素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード8】

双瀬桔梗

ネコ(科の怪人になれる騎士)の手を借りた結果

 アカン……忙しすぎる……猫の手も借りたい気分や。


 そんな自分の心の声にハッとした、あお こうろうは視線をパソコンから、隣にいる異世界人・タシターニ騎士の方に移した。


 幸路郎は売れっ子ミステリ作家でありながら、世界を守るヒーロー『デレデレ部隊スナオズ』の一員として活躍している。しかし先日、照れ隠しの侵略行為をしてしまっていた、『ツン・デーレいちぞく』の真の目的が、友達作りであると知り、戦う必要はなくなった。


 タシターニが、“狹之貴司この世界で過ごす為の仮の姿”の時に、幸路郎は「僕と友達になってくれへん?」と申し出たのだが、勿論、正体を分かった上での発言である。ゆえに、堂々と仲良くしてもいい状況になった途端、「クンって、タシターニ騎士クンやんなぁ?」と即座に聞いた。タシターニ自身も、幸路郎に正体がバレていることは薄々勘づいていたので、あっさりコクンと頷く。

 こうして碧志 幸路郎と“タシターニ”も、晴れて友人となったのであった。ちなみに、幸路郎はタシターニのことを、今は『きしクン』と呼んでいる。


 他のメンバーもツン・デーレいちぞくと仲良くなり、現段階の問題は全て解決した。これで、しばらくの間は日常に戻れるだろう。そう思った幸路郎は、サイン会や講演会の仕事もガンガン入れていたのだが……そんな矢先に、別の異世界から“本当の侵略者”がやってきてしまう。

 『シン・リャーク』という異世界人は、この世界を征服するため、度々地上に刺客を送ってくる。

 いかにツン・デーレいちぞくが、タイミングを見計らって地上に降り立っていたのかが分かる程、『シン・リャーク』達は曜日や昼夜問わず、暴れ回っている。ツン・デーレ達も応戦してくれてるとは言え、シン・リャークがやってくる頻度はやけに高く、かなり面倒な相手だ。

 スナオズの最年長で、責任感の強い幸路郎はなるべく戦いに参加しつつ、小説家としての仕事もこなし……と、大忙しである。


 そんな時に思い浮かんだ、“猫の手も借りたい”というワードにピンときた幸路郎は、読書中のタシターニに声をかける。

「ごめんね、きしクン。ちょっと聞きたいことあるんやけど、ええかな?」

「む? 勿論、構わないのだ」

 相変わらずツンとした表情だが、憧れのに声をかけられ、内心、喜んでいるタシターニは、本から顔を上げる。

「きしクンの変身した時の姿ってトラやんな?」

「確かに、この世界の生き物で例えるなら、トラが近いのだ」

 タシターニにはいわゆる、怪人体と呼ばれる姿にもなれる。いつかの戦いで、彼はトラっぽい怪人に変身したことがあり、幸路郎はそれを思い出したのだ。

「あ、やっぱり? だったら、きしクン、突然やけど、僕のこと助けてくれへん?」

「助けると言われても、何をすれば……」

 両手を合わせて、助けてくれと言い出す幸路郎に、タシターニは戸惑う。正直、何が“だったら”なのかも分からない。それに己が手伝えることなどあるとは思えず、タシターニは困り果てる。

「きしクンが戦闘の時によう使つこうてる、一瞬で移動するやつ、あれって誰かと一緒に、長距離移動することは出来たりせんの?」

「それは可能なのだ」

「なら、その能力で僕のこと運んでくれへん? お願いします」

 幸路郎に頭を下げられ、タシターニは手をワタワタ動かしながら、コクコクと何度も頷く。

「ホンマに? ありがとう。……実は、いつ『シン・リャーク』達が攻めてくるか分からんから、遠くのサイン会とか講演会は中止にせなアカンかなって、おもおてたところなんよ……けど、きしクンが協力してくれるなら、中止にせんでもいける。ホンマにありがとう。お礼に、きしクンのお願い、何でも好きなだけ聞くで」

「拙者のお願いを、何でも、好きなだけ……」

 幸路郎は妙に艶っぽい声音で、“何でも好きなだけ”をわざと強調して言う。そのことに、小さく吹き出す人物が一人。しかし、タシターニはあまり気にしていないようで、心躍らせている。

 二人の会話を黙って、耳だけで聞いていたもう一人の人物もまた、幸路郎の台詞が引っかかり、顔を上げた。

「なんというか……スナオブルーが言うと、エロいな」

「……リベさんはちょっと黙ってようか?」

「うむ、君がそう言うなら黙ろう」

 タシターニの正面の席に座って、新しい武器の構想を練っていたリベアティ博士が、不意に口を開く。その発言を聞いて、リベアティの隣に座っていた、ゆきしろはやは眉間に皺を寄せる。

「博士のニィサン、女の子達とがおる時は、それうたらアカンで。それから僕的には、エロいやなくて、エロティックって言ってほしいなぁ」

「うむ、承知した」

こーろーさん! リベさんに余計なことまで教えないでください!」

 『シン・リャーク』の戦闘データを分析していた隼大は、幸路郎の言葉がトドメとなり、完全に集中力を切らしてしまった。顔を真っ赤にして怒る隼大を見て、幸路郎とリベアティはニコニコ笑い、タシターニはオロオロしている。

「……なんですか、その顔は」

「んー? 隼大クンはからかいがいがあるなぁと思って」

「隼大君は本当にかわいいな」

「はぁー……もう良いです。そんなことより、こーろーさん。仕事のために、タシターニさんの力を借りるのは、本人がOKなら構いませんが、戦闘に関してはオレ達に任せてくれてもいいんですよ」

 隼大は心配そうな顔で、幸路郎を見た。彼が何を言いたいのか、何となく分かってはいるが、幸路郎はあえてとぼけてみせる。

「サイン会とか、大切な打ち合わせの最中やったら、よっぽどのことがない限り、お任せするつもりやで? でも、駆けつけられる状況なら、一秒でも早く、戦闘に向かった方がいいと思わへん?」

「オレが言いたいのは働き過ぎってことです。オレは元々、『オネスト』の社員だったからいいですけど、こーろーさんは二足のわらじ状態じゃないですか。もし……仕事の疲れから敵にスキをつかれて、大怪我でもしたらどうするんですか……」

 隼大は物憂げな瞳で、幸路郎を見つめる。

 幸路郎は誰かに悲しげな顔をされると、弱ってしまう。人に喜んでほしい、笑っていてほしい彼にとって、隼大の表情が曇っているのを、放っておくことはできない。

「隼大クンは心配症やなぁ。僕はそんなヘマせぇへんし、何より、背中を任せられる相棒友人もいるから大丈夫やよ。な? きしクン?」

「うむ、幸路郎殿の背中は拙者に任せるのだ」

 幸路郎はニコッと優しい笑みを浮かべ、信頼している相棒へ、言葉をパスする。それを受け取ったタシターニは、自信を表に出そうと精一杯、表情筋を動かす。

「……その言葉、信じてますからね」

 隼大の、琥珀色の真剣な瞳に応えるように、幸路郎とタシターニは力強く頷いた。




 そんなこんなで、(ネコ科の怪人になれる異世界人)タシターニ騎士に、移動以外の事も手助けしてもらった結果……幸路郎は仕事と世界を守る使命の両方を、やり切ることができた。

 『シン・リャーク』達をこの世界から追い出し、入っていた仕事予定も全て終わり、「次の新作はアクションミステリにしようかな」と意気込んでいる。




「きしクン、お疲れ様。ホンマにありがとう」

 幸路郎とタシターニは、居酒屋『いとま』のカウンター席に並んで座り、日本酒で乾杯した。たくさんの人の笑顔を見れて、幸路郎は幸せな気持ちでいっぱいだ。

「拙者は特に何も……それなのに、たくさんサイン本を貰ってしまったし、感謝を伝えるのは拙者の方なのだ。こちらこそ、ありがとうございますなのだ」

 タシターニは幸路郎からお礼に、サイン本を沢山貰った。元々はお気に入りの一冊にサインしてもらうつもりだったが、幸路郎がもっとお礼をさせてほしいと言い出し……気がつけば、今まで出版した全ての本にサインが書かれていた。

「あれはお礼やからそんなんええのに……きしクンがらんかったら、たくさんの人達の笑顔も見れんかったワケやし……だから、ありがとう」

「確かにファンの方々の笑顔は素敵だったのだ……あの顔を見れたのが、拙者のおかげとは思えないが……少しでも、幸路郎殿のお役に立てたのであれば、うれしいのだ」

 今日のタシターニはいつもより、柔らかな表情をしていて、誰が見ても喜んでいることが分かる。


 二人は他愛ない会話をしつつ、酒の席を楽しむ。その中で、タシターニはふと気になったことを、幸路郎に問いかける。

「そういえば、幸路郎殿はどうして公民館などを借りてまで、小さな本屋さんばかりでサイン会をするのだ?」

「あぁ、それは……僕が、町の小さな本屋さん好きってのが、一番の理由かな……幼い頃から、よく行ってた、近所の小さな本屋さんがある日、店仕舞いしてしまって、その時めっちゃ悲しくてな……将来、小説家として売れたら絶対に、何かしらの方法で、小さな本屋さんに貢献しようって決めてたんよ。それで思いついたのが、サイン会やったってワケ」

「なるほど……幸路郎殿はいつだって、誰かの為に、行動できる人なのだな」

 タシターニがあまりにも自然に微笑むものだから、幸路郎はつい彼に見とれてしまう。

「ははっ、そんな大層なモンじゃないよ? 僕はただ、したいことをしてるだけやし」

「それでも、拙者は幸路郎殿を凄いと思っている。本当に、尊敬しているのだ」

 確実に本心だと分かるタシターニのに、じっと見つめられ、幸路郎は頬をかく。

「きしクンってホンマ、ツンツンしてるのは表情だけで、こういうことサラッと言ってくるよなぁ……今日は顔も優しいし、なんかめっちゃ照れるねんけど……」

「それは……すまないのだ」

「なんで謝るん? 僕はめっちゃ嬉しいよ、きしクンに褒めてもらえると」

「そうなのか? それなら、よかったのだ」

 二人して照れてしまった幸路郎とタシターニは、それを誤魔化すために、冷酒を同時に煽った。


【碧志 幸路郎 編 完】

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