猫の手も借りたいって言ったけど解釈違いじゃない?

川木

猫の手の解釈が違う気がするのだけど

 毎日仕事で忙しくって、碌に身の回りのことすらままならなかった。幼い頃からずっと一緒に暮らしている猫のシロネのご飯だけはなんとかしているけど、それ以外は部屋中ぐちゃぐちゃもいいところだ。


「うぅ……しんどい。猫の手も借りたいよぉ」


 そう言いながらシロネのおててをぷにぷにして、ついでにお腹をくんかくんかしながらお風呂もはいらず眠りについた。

 その夜、不思議な夢を見た。


「豊子、豊子、起きろ」

「んが? え、し、シロネがしゃべった! あ、夢か、シロネ夢でもかわいー!」

「はしゃぐな。私はいつでも可愛いだろ。それより、猫の手も借りたいと言っていただろ? いつも私の世話だけは忘れないお前に、たまにはお礼をしてやる。感謝しろよ」


 そしてぽん、とおでこに肉球をおしつけられ、ぱっと私は目を覚ました。


「……んにゃぁーん、んにゃ? にゃ?」


 伸びをして、なんか変な声出たなぁと思いながら目をかいて、なんか、モフモフしていて首を傾げた。自分の手を見る。猫ちゃんのおててだ。


「???」


 猫ちゃんになっていた。


「にゃーん」

「にゃにゃ」


 隣には自分と同じ大きさのシロネ。いや、猫の手も借りたいって、猫の手が欲しいってことではないし、普通に猫になってるってもうなにもかもが違うのですが!?

 と言いたかったけど言葉は猫の愛らしい言葉になり、シロネの言葉も全然普通にわからない。何だこの中途半端な変身は。


「にゃ! にゃにゃにゃ!」


 明日、というかもう日付がかわって今日なのだけど、今日は久しぶりの休日なのだ。昨日入れなかったお風呂もお風呂掃除からしてちゃんと入って、洗濯物をまとめて綺麗にして、床掃除とたまってるゴミを捨てるとこまでしたかったのだ。あくまで理想だけど。

 だから早く戻してほしい。そう訴えたのだけど、シロネはうるさそうに尻尾をふって、私の上にのっかって舌で毛づくろいしてくる。


「にゃぁ!?」


 え、やば、気持ちいい。しかも触れてる体もモフモフで気持ちいい……。

 となった私はまた寝てしまった。


 目を開けるとお日様はたかーくのぼっていて、私はまだ猫だった。もしかしてこれガチでずっと猫? え? 仕事は?


「にゃー、ごろごろごろ」


 シロネが転がって起きだしている。可愛い。それを見ていると、どうでもよくなってくる。もうどうにでもなーれ。という気持ちで私も猫として生きていくことにした。

 棚から猫ちゃん用のご飯を取り出してぶちまけて二人で食べる。カリカリ、意外と美味しい。鰹節みたいないい匂いがすごくする。人間の時はあまり匂いに気付かなかった。


「にゃ」


 お腹いっぱいになると、シロネが私のお尻を叩いて出かけるぞと促した。ここはマンションの二階なのだけど、シロネはあっさり窓ガラスを開けて外に出た。えぇ、器用すぎる。

 というか、普通に考えて人間を猫にするとかやばすぎる。化け猫だった。もはや私も化け猫なのでいいけど。


 窓の外から飛び出すのは怖かったけど、思い切って踏み出すと体は軽くてどこまでもジャンプしていけそうだった。外に飛び出ると受ける風も心地よく、ぽかぽか陽気も最高だった。


「んにゃあぁ」


 マンションの裏のちょっとしたスペースは日当たり抜群でお昼寝に最適だった。これは知らなかった。シロネは毎日ここにきているのか。


「にゃにゃ」

「んごにゅ」


 ぐっすり気持ちよく眠っていると頭を叩いて起こされた。ここはどこ? ときょろきょろしていると、他の一緒に昼寝していた猫たちも一緒にどこかへ向かうらしい。慌てて私もついていく。ぴょこんとマンションの塀をこえて、敷地内へ。

 一階部分の誰かの庭だ。ペット可マンションでみんな何か飼っているはずなので、今や猫になった私なら勝手にはいったところで怒られないと頭でわかっていても、不法侵入はドキドキする。

 どうやら私の一階下の部屋のようだ。この部屋の主の佐藤さんとは以前に一度物を落としてしまって面識があるのだけど、年上で美人だけどクールないかにもできる女風で、ちょっと苦手だ。私は昔から、学級委員長とか怖い子が苦手なのだ。それから足音気にしてるし。


「いらっしゃーい。ん? 今日は新顔ちゃんもつれてきたのねー。んー、可愛い可愛い!」


 目ざとく見つけられて抱き上げられた。いや、うん、まあ。わかる。私も外では猫なんて吸ってませんって顔しているから。でもさすがにギャップすごいな。可愛いしイメージ変わるわ。


「あ、あなたは田中さんのとこのシロネちゃんね。いつも通り、綺麗な毛並みよね。さわらせてー、あぁー」


 どうやら猫たちように食事を置いてくれているらしい。どうりでお昼の食事はあまり減らないわけだ。食費が減ってラッキーと思っていたが、こういうからくりだったらしい。有り難い。

 だけどシロネったら、毎日のようにもらっているのに心は許していないようで、佐藤さんの手からはすっと逃げている。飼い猫の私にだけデレデレなんだよね。ほんとにいい子だ。可愛い。


「ざんねーん。というか、君はずいぶん人になれてるわね。かわいー。もしかして野良? うちの子になる?」

「にゃにゃにゃ」


 おっと。さすがにそれは遠慮したい。私はなかなかテクニシャンな佐藤さんの手から逃れて、シロネの背に隠れる。シロネはすっと前にでてくれた。し、シロネ先輩、まじ頼りになるっす。


「シロネちゃんの友達? もしかして新しい子? え、田中さんとこ、毎日帰り遅いし、疲れてそうなのに大丈夫なのかな? 昨日とか、朝出るのも早かったし。シロネちゃん、大丈夫なの?」

「にゃ」

「うーん、心配だわぁ……ご飯とか持って行ったら、気持ち悪がられるかしら?」


 シロネにふんと顔をそらされても気にならないようで、佐藤さんは私の方に手を伸ばしてなでなでしてくる。

 というか、佐藤さんめっちゃくちゃイメージ変わるな。ほんとに名前知ってるだけの関係なのに、そんな心配してくれるとか。いやもちろん、シロネのことがメインなんだろうけど。相当猫好きっぽいし。


「にゃあぁ」


 このまま猫から戻らなくて、家賃引き落とし不可能になって家を追い出されたら、このうちの子になっちゃおうかなー。


「にゃっ!」


 はっ。し、シロネさん。違うんですよ? これは別に浮気とか、人としての尊厳を捨ててるとか、そう言うのではなくて。あ、すみませんすみません。


「あー、残念。でも、仲良しなのね。かわいー。またいつでもきてね」


 シロネに怒られた私は佐藤さんから抜け出す。お昼を食べてお腹も膨れてどうするのかと思ったら、どうやらお家に帰るらしい。

 自分の家に戻ると、さっきちらっと見えた佐藤さんのお部屋の綺麗さと全然違う、衣類やゴミであふれた部屋にちょっとうんざりする。でも気にしない! 猫に部屋を片付けるとか不可能だしし仕方ない!

 部屋で水を飲み、おもちゃで遊べばまたお昼寝のようで、お気に入りのソファにあがったシロネはちょっとだけ隣をあけて私のスペースをあけてくれた。


「にゃあぁ」


 なんという、のんびりした悠々自適な生活なのだろう。最初はシロネめ、何と言う解釈違いな猫の手を貸してくれるのか、と思ったけど、シロネがいてくれるし餌場の不安もなさそうだし、これならずっと借りていてもいいかもしれない。

 と思いながら私はまた夢の中へ落ちていった。


「はっ! え!?」


 目を覚ますと、人間だった。ただの、夢……? まじか。いや、冷静に考えたら当たり前すぎるけど。


「うわーん、シロネー、今、猫になってシロネとずっと一緒にすごすめちゃくちゃいい夢を……ん?」


 ソファで寝ていた私はすぐ目の前にいてくれたシロネを抱きしめ、頬ずりしながら顔をあげ、部屋の様子が変わっていることに気が付く。

 室内に散乱した衣服はなくなり、ゴミは全てゴミ袋にはいって玄関にまとめられていた。


「え? えっ!?」


 時間を見ると、夕方を過ぎて夜だ。洗濯乾燥機が止まった音がした。


「し、シロネ……? もしかして、あなたが? 猫の、猫の手をかしてくれたってこと!? シロネぇ! 愛してる!」

「にゃ」


 夢でがっくりしたけど、よく考えたらシロネの下僕である私が猫になったら奉仕もできないし、一日お休みしてすべき家事がすんでいるとか、一番最高な手の借り方!

 抱きしめると嫌そうにされたけど、シロネの愛、受け取ってるよ!


 一日寝たことで体力も回復した。当然の様にお風呂場も綺麗になっていたのでシャワーをあびて、ゴミ捨てをすることにした。買い物は明日すれば間に合うし、今日はシロネにとっておきの缶詰をあけようっと。


「あの、田中さん」

「はわっ。な、なんでしょう」


 外のゴミ捨て場と往復してゴミを全て捨て、気持ちよく帰ろうとしたところ佐藤さんに声をかけられてしまった。


 佐藤さんのお家は一階だし、窓からゴミ捨て場が見える。もしかして雑にゴミ捨て場の入り口を足で開閉したのが見られて注意されるのだろうか。

 さっきはめちゃくちゃ可愛がられたけど、しょせんあれは夢だ。家事をしてくれただけでとんでもない力をもったスペシャルな猫ちゃんなのは間違いないけど、さすがに変身したとかは無理がある。


「な、なんでしょう」

「……その、煮物とかって、好きだったりしますか?」

「え?」

「突然すみません。その、作りすぎてしまって……」


 ん? 夢、だよね?


 これをきっかけに餌付けされた私は、怒られながらも生活のお世話もされるようになるのだけど、それはまた別のお話である。

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