第40話 気づくことなく

「ゆっくり楽しんでいらしてね?」


「離して!!ミリア様、こんなことやめさせて!」


「騒いでも無駄よ?人払いしてあるもの。」


「!!」


ジタバタと暴れようとしても、体格差がある二人の護衛騎士の力にはかなわず、

担ぎ上げられたまま後ろへと連れて行かれる。

王族休憩室の奥にある部屋への扉が開く音が聞こえた直後、

つかまえられていた腕が離され、一瞬ふわりと宙に浮いた後、

慣れ親しんだ腕の中へと抱きかかえられた。


「大丈夫?」


「はい…ゼル様。」


もう大丈夫だという安心感で涙が一粒こぼれた。

それをくちびるでぬぐい取るようにされ、思わずゼル様の胸に顔を隠す。


「あぁ、恥ずかしかったか、ごめんな。

 手がふさがってたから…思わず。」


「…大丈夫です。」


「立てるか?」


「ええ。」


ゆっくりと足を地面に降ろされ、ゼル様の腕につかまったまま立ち上がる。

まだ足はふるえているが、支えられていれば大丈夫そうだった。


「アンジェ、大丈夫だった?」


「はい、ハインツ様。何ともありませんわ。」


心配そうに声をかけられてふりかえると、

ハインツ様とケイン兄様がミリア様を取り押さえているところだった。

護衛騎士の二人と思われるものたちも、近衛騎士に押さえつけられ縛られている。


「ど、どうして…。」


ミリア様が力なくつぶやくのを聞いて、ゼル様がにらみつける。


「お前が何かしてくるのはわかっていた。

 式典中なのかパーティ中なのかは不明だったが、

 アンジェを一人にしておけば狙われるのは知っていた。」


「…知っていて、なぜ?」


ハインツ様とケイン兄様に挟まれるようにされ、

愕然としたままミリア様がつぶやいたが…

そんなことを言えば余計にきつい口調で責められるだけなのに。

わかっていたなら止めて欲しかった、とでも言いたいのだろうけれど。


「計画の時点でつかまえて処罰させることもできたが、

 アンジェはミリアの良心を信じたいと言っていた。

 計画を立てるのと実行するのではまるで責任の重さが違うと。

 実際に行う前に、きっと気がついて止めてくれると信じていたんだ。」


「まぁ、俺はやめるとは思っていなかった。

 ジョーゼルとアンジェの希望通り、実行されるまでは待ったが、

 その後はいつでも取り押さえられるよう近衛騎士を配置して話を聞いていた。」


ゼル様だけでなく、ハインツ様にも軽蔑されるような目で見られ、

ミリア様は崩れ落ちるように座り込んだ。


計画を知らされたときは本当に驚いたし悲しかった。

まさか、本当に実行するだなんて思わなかった。

こんなことをしてもミリア様は幸せにはなれない。

ゼル様がミリア様に戻ることはない、そう思ったから。


その考えが甘かったんだろうか。


「ミリア様は…どうしたかったのですか?

 こんなことをして、もしうまくいったとしても、

 ゼル様はミリア様のところにはいきません。

 私と婚約解消になったとしても、他の令嬢と婚約するだけです。」


「…そんなの嘘よ。

 アンジェ様と婚約解消になれば、私のところに戻ってきてくれる。

 だって、あんなに優しかったのだもの。

 今度は私だって…ジョーゼル様に優しくできるから…。」


「その優しさを受け取らずにダメにしたのはお前だろう?

 あれだけジョーゼルをないがしろにしていたんだ。

 父上だって、もしアンジェがダメでもミリアだけは選ばない。」


「…そんな。」


ため息しか出ない。

婚約した時にはジョーゼル様はミリア様を大事にすると決めていたはずだ。

だからこそ、何度拒絶されても悲しそうに微笑むだけで…。

あの時に素直に気持ちを返していたのなら、こんなことにはならなかった。


ミリア様が最初に何を思って好きなはずのゼル様に冷たくしたのかはわからない。

だけど、もう取り返しがつかないほどにこじれてしまった。

ゼル様がミリア様に好意を抱くことはもう二度とない。

そうしてしまったのは、ミリア様自身なのに…そのことに気がついていない。


気がついていれば、こんなことにはならなかったのに。



「ミリアを王宮の貴族牢へと連れて行け。

 その二人は一人ずつ取り調べる。

 別々に牢に入れておけ。」



「「「「はっ!!」」」」



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