たれたのですか?」


 父ちゃんが私をお嬢様と呼んだのはこれが初めてで、私は衝撃を受けた。思わず父ちゃんを凝視するが、父ちゃんはこっちを見ない。


「二年前の春の、お披露目の時です。私はラルフシーヌ様のエスコート役を仰せつかりました」


「なかなか衝撃的なお式だったと伺っておりますが、そこで見初められた、というわけですか」


「そうです。未だにあの時の衝撃は忘れません。あの時、私はラルフシーヌ様を私の妻にすることを誓ったのです」


 一体全体、宴の席で大立ち回りを演じた猿令嬢をどうして嫁に取る気になったのか?と激しく疑問に思う。しかしセルミアーネはニコニコとしながら続けた。


 何でもあの宴の時に私に強烈な印象を受け、自分の妻は私しかいないと強く思い込んだセルミアーネは、次の日の夕方に侯爵邸を訪れて私への求婚を申し込んだらしい。ところが私は既に帰ってしまっていて居らず、お会いしたお父様は「あの子は領地で嫁に出す予定だ」とセルミアーネの求婚を断った。


 しかしセルミアーネは諦めきれず、その日から侯爵邸に毎日のように通っては私を嫁にくれるようにお父様お母様に頼み込んだのだそうだ。それはもう、任務や訓練や実戦で遠出することも多い騎士であるから毎日では無かったらしいが、帝都にいる時は仕事が終わったら毎日必ず顔を出し、お父様お母様に会えなければ執事長に託して、ひたすらに私への求婚を繰り返したのだそうだ。


 お父様は「他にも縁談が来ている」と言ってなかなか了承の返事をくれなかったが、流石に丸二年以上も日参するセルミアーネの情熱に根負けして、先日ついに結婚の承諾を与えたのだそうだ。


 何というか、私の何が彼の情熱スイッチを押してしまったのか全然分からないのだが、とりあえず物凄く私を求めてくれているのは分かった。私はだが、物凄く微妙な気分だった。


「分かりました。・・・どういたします?お嬢様?」


 父ちゃんがまた私をお嬢様と呼んだ。うぐぐぐ。理由は分からないでは無い。セルミアーネがお父様の許可を得て来た以上、私はもうセルミアーネの婚約者だ。つまり、侯爵家から半分以上嫁に出された身となる。そうなると、お父様から私を預かっていた時期にはお父様公認で親としての振る舞いが許されていた父ちゃんだが、セルミアーネの婚約者になった私には親として接する事が出来ないのである。


 理屈は分かるが、ずっと親だった人に突然他人として接せられた事に納得出来ず、私は唸りながら涙目になってしまった。それを見て父ちゃんがため息を吐く。


「エミリアン様。お突然のことにお嬢様も混乱しているようです。少しお時間を頂いて、別室で話してきても良いでしょうか?」


「あ、ああ。もちろん構いません」


 私は父ちゃんに促され、母ちゃんも含めて三人で台所に行った。父ちゃんの家は居間、客間、父ちゃん母ちゃんの寝室、私の部屋しか部屋が無い。内緒話出来そうな場所が台所しかなかったのだ。


 ごく狭い台所。鍋釜が吊り下がり、竈門には火が揺れている。干してあるニンニクの匂いがした。私は台所に入るなり、父ちゃんに抱きついた。父ちゃんは苦笑したが、ちゃんと抱き返してくれた。少し安心する。


「・・・お館様の御許可がある以上、拒否は出来ないよ?ラル」


「分かってる」


 分かっているのと納得しているのは違うけどね。納得出来ない私がグリグリと父ちゃんに甘えていると、母ちゃんがしんみりした声で言った。


「まさかこんなに急に嫁入りが決まるとはねぇ」


「仕方が無いさ。見た感じ、良い騎士のようだし、お館様が認めたのなら将来も有望なんだろう。あれだけ可愛いとおっしゃっていたラルを下手なところに嫁がせはしまいから」


 父ちゃんが言うと、母ちゃんは私の頭を撫でてくれた。


「そうね。寂しいけど、ラルのためだものね」


 う、そうしんみりと言われると、私も寂しさを自覚してしまった。寂しい、ミアのところに、つまり帝都に嫁入りするとなると、私は帝都に行くことになる。そうするともう父ちゃん母ちゃんにおいそれとは会えなくなるのだ。いや、あまりに遠い帝都であるし、私は嫁に行って侯爵領と関わりが無くなるから、二度と会えない可能性すらある。


 ちょっと待って。私は何度も嫁入りの事は想像したが、領地の中に嫁入りするつもりだったから、父ちゃん母ちゃんに二度と会えなくなるなどと考えた事は無かった。


 父ちゃんは今年で45歳だ。髪にも白髪が目立ってきた。散々苦労を掛けて来たのだから、ちょっとは恩返ししなきゃね、と最近は思っていたのだ。それがもう会えないかもしれないなんて。


 はっと顔を上げると、父ちゃんの垂れ目と目が合った。苦笑しながら私の頭を撫でてくれる。


「だから、拒否は出来ないよ。大人しく嫁に行きなさい。ラル」


 ううう、頷くしか無いのだろう。だがしかし、なんか納得が行かない。お父様が認めたから仕方が無い。じゃ無いわよね。父ちゃん母ちゃんの気持ちが一つも考慮されていないじゃない。そして何より、私の気持ちはどうなのよ!そりゃ、私だって結婚は親が決める事だと知ってはいるけど。


 フツフツと怒りが湧き上がってきた私は父ちゃんから離れると、怒りに任せた勢いで居間に駆け込んで叫んだ。


「私!貴方と結婚したくありません!」


 セルミアーネは文字通り飛び上がった。真っ青な顔をしてオロオロしている。


「な、何故ですか?ちゃんとお父様の許可も頂いて来たのに?」


「お父様の許可があれば良いの?私の気持ちはどうしてくれるの?」


「いや、その、私はあなたに何度も求婚して」


「私にじゃなくてお父様にでしょう!私にはあれから一度も会いに来なかったし。文の一つも寄越さなかったくせに!」


 セルミアーネは絶句して立ち尽くした。私は怒りに任せてテーブルをバンバンと叩いて吠えた。


「そもそも私は貴方に好きだとも愛しているとも言われた事が無いわ!そんな人の所にいきなり嫁には行けません!お帰りください!」


 セルミアーネはその言葉に更にショックを受けたようだった。ガックリと肩を落としてしまう。美男子が台無しだ。だが、何とかという感じで言った。


「い、意思表示はしました。ラルを愛しているという気持ちは込めたつもりです」


「へ?」


「あの日、お別れの時に手のひらにキスをしたでしょう?あれは最大限の愛情を示すキスです。プロポーズの意味さえあります」


 ・・・忘れてはいなかったけど、そんな意味合いがあったなんて初耳だ。


「そんなの分からないわよ」


「多分そうだと思いました。だから次の日に、改めてプロポーズするために侯爵邸に急いで行ったのですが、ラルはもう帰ってしまった後だったのです」


 確かに問題事を避けるために次の日の朝に帝都を出立したのだった。


「私は正式に騎士になったばかりでまだまだ修行中の身でしたから、とても貴女を追い掛けて行くわけには行かなかったのです」


 セルミアーネの弁明では、休暇を取って私に会いに行こうにも、頑張っても馬で往復14日は掛かる侯爵領は遠過ぎた。新米の身でそんなに休めない。


 私が帝都に来たら、と思っても私は全く帝都に来る気配が無い。それならせめて文をと思っても、個人的に郵便を仕立てるとなるととんでもないお金が掛かる。新米騎士にそんなお金は無い。侯爵領行きの荷物に便乗させようにも伝手が無くて難しい。最後の手段としてお父様に託そうとしたのだが、求婚者の手紙を私に見せたくないと断られたのだそうだ。


「ラルは多分知らないでしょうが、ラルへの貴族の求婚者は結構多かったのですよ」


「え?そうなの?」


 なんでも、私が宴の席で助けた男爵令嬢が私の事を英雄か女神かのように下位貴族の社交界で喧伝したのだという。あの宴には下位貴族はその男爵令嬢しか来ていなかったため、私が野人の如く暴れ回った事はあまり知られず、ただ正義感溢れ身分による横暴を許さない素晴らしい令嬢だという虚像が知れ渡ったらしい。


 下位貴族を蔑視しない侯爵令嬢。しかも六女なら下位貴族の家に嫁入りしてもらえるかも知れない。侯爵家と繋がりを作るチャンス。そういう下心もあって、お父様の元に下位貴族の家から縁談の打診が幾つも届いたのだった。どうりで領地に来た時、平民からの求婚に対してお父様の歯切れが悪かった筈だ。特に例の男爵令嬢の兄が妹の恩もあって熱心に求婚していて、彼がセルミアーネの最大のライバルだったとか。私の知らないところでそんな争いが繰り広げられていたとは。


 セルミアーネは騎士で貴族階級としては最下位だ。一方、男爵令息は現男爵が授爵して家を起こしたばかり。二人とも身分はどっちもどっちだった。なのでセルミアーネは侯爵邸に日参すると共に騎士として出世する事に注力したそうだ。積極的に任務をこなし、山賊退治などに志願して出征。見事手柄を立てて勲章も受け、最年少で十人長に任命されたのだとか。それは確かに凄い。


 結局、その叙勲式をお父様が列席して見た事。その時に会った騎士団長が激しくセルミアーネを誉めた事が決め手となり、将来有望な騎士で騎士団長の覚えもめでたいならまだまだ出世するだろうし、あれほど熱烈に私を愛しているなら私を粗略には扱うまい、良かろうと、お父様が婚姻の許可を出したのだそうだ。


「ラルが言ったでは無いですか。騎士になったからには帝国一の騎士を目指すべきだと。私はあの日以来、帝国一の騎士を目指して必死に努力しました。今では若手一の騎士と言われています。ラルのおかげです」


 うぐ。確かに言った。皇帝陛下を超える騎士になれるよう頑張れと。その私が任務を放棄して私に会いに来るべきだった、とは言えない。そして全く私の預かり知らぬ事だったとは言え、セルミアーネが私を嫁にするために全力で頑張ったのは事実らしかった。それを否定はしたくない。


「・・・そもそも、セルミアーネは私のどこが良かったのですか?貴方の前では私は乱暴狼藉を働いた記憶しかありませんけど?」


 私が言うと、セルミアーネはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに顔を輝かせた。美男子のキラキラ笑顔。流石の私も仰け反ったよね。


「私はラルがあの時、少年に飛び蹴りを放った時。本当に感動したのですよ」


 どこに感動する要素があったと言うのか。あの手加減十分のヘナヘナキックに。


「私はあの時、男爵令嬢が苛められている事を知りながら『身分差があるから仕方がない』と思ってしまいました。でもラル。貴女は違いましたね。見知らぬ令嬢が苛められている。それを確認しただけですぐさま助けに向かいました」


 確かに身分がどうとかは考えなかったが、それはそもそも身分というものが分かっていなかったからだ。今も良く分かっていないけど。


「自らの信じる所を臆せずに実行し、自らの誇りを忘れた者を叱咤激励し、自分より大きく大勢の相手にも勇敢に立ち向かう。その美しい姿を見て私がどれほど感動したか分かりますか?」


 確かに私のやらかした事らしいが、そういう風に言われると何だかどこの誰の英雄譚かと思ってしまう。何だか物凄く誤解があるような。


「私は自分のしたいようにしただけですよ?そこまで考えていませんでした」


「そんな事は分かっていますよ。だからこそ尊いのです」


 セルミアーネは私の側まで来て、うっとりと笑って私の事を見下ろしていた。二年で随分背が高くなった。漂う雰囲気も迫力がある。あの時も既にかなり強いと思っていたが、今では私は素手ではもう勝てないだろうと思えた。


「あの時私もあの様に強くなろうと、身分差で自分を曲げない人間になろうと誓ったのです。そしてその私の側にラル、貴女がいて欲しいと思ったのです」


 ミアは私の手を取った。私は何だか気圧されてしまって、避ける事が出来ない。


「直接の求婚が遅くなったのはすみませんでした。でも、信じて欲しい。私はあの日からずっと貴女のことを愛しているのです。ラル。私と結婚してください」


 うぐっ、直球のプロポーズに思わず息が詰まる。それはもう彼の誠意の塊のような言葉で、流石に言下に断ることが出来ない。握られた手からセルミアーネの温もりが伝わってくる。彼の柔らかく微笑む青い目から目を逸らすことが出来ない。


 しかしだからと言ってプロポーズに即座に応じられもしない。彼の想いは信じられても、結婚はそれだけでは無い。特に私はよく知らない帝都に父ちゃん母ちゃんと遠く離れて嫁ぐことになるのだ。


 しかし、そんな私の逡巡はセルミアーネにはお見通しだったのだろう。彼はニッコリ微笑むと言った。


「大丈夫です。ラル。帝都に嫁いでも、いつでもここに里帰り出来る様にします。侯爵閣下とは話をしてあります」


「え?そうなの?」


「はい。だってあの時、貴女はここの育ての父母を非常に慕っていると言っていましたから。そんな大事な人たちと会えなくなる様なことにはしません」


 少し心が軽くなった。それほど頻繁には無理としても、セルミアーネとお父様の許しがあるのなら、比較的自由に帰ることが許されるだろう。


「それと、私は一介の騎士ですから、貴女に淑女である事は求めません」


「?どういう事?」


「社交界なんかに出る予定は無いので、庶民の暮らしをしましょう、という事ですよ」


 それは、助かる。私は何しろ野蛮であるから、貴族になれと言われるのが一番困る。


「狩りに行きたければ行っても良いですよ。もちろん、私も行ければ同行します」


 う、心が動いた。あの時結局行けなかった帝都の森。その未知の森を探索して、見たことの無い獲物と対峙出来るというのは、狩人の血が騒ぐ誘惑だった。


 ソワソワし始めた私を見て、セルミアーネの目が光った。


「キンググリズリーの情報もラルのために集めました。是非、一緒に狩りに行きましょう」


 赤い毛の大熊より大きいという熊。夢の大物。うう、狩りたい。戦いたい。


「流石に竜の情報はありませんが、騎士で出世すれば昔の討伐の情報も見られる筈です」


 竜!伝説の大物。狩れば竜殺しの二つ名を授かるという、狩人の憧れ。遭遇する事すら容易では無いらしいが、少しでも情報があればチャンスがあるかも。


「他にも、ラルがやりたいと思う事は何でも叶えられるよう、協力します。私にはもう親が居ませんから嫁姑の問題もありません。貴女を縛るような真似はしません。だからお願いです。私の所にお嫁に来て下さい」


 セルミアーネは兎に角、最大限の譲歩を見せてくれた。どうしてそんなに私を嫁にしたいのか、私には一切理解出来ないが、彼の本気は良く分かった。私の事をすごく良く理解している事も。


 セルミアーネとの結婚はお父様の許可が出てしまっている。私が何を言ってももう多分覆らない。いや、私に甘い両親だから、泣いて嫌がれば取り消してくれるかも知れないが、私は泣くほど嫌だというわけでも無いようだ。


 セルミアーネと気が合う事は分かっている。彼といて不快になった事も無い。そして恐らく私より強く、頼りになりそう。


 この縁談を断って、セルミアーネより好条件の男がやってくるかどうかは分からない。平民の場合、物凄い亭主関白な場合も少なく無いから、結婚したら自由が無くなる例も多いらしい。逆に貴族に嫁入りしたら恐らくは貴族夫人としての振る舞いを求められるだろう。狩りなんてとんでもないという事になるに違いない。


 そう考えると、セルミアーネに嫁入りするのはかなりの好条件だという気がしてきた。これだけ私を求めているなら、私を大事にしてくれるだろうし。私は正直に言って恋愛感情が良く分からないし、セルミアーネの事は特に好きでは無いが、いつか結婚しなければならないのなら、私の自由な振る舞いを許してくれる所に嫁に行きたい。


「言った事に相違ありませんね?ミア」


「もちろんです。そして私は、生涯、貴女一人を愛すると誓います。全能なる神に誓って」


 セルミアーネは厳かに誓い、額に指先で○を描いた。全能神への誓いは絶対だ。私は決断した。


「・・・分かりました。あなたの求婚を受けます」


 その瞬間、セルミアーネがガバッと抱き付いて来た。反射的に肘打ちを入れそうになり、我慢する。流石にここでセルミアーネを悶絶させたらマズい。


「ありがとう!ラル!」


 ぐぐぐっとかなり強く抱き締められた。彼の万感の想いは良く伝わって来た。私はなすがままにされながら内心ため息を吐いていた。まぁ、仕方無いわよね。仕方無い。正直、自分が結婚するなんてまるで実感が無いし、不安だらけ不満だらけだけど、結婚しなきゃならないのだから仕方無い。まだマシな旦那に出会えたのだと納得するしかない。ただ、プロポーズに応えた事で自分の未来に新しい道が開けたような気がした。退屈だった毎日が終わり、新しい風に当たったような気分になり、それは喜ばしかった。


 ちなみに、この時セルミアーネが私にした約束は、半分くらいしか守られ無かったという結果になる。


 


 

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