逆接の告白
咲谷 紫音
逆接の告白
「あたし、告白されたよ」
「え」
沙良ちゃんの一言で私は酷く動揺した。全く想像していなかった言葉だ。いや違う。想像していなかったんじゃない。想像したくなかったのだ。私の中に焦りと恐怖が生まれる。
私と沙良ちゃんは女の子同士。沙良ちゃんが男の子から告白されたら、そちらに行ってしまうのではないか。私が常に不安に感じていたことだ。秋の風も相まって、いっきに体が冷えていく。
ここは学校の屋上。放課後だからかこの場には私と沙良ちゃんの二人しかいない。夕暮れ時の空は橙色に染まっている。雲一つない空には、既にいくつかの星が見え始めていた。
沙良ちゃんはもたれ掛かっていたフェンスから体を離して私の方を向いた。彼女のおさげが二つ、軽やかに揺れる。
「しょうがないな、京子は」
「しょうがないってどういうこと。まさか、その人に・・・・・・」
「違う違う。京子は心配性なんだから」
そういって笑う沙良ちゃんの笑顔は誰よりも眩しかった。キラキラと輝いていて、とてもじゃないけど私には真似できない。
沙良ちゃんは明るく活発で、いつでもクラスの中心にいるようなタイプ。一方の私はクラスの隅っこで目立たないように大人しくしているタイプ。あまりにも違いすぎる。だから、沙良ちゃんから告白されたことは未だに夢のようだ。
「ねぇ、京子はあたしが告白した時の言葉、ちゃんと覚えてる?」
「もちろんだよ。忘れるわけがない」
沙良ちゃんに告白された時、私は冗談か何かかと思った。それまでほぼ喋ったことがなかったからだ。その時、沙良ちゃんは拙いながらも必死に伝えてくれた。
―誰かに認められなくても、褒められなくても、陰でクラスのために行動している京子が好き。あたしにはできないことだし、そういう人って尊敬するから。それで、いつしか目で追うようになって、気づいたら好きになってた―
―でも、私達女の子同士だよ。付き合っても上手くいかないよ―
―誰かと付き合うって、恋をするって、上手にするものかな―
―そ、そんなことはないと思うよ。でも、沙良ちゃんは男の子にモテるよね。頑張っている男の子だって沢山いると思うよ―
―それでも―
「『それでもあたしは京子が好き』だよね」
私はあの日の記憶を手繰り寄せながら、自信なさげに呟いた。沙良ちゃんの隣に並ぶ自信は、付き合って数カ月経った今でも生まれない。
私は引っ込み思案な性格故、「京子って良い子だけど大人しすぎて目立たないよね」と言われることが多い。逆接の後はいつもマイナスな言葉が続く。他者からの私のイメージはそういう風に形成されている。ひとえに自分の性格が原因だ。直そうとしなかった私が悪い。
でも、沙良ちゃんはこんな私を性格ごと受け入れてくれた。私の中にある「逆接」のイメージを百八十度変えてくれた。沙良ちゃんのお陰で自分の性格も逆接も好きになれた。後は、沙良ちゃんの隣に堂々と立てるようになるだけ。自分を少しでも好きになれたから、自信を持ちたい。
沙良ちゃんは突然大きな声で笑い出した。
「ま~た『沙良ちゃんの隣に相応しい人間になれるように』とか考えてるんでしょ」
「え、何で分かったの!?」
「ずっと京子のこと見てたからだよ。きっと京子が思ってるよりも前からね」
「でも、私には自信がないよ。胸を張って沙良ちゃんの彼女って言えない」
「胸を張ってって、京子はあたしより胸ないでしょ」
「あう・・・・・・。い、今は胸の話してないもん」
私は沙良ちゃんから顔を逸らした。そろそろ空が暗くなり始めた。夜空の星が私の視界で一層輝いている。まるで、沙良ちゃんのように。
沙良ちゃんから顔を逸らしているとふっと笑い声が聞こえた。少しの間笑った後、沙良ちゃんは私の両手を取って自分の方へ向ける。繋いだ両手から相手の体温が流れてくる。そこには見たこともないほど真剣な表情をした沙良ちゃんがいた。
「『それでもあたしは京子が好き』」
「っ」
あの時と同じ言葉。あの時と同じ声。私は胸の奥がギュッと締め付けられる感覚に襲われる。
「ごめんね。京子を不安にさせたくて告白されたことを言ったわけじゃないんだ。『告白されても、それでも京子が好きだから自信を持って』って言いたかったの。上手くいかないなぁ」
沙良ちゃんは頭を掻きながら申し訳なさそうに小さく笑った。再び沙良ちゃんのおさげが揺れる。
凄く不思議。今の一言でスッと不安が消えていく。そうか、沙良ちゃんは私が自信を持てるようにしてくれたのか。告白の時も言ってくれた。「恋って上手にするものかな」いや、違う。沙良ちゃんの考えはあの日から何も変わっていない。
「沙良ちゃん、ありがとう。あのね」
「うん」
「私も沙良ちゃんのこと、ずっと好き。まだまだ自信を持てないこともあるけど、『それでも私は沙良ちゃんが好き』」
「ふふ。そうこなくちゃ。でもな~」
「何?」
「告白してきた男、結構イケメンだったんだよ!」
「ちょ、ちょっと沙良ちゃんっ!!」
「冗談だよ。冗談」
二人は顔を見合わせてお互いに吹き出した。誰もいない屋上には二人の笑い声だけが響いている。真っ暗な空では沢山の星がキラキラと輝いていた。
私は勇気を出して沙良ちゃんの手を握り返した。
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