第41話 嵐の後


呆然としたままのミリア様と護衛騎士の二人が、

無理やり引きずられるように連れて行かれる。

護衛騎士は予想通り女性だったようで、かつらを取られた姿になっていた。

あらかじめミリア様が何をしようとしているか計画を知らされ、

女性だとわかってはいたものの、二人とも男性のような体格だったため、

力づくで担ぎ上げられた時にはそれなりに怖かった。



とりあえず落ち着こうと全員でソファに座ると、

ハインツ様の指示で隠れていた王宮の侍女二人が出てきて、

私の乱れた髪を手早く直して後ろへと控えた。

部屋の中には私とゼル様、ハインツ様とケイン兄さまが残された。

近衛騎士たちは部屋の外で待機することになっているのか、全員が廊下に出ていた。



「さて、ジョーゼル。

 式典終わってないんだろう?

 アンジェはお前が迎えに来るまで俺たちが守ってるから行っておいで。」


「…お願いします。

 アンジェ、終わったらすぐ戻るから待ってて。」


「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ。

 皆さんお待ちでしょうから、早く行ってあげてください。」


「ああ。」


部屋を出たゼル様が走っていく音が聞こえる。

本当は式典の間はハインツ様とケイン兄様に任せるはずだったのだが、

どうしても我慢できずにゼル様も戻ってきてしまったらしい。

卒業式典には出席せず、後から王族として挨拶をすることに変更したそうだ。

今頃は式典も終わり、卒業生たちはゼル様が来るのを待っているだろう。



「さて、お茶でも飲んで待っていようか。

 ケイン、お茶淹れてくれる?」


「ケイン兄様、私が淹れましょうか?」


「アンジェはお茶なんて淹れたことないだろう。

 座って待ってていいよ。」


「…はぁい。」


淹れたことがないわけじゃないけれど、慣れてはいない。

ケイン兄様に座ってていいと言われたので、おとなしく座ったままでいる。

手慣れたようにお茶を淹れるケイン兄様を見ていると、ハインツ様が声無く笑っていた。


「さすが従兄弟だね。

 そんな風に不機嫌なアンジェは初めて見たよ。

 俺だって小さいころから会ってる親戚なのにな。」


そんなことを言われるとは思っていなかったけれど、

同じ親戚でもハインツ様とケイン兄様とは関わりが違いすぎる。


「ケイン兄様は従兄というよりも本当の兄妹のように育ちましたから。」


「アンジェは侯爵家に住んでいた時期があるんです。

 ハインツ様がうちに来るようになる少し前に公爵家に戻りました。

 下手なことすれば元王妃を余計に刺激しそうだったので、

 ハインツ様と会わせるわけにはいかなかったですし、

 学園入学前のちょうどいい時期だったので公爵家に帰すことになったんです。」


「あぁ、なんだ。侯爵家にいたのか。

 それじゃ、兄妹みたいっていうのも納得だな。」


話しているうちに目の前にいい香りがするお茶が置かれた。

一口飲むと、柔らかな花の匂いと甘い蜂蜜の味がした。

私の様子を見たケイン兄様が満足げな顔して聞いてくる。


「疲れている時は甘いほうがいいだろう?」


「美味しい。」


確かに私がお茶を淹れなくて正解だったようだ。

こんなにおいしくお茶を淹れるなんて、どうやっても無理だった。


「さて、思ったよりも動揺してなさそうだね。

 来るのはわかってたし、平気だった?」


「いえ、かなり驚きました。

 まさかミリア様自身が来るとは思っていませんでしたから。」


あの計画には誰が実行するかは書かれていなかった。

だから、まさか謹慎中のミリア様が来るとは思っていなかった。



「おそらく手伝ってくれる者があの護衛二人だけだったんだろう。

 さすがに謹慎中の公爵令嬢が裏のものと接触することは難しい。

 あの二人は公爵領出身の女性騎士だな。

 ナイゲラ公爵領のものは体格が大きいものが多い。

 ミリアの護衛をしていて絆されて手伝ったとか、そんなところだろう。」


「あぁ、なるほど。

 ナイゲラ公爵領は元は違う民族でしたね。

 公爵も大きい方でしたし…ミリア様は母親似なのですね。


 …実行されるとは思っていなかったです。

 ミリア様が思いとどまってくれることを願っていましたけど、

 ここまで計画通りに実行されてしまったら…庇えません。」


「そうだね…でも、アンジェにあの計画を伝えた時は、

 正直言って計画の段階でつぶしてほしいと言われると思ってた。」


「……。」


「ジョーゼルには止められたんじゃないの?

 いくらわかっていても守り切れないかもしれない。

 安全だとは言い切れない。怪我くらいはする可能性が高かったし。

 よくジョーゼルを説得したね?」


本当は今日ここに来る馬車の中でまで止められていた。

やっぱりアンジェを囮にするようなことはしたくないと。

それを無理やり押し通したのは私だ。


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