彼女は宙を飛んだ。

ゼパ

第1話

ネット上、とある動画サイトに一つの放送が配信される。

画面越しに止まって見えるのは、蛍光灯の光とアスファルトの上を歩く少女。

容姿は小柄で、黒いシューズは靴紐が赤く、ピンク色のシャツを着用している。

半ズボンかスカートをはいているのが目視で確認できる。

時刻は既に9時を過ぎ、辺りに人気がないのが見てわかる。

最近の高校生は、夜中に出歩くのが多いのだろうか。そう思いながら動画を再生させる。

イヤホンを耳に通すと声が聞こえる。僕はその言葉を確かに聴いた、聴こえた。


「もう、生きるのに疲れた」と。


彼女はそう言った。続けてこんな言葉を発する。

「絶対死ぬよ、電車なんかにひかれたら」

この言葉が彼女の居場所を悟らせる。彼女は今、電車のホームで配信しているのだ。

そして今から彼女がする事が。

「相談する相手もいない」「誰も助けてくれない」「もう全部解決するから」

「来世は、二重の可愛い女の子に生まれたい」と。

何気なく発せられた彼女の言葉。その一つ一つの言葉に意味がある気がした。

いや、既に気付いていた。変えることのできない過去を画面越しに佇みながら。

青白く画面に映る自分の顔を見ながら「可愛くないな」と彼女は呟いた。

その眼は、死んだ魚の様な目をしていた。

無気力で生きているのがいっぱいのような眼。

「死ねば全部、解決するから」

矛盾した言葉を、深く心に受け止める。その言葉が最後になるとも知らずに。

しばらくして、放送を繋げているスマホを地面に置く。

見えた景色は彼女の両足と黄色いライン。

黄色い線の内側に、と木霊する機械音声が空しく聞こえてくる。

どうやら駅のホームに座っているようだった。

普通、そんな事をしていたら誰かが止めに入るはずだ。

しかし、時刻は10時を過ぎ人気は少なく、辺りに静寂が広がる。

対向のホームを歩く女性も彼女を何も気にせずただ歩いている。

「今までやってきたことが全部駄目だった」

「もう頑張りたくない」

何かに気付き、両足を立ち上げる。

音量を上げなくてもわかった。うっすらと踏切が鳴る音が聞こえる。

彼女の体が躊躇いもなくアスファルトを踏み出した。

時速100㎞、重さ36tの鉄の塊がやってくる。車掌は汽笛を上げた。が、

彼女は合図を聞き逃したかのように、高さ1.2メートルのアスファルトから宙を舞った。



儚くも美しいその残酷な死に方は、ドラマのワンシーンのようにあっけない。

飛ぶ瞬間がとても吸い込まれるような光景で、脳裏に焼き付く。

彼女が体を起こしてから僅か40秒の出来事だった。




これがもしテロだというのなら、お前らは何度この悲劇を繰り返し忘れてきたのだろうか。


幾度の死をただの悲劇だと罵って。



高校時代の俺は、とある動画を開けた。

奈良の女子高校生が最後に残したビデオ。



その動画は世界に配信され、知らない誰かに知れ渡る。

知れ渡った動画から数多の噂が作られ、噂は電波する。

当然のように拡散され彼女の死に賛否両論の声が上がる。

その行動で電車が遅れて迷惑がかかるだとか、駅を特定して通報することはできなかったのだとか、はたまた俺なら彼女を救うことができた、なんてコメントが書かれていた。

「違うだろ、そうじゃないだろ・・・」

なんで誰も気付かないのか、それ自体に疑問を抱く

本当に大事な物、その根本的なものは当たり前なのに。

なのに何故その言葉がないのだろうか?

口に出すのが怖いから?それを言うと周りに伝染してしまい、また自殺者が増えるから?

その行動が続いているから、この連鎖を止めることができないのではないのか。


「誰も、何も、救いの手を伸ばしても助けてくれやしない」

これが現実だ。人は人と手をつなぐことはできても、支え合うことができない。

自分の事で精一杯なのだ。彼女はそれを知っていた。

だから、こんな終わり方を選んだんだ。

動画のコメント欄には様々な意見が書かれている。

その言葉の一つにこんなものがあった。

【これは自殺なのか】と。

その疑問に対して俺はこう答えるだろう。

答えはない、と。


生きる意味なんてないから。

そんな当たり前で誰も考えようとしない事を考える。

そもそも生きること自体に意味なんてない。

けれど彼女は一度だけ、生きる意味を持った。そして壊された。

失った代償はとても大きなもので、それが何だったのかはもうわからない。



あの日、一つの命が失われた。

誰一人として彼女の死、その根本的なものを何もわかっていないのだろう。

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