素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード8】
双瀬桔梗
ネコ(科の怪人になれる騎士)の手を借りた結果
アカン……忙しすぎる……猫の手も借りたい気分や。
そんな自分の心の声にハッとした、
幸路郎は売れっ子ミステリ作家でありながら、世界を守るヒーロー『デレデレ部隊スナオズ』の一員として活躍している。しかし先日、照れ隠しの侵略行為をしてしまっていた、『ツン・デーレ
タシターニが、“
こうして碧志 幸路郎と“タシターニ”も、晴れて友人となったのであった。ちなみに、幸路郎はタシターニのことを、今は『きしクン』と呼んでいる。
他のメンバーもツン・デーレ
『シン・リャーク』という異世界人は、この世界を征服するため、度々地上に刺客を送ってくる。
いかにツン・デーレ
スナオズの最年長で、責任感の強い幸路郎はなるべく戦いに参加しつつ、小説家としての仕事もこなし……と、大忙しである。
そんな時に思い浮かんだ、“猫の手も借りたい”というワードにピンときた幸路郎は、読書中のタシターニに声をかける。
「ごめんね、きしクン。ちょっと聞きたいことあるんやけど、ええかな?」
「む? 勿論、構わないのだ」
相変わらずツンとした表情だが、憧れの
「きしクンの変身した時の姿ってトラやんな?」
「確かに、この世界の生き物で例えるなら、トラが近いのだ」
タシターニには
「あ、やっぱり? だったら、きしクン、突然やけど、僕のこと助けてくれへん?」
「助けると言われても、何をすれば……」
両手を合わせて、助けてくれと言い出す幸路郎に、タシターニは戸惑う。正直、何が“だったら”なのかも分からない。それに己が手伝えることなどあるとは思えず、タシターニは困り果てる。
「きしクンが戦闘の時によう
「それは可能なのだ」
「なら、その能力で僕のこと運んでくれへん? お願いします」
幸路郎に頭を下げられ、タシターニは手をワタワタ動かしながら、コクコクと何度も頷く。
「ホンマに? ありがとう。……実は、いつ『シン・リャーク』達が攻めてくるか分からんから、遠くのサイン会とか講演会は中止にせなアカンかなって、
「拙者のお願いを、何でも、好きなだけ……」
幸路郎は妙に艶っぽい声音で、“何でも好きなだけ”をわざと強調して言う。そのことに、小さく吹き出す人物が一人。しかし、タシターニはあまり気にしていないようで、心躍らせている。
二人の会話を黙って、耳だけで聞いていたもう一人の人物もまた、幸路郎の台詞が引っかかり、顔を上げた。
「なんというか……
「……リベさんはちょっと黙ってようか?」
「うむ、君がそう言うなら黙ろう」
タシターニの正面の席に座って、新しい武器の構想を練っていたリベアティ博士が、不意に口を開く。その発言を聞いて、リベアティの隣に座っていた、
「博士のニィサン、女の子達と
「うむ、承知した」
「
『シン・リャーク』の戦闘データを分析していた隼大は、幸路郎の言葉がトドメとなり、完全に集中力を切らしてしまった。顔を真っ赤にして怒る隼大を見て、幸路郎とリベアティはニコニコ笑い、タシターニはオロオロしている。
「……なんですか、その顔は」
「んー? 隼大クンはからかいがいがあるなぁと思って」
「隼大君は本当にかわいいな」
「はぁー……もう良いです。そんなことより、
隼大は心配そうな顔で、幸路郎を見た。彼が何を言いたいのか、何となく分かってはいるが、幸路郎はあえてとぼけてみせる。
「サイン会とか、大切な打ち合わせの最中やったら、よっぽどのことがない限り、お任せするつもりやで? でも、駆けつけられる状況なら、一秒でも早く、戦闘に向かった方がいいと思わへん?」
「オレが言いたいのは働き過ぎってことです。オレは元々、『オネスト』の社員だったからいいですけど、
隼大は物憂げな瞳で、幸路郎を見つめる。
幸路郎は誰かに悲しげな顔をされると、弱ってしまう。人に喜んでほしい、笑っていてほしい彼にとって、隼大の表情が曇っているのを、放っておくことはできない。
「隼大クンは心配症やなぁ。僕はそんなヘマせぇへんし、何より、背中を任せられる
「うむ、幸路郎殿の背中は拙者に任せるのだ」
幸路郎はニコッと優しい笑みを浮かべ、信頼している
「……その言葉、信じてますからね」
隼大の、琥珀色の真剣な瞳に応えるように、幸路郎とタシターニは力強く頷いた。
そんなこんなで、(ネコ科の怪人になれる異世界人)タシターニ騎士に、移動以外の事も手助けしてもらった結果……幸路郎は仕事と世界を守る使命の両方を、やり切ることができた。
『シン・リャーク』達をこの世界から追い出し、入っていた
「きしクン、お疲れ様。ホンマにありがとう」
幸路郎とタシターニは、居酒屋『いとま』のカウンター席に並んで座り、日本酒で乾杯した。たくさんの人の笑顔を見れて、幸路郎は幸せな気持ちでいっぱいだ。
「拙者は特に何も……それなのに、たくさんサイン本を貰ってしまったし、感謝を伝えるのは拙者の方なのだ。こちらこそ、ありがとうございますなのだ」
タシターニは幸路郎からお礼に、サイン本を沢山貰った。元々はお気に入りの一冊にサインしてもらうつもりだったが、幸路郎がもっとお礼をさせてほしいと言い出し……気がつけば、今まで出版した全ての本にサインが書かれていた。
「あれはお礼やからそんなんええのに……きしクンが
「確かにファンの方々の笑顔は素敵だったのだ……あの顔を見れたのが、拙者のおかげとは思えないが……少しでも、幸路郎殿のお役に立てたのであれば、うれしいのだ」
今日のタシターニはいつもより、柔らかな表情をしていて、誰が見ても喜んでいることが分かる。
二人は他愛ない会話をしつつ、酒の席を楽しむ。その中で、タシターニはふと気になったことを、幸路郎に問いかける。
「そういえば、幸路郎殿はどうして公民館
「あぁ、それは……僕が、町の小さな本屋さん好きってのが、一番の理由かな……幼い頃から、よく行ってた、近所の小さな本屋さんがある日、店仕舞いしてしまって、その時めっちゃ悲しくてな……将来、小説家として売れたら絶対に、何かしらの方法で、小さな本屋さんに貢献しようって決めてたんよ。それで思いついたのが、サイン会やったってワケ」
「なるほど……幸路郎殿はいつだって、誰かの為に、行動できる人なのだな」
タシターニがあまりにも自然に微笑むものだから、幸路郎はつい彼に見とれてしまう。
「ははっ、そんな大層なモンじゃないよ? 僕はただ、したいことをしてるだけやし」
「それでも、拙者は幸路郎殿を凄いと思っている。本当に、尊敬しているのだ」
確実に本心だと分かるタシターニの
「きしクンってホンマ、ツンツンしてるのは表情だけで、こういうことサラッと言ってくるよなぁ……今日は顔も優しいし、なんかめっちゃ照れるねんけど……」
「それは……すまないのだ」
「なんで謝るん? 僕はめっちゃ嬉しいよ、きしクンに褒めてもらえると」
「そうなのか? それなら、よかったのだ」
二人して照れてしまった幸路郎とタシターニは、それを誤魔化すために、冷酒を同時に煽った。
【碧志 幸路郎 編 完】
素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード8】 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki
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