第49話 追い詰められるミリア


窓がない貴族牢の中で、時間の経過を感じられるのは食事と就寝の時だけだった。

何時なのかはわからないが、真っ暗にされるので寝る時間なのだと気づく。


この部屋には何もない。小さめの寝台が置かれているだけ。

暇つぶしの本や刺繍道具すらないのだから、やれることは何もなかった。

ただぼーっと寝台に座り、暗くなったら横になって眠る。その繰り返しだった。


アンジェ様にしたことが悪いことだとはわかっていた。

だけど、ジョーゼル様をあきらめることなんてできなかった。

だから…だから、仕方ない。

私とジョーゼル様が結ばれるためには、アンジェ様は邪魔だったのだから。


貴族牢にいれられてもまだ、ジョーゼル様との未来を夢見ていた。




「……!!」


あぁ、また今日も声が聞こえる。

女性の叫び声が近づいてくる。

最初はささやきのようだった声が、少しずつ大きくなっていっている気がする。

今日あたりは何を言ってるのか聞き取れるかもしれない。


隣の部屋に誰かいるのかと思ったが、この時間以外に物音は聞こえない。

数日前に様子を見に来た牢番に聞いたけど、

この部屋は立ち入り禁止区域にあるので、他の者はいないということだった。



「…どうして…」


あぁ、なんとなく聞こえてきた。

誰かを責めるような女性の声。

どこかで聞いたことのあるような気もするけど、思い出せない。

声は眠りにつくまで聞こえていたが、あまり深く考えていなかった。




その声がようやくはっきりと聞こえてくるようになって、おかしいと思い始めた。

すぐ近くで誰かが話しているのかと思うほど、はっきりと聞こえている。

だけど、薄暗い部屋の中、見渡してみても誰もいない…。


「あなたなんかと婚約したなんて!!」

「帰って!今すぐ帰って!もう二度とこなくていいから!」

「エスコート!?婚約者だなんて認めてないって言ったでしょう!」

「私が誰と一緒にいようがあなたには関係ないわ。

 挨拶?そんなの一人で行けばいいでしょう?」


この声は…


「どうして公爵家の私が、侯爵家のあなたのところに嫁がなきゃいけないの?」

「私は王太子妃になってもいいくらいの身分なのよ?」

「王命だなんて…どうしてお父様は断らなかったのかしら。」

「ナイゲラ王国だったのなら、そんな王命聞かなくてよかったのに。」


聞いただけでトゲが刺さるような、この声は…私?


「私に近寄らないで!ダンスなんて踊らないわ!」

「せっかくのお誕生日なのに、あなたに祝われたら台無しよ。」

「え?贈り物なんていらないわ。そのまま持ち帰って?」


きぃきぃと高い声で叫ぶように罵倒し続ける。

その声よりも、その言葉に思い当たる。

すべて…私がジョーゼル様に言ったことだと。


「どうして王命でジョーゼル様と婚約しなきゃいけないのかしら!」


…王命じゃなく、ジョーゼル様から求婚されたなら素直になれたのに。


「王命だなんて、お父様もすぐに断ればよかったのに!」


…私がお父様にお願いして無理に婚約させたわけじゃないのよ?


「婚約者だからって一緒に居なきゃいけないわけじゃないわ!」


…婚約者だからって無理に一緒にいさせているわけじゃない。

ジョーゼル様が会いに来てくれるのは、私に会いたいからよね?



耳をふさいでも、掛け布にくるまっても、声は聞こえ続ける。

そのうち耳のすぐ横で、頭の中で、声が響いてくる。



何日も何日も自分の声を聞かされ…眠れなくなっていく。

もう起きているのか、夢の中にいるのか…わからなくなっていた。




「ねぇ、君はジョーゼル様に嫌われたかったのかい?」


聞いたことのない男性の声が聞こえた。


「…ちがうわ。」


久しぶりに声を出したら、いつもよりもかすれていた。

小さな弱弱しい声で、夜に聞かされていた私の声とは別人のように聞こえる。


「ふぅん。じゃあ、何のためにジョーゼル様を遠ざけていたんだ?」


面白そうに聞いてくる男性の声に、素直に答えていた。

この部屋に入れられて、牢番と話したのはもう一月は前のことだ。

それから誰とも話していない。

自分の声だけが聞こえてくる部屋で、ようやく聞こえた自分以外の声。

知らない人でもかまわなかった。少しでも多く話していたい。


「…ルチアに…ずるいって言われたの。」

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