第38話 再会


卒業記念式典の後のパーティに出席するためドレスで学園へと来たのはいいが、

長めの裾が気になって馬車から降りるのに手間取っていた。


「抱きかかえて降りようか?」


「えっと…大丈夫そうです。」


見かねたゼル様から抱えて降りるかと聞かれたけれど、

さすがに周りの人の目が気になって断った。

抱き上げる代わりに両腕を支えてもらって、

足元が見えない不安の中、馬車からゆっくりと降りる。


軽い布地を重ねたドレスが、風にゆれてふわんとふくらんだ。

いかにも軽そうなドレスのスカートが気になるのか、

ゼル様が困ったような顔をした。


「こういう羽を重ねた感じのドレス、アンジェにとてもよく似合うんだけど、

 学園でのパーティには向いていなかったかな…。

 王宮内ならそんなことはないけれど、ここは外を歩くことが多いから…。

 風でドレスがめくれそうで不安になる。

 アンジェを守るためにも…俺がずっと足元を押さえておけばいいか?」


そんなことを真顔で聞いてくるゼル様に、笑いをこらえきれずに答える。


「ふふふ。そこまで心配しなくても大丈夫です。

 軽くてめくれそうでも、広がりすぎないように中は糸で縫われてあります。

 ただ、いつものドレスより裾が長めなので踏みそうで怖いんですよね。

 慌てて動いたりすると転びそうで。」


今日のドレスはゼル様が贈ってくれたもので、淡い緑色に黄色の刺繍が入った、

いつものドレスよりもスカートの膨らみが強調されたものだった。

羽を重ねたというゼル様の言葉通り柔らかな薄布を重ねていて、

たしかに見た目は軽そうではある。

だが実際は普通のドレスとは違って中に細工されているため、

しっかりと重みが感じられる。

ゼル様に心配されたように風でめくれあがったりすることはない。


「めくれないのならいいけど…あぁ、そういえば。

 アンジェに初めてふれた時も裾を踏んで転びそうだったな。

 じゃあ、今日は歩くときはずっと俺が隣でエスコートするか。

 それなら大丈夫だろう?」


「ええ。お願いしますね?」


卒業生だけが出席する式典中は、在学生である私は会場に入れない。

そのため用意された休憩室で待つことになる。

今日は第二王子となったゼル様の婚約者として、

学園内にある王族用の休憩室を使っていいことになっている。

なぜ学園内に王族用の休憩室があるのかと思えば、

陛下が視察に訪れる際に使用するらしい。


私が歩くときは必ずエスコートすると約束してくれたゼル様は、

その約束通り休憩室の中までエスコートし、

私をソファに座らせると急いで式典会場へと向かって行った。


今日の式典では卒業生代表の挨拶をすることになっているそうだから、

本当はもっと早めに会場に入って打合せしなければいけなかったのかもしれない。

いつもよりも歩幅を広めに去っていくゼル様を見て、大丈夫かしらと心配になった。


王族の休憩室の中には王宮から派遣された侍女が二人、

休憩室の扉の外側には王宮の騎士服を着た護衛騎士が二人立っていた。

侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、二時間ほどある式典が終わるのを待つ。

テーブルには刺繍道具や本が置かれ、暇つぶしをするのにも困らなそうだ。


卒業を祝う贈り物として、ゼル様にはカフスボタンを贈っている。

今日はそれをつけて式に出席してくれているが、手紙でもお祝いの言葉を贈りたかった。

一緒に刺繍したハンカチをつけて贈ってもいいかもしれないと思い、

置かれていた籠の中から布地を選び始める。

そのうち手ざわりのいい一枚を選び取り、銀糸を針に通した。

ひと針ひと針に想いをこめるように刺繍していく。

あまりに集中しすぎて近くから声をかけられているのにもかかわらず、

気が付くのに一瞬遅れた。


「お久しぶりですね、アンジェ様。」



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