ネコ系後輩の流儀

人間 越

ネコ系後輩の流儀

「……出られん」


 佐々木翔馬ささきしょうまは検討の末にそう結論付けた。

 生徒会準備室。

 他の実習系科目に習ってそう名付けられている物置用の小部屋は、生徒会室からのみ入れ、そこに繋がる扉は一つしかない。

 そしてその扉に鍵が掛けられていた。

 扉とは基本的に外から掛けられ、内側からは取ってのつまみで開けられるものだが、この扉はそれが壊れて久しい。つまみが壊れたのが先かは定かではないが、鍵がかけられることは無く使われていた。貴重品がしまわれているわけでもなく、下校時には生徒会室の扉の鍵さえ閉めておけば防犯上の問題はないという判断である。

 それ故に準備室の鍵は、執務机の脇に掛けられたいくつかの鍵のうち、不動であったのだが。


「全くこうしてはいられないというのに……」


 ため息一つ着きながら、残っている仕事のことを考える。

 往京おうきょう学園と言えば、政財界に多くの卒業生を輩出する言わずとしれた名門校である。偏差値の他、複数回の面接による敷居の高さや、努力を怠れば自主的、強制的問わず退学の恐れがある適正なき者には厳しい学校だ。

 そんな学園の生徒会長と言えば、名義的なものではなく、生徒のトップであり看板である。

 虎視眈々と続くエリートたちがその座を狙う、価値ある立場である。事実、生徒会長を務めたという実績は社会においても効果を発揮する。

 そんなプレッシャーに晒されながら、相応しい成績、態度を継続しながら、生徒会の仕事も全うする。隙は見せられない。

 翔馬はそんな学生生活をかれこれ半年ほど続けてきた猛者であった。

 それ故に、閉じ込められていても冷静を保てていた。

 最も、それが出来た要因はもう一つあり、犯人の目星がついていたことだ。


「そこにいるんだろ、俣度またたび


 閉ざされた扉の向こうに翔馬は言う。

 俣度帆乃佳ほのか。彼女こそが、翔馬を閉じ込めた犯人に違いない。翔馬はそう確信していた。


「あっははー。バレてました?」


 そして翔馬の思う通り、扉の向こうで返事をしたのは、平坦な声音。


「まあ、先輩の交友関係なんて狭いもんですから簡単に目星も付いちゃいますよね」

「からかうのはよせ。俺にはやるべきことがあるんだ」

「やるべきこと~? いやいや高が一高校の生徒会長如きにやるべき仕事、なんてないですよ。別に先輩じゃなくともできますよぉ」


 揶揄するようにいう帆乃佳。しかし、声に感情は乗らない。わざとらしいくらいに棒読みだ。


「関係ない。他の誰にでも出来る仕事だろうと、それを任されたのは生徒会長である俺だ。ならば、俺がやる。俺がやりたい」


 しかし、翔馬は帆乃佳の揶揄いに真っ向から反論する。

 いつからか翔馬に絡んでくるようになったこの後輩は、事なかれ主義というか責任や意地というものか一歩引いている。

 とはいえ、多くものはそう言う風に考えることを翔馬は理解していた。

 誰もが我武者羅に頑張れるわけじゃない。ある仕事や立場について、任されたと感じることが出来る一方で、押し付けられたと感じることがあるように。

 ましてや、たった一度しかない青春時代。生徒会長として様々な業務に費やすことは必ずしも賢いとは言えない。ここが往京という名門であるだけに生徒会長であることに価値はあるが、一般的に見れば生徒会長なんていう経験が役立つ場なんて数えるくらいしかないのだ。

 また、翔馬はそんな厳しさを周囲にも向ける。自分にも厳しいが、周囲にも厳しいのだ。そして、それが災いしてか、翔馬は孤独になった。

 現在、生徒会の他の役職は空席である。

 その分まで翔馬がカバーした。身から出た錆だと。しかし、いるものには自分が認める水準の仕事はしてもらいたい。そう言う性分なのだから仕方ない。


「ふーん。……それで先輩が倒れても?」


「…………ああ」


 返答に間が空いたのは、自分の疲弊が明らかだったから。

 削られた睡眠時間が目の下にクマとして残り、ブラックコーヒーや清涼感の強いガム、エナジードリンクが手放せなくなってきている。

 それで活動時間が確保できても、身体へのダメージは蓄積しているようで、鏡で見て取れるほどには具合が悪い。それも、親や教員が心配で口を出すくらいには。

 そして、帆乃佳もまた自分の身を案じているのが汲み取れたからこそ、問いへの肯定に時間を要した。

 自分のわがままを通す行為だから。そしてそれは、帆乃佳の心配を無下にする行為でもあったから。


「そうですか。……そう言うと思ってましたよ、ええ。思ってましたとも」

「そうか。だったら扉を開けて」

「だから、このままにしておきます。せいぜい仮眠でもしておいてください」

「え? お、おい! おい!」


 自分のわがままを分かってくれた。そう思っていた翔馬は解放されるものとばかり思っていたが、そうならずに困惑する。しかし、帆乃佳からの返事はそれ以上なかった。決裂である。

 

「……なんてことだ」


 帆乃佳がヘソを曲げた以上をどうすることも出来まい。助けを呼ぶにも、廊下へは生徒会を隔てている。騒いだところで誰かが来ることは無いだろう。

 手詰まりを感じ、壁に立てかけてあったパイプ椅子を持ち出し、座る。

 打開策を考えようと頭を回すが、どうもから回る。

 疲れがたまっているなと睡魔を仕方なく思う反面、寝てる場合じゃない起きろとストイックな自分が叫ぶ。しかし、それは圧倒的に劣勢であった。

 翔馬は次第に船をこぎ始め、眠りへと落ちていった。


 ☆        ☆        ☆


「あ、起きた」


 次に翔馬が目を覚ますと扉が開いていた。

 正面には帆乃佳の姿があった。


「気は済んだのか?」

「先輩こそ、疲れは取れました?」

「おかげさまでな。でも、その分今日の分の仕事が明日に回った」


 と、翔馬は帰り支度を始める。

 一時間半ほど眠っていたようで、完全下校時間まで残りわずかだった。


「それなら私がやっておきましたよ」


「……何?」


 帆乃佳に詰め寄るよりも先に執務机の上にある紙束が目についた。近寄ってみればそれは各種申請書類などだった。

 しっかりと目を通してあるようで、十分なものには承認印を、不備があればその欄を囲い、また必要な書類の集め方等のメモが付けられていた。正直言えば、翔馬がする以上の仕事っぷりであった。


「これを、お前が?」


 驚く翔馬が帆乃佳を見つめると、その顔は心なしか誇らしげであった。まるで取ってきた獲物を自慢する猫のように。


「素晴らしい! 凄いじゃないか!」


「べ、別に。誰にでも出来る仕事だって言ったじゃないですか」


 翔馬が褒めると、帆乃佳は髪をいじりながら視線を逸らした。


「俣度! やっぱり生徒会に入ってくれ!」


 そして翔馬が誘う。何度目かになる勧誘だ。

 しかし、帆乃佳は、


「嫌です。面倒くさいですし」


 そう言うや否や、一人で先に帰ってしまった。


「ふむ」

 

 そんな遠くなる帆乃佳の後ろ姿を見ながら翔馬はゆっくりと伸ばした手を下ろした。

 俣度帆乃佳。

 翔馬が疲弊している時に手を貸しに来る気まぐれな猫のような後輩である。

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