第37話 王太子の執務室


卒業まであとひと月という時期に、

ハインツ様との顔合わせのために王宮へと呼び出されていた。


つい最近まで落ち着かなかったという王宮だが、

元王妃が使用人たちと共にフランディ国へ送られたことで、

ようやく昔の静けさを取り戻していた。

最後まで自分の非を認めなかったという元王妃だが、

フランディ国へ帰れば元王妃を厭う異母兄の国王が待っている。


元王妃への処罰はこの国ではされず、

フランディ国へ強制帰国させることで決着が付いた。

これは同盟国であるフランディ国の元王女を処刑するという、

両国の関係に傷を残すような処罰を避けるためでもあり、

そのことでフランディ国の国王は陛下へ非公式ではあるが頭を下げたという。


おそらく元王妃はフランディ国へ帰った後は離宮に幽閉され、

人々が忘れたころになって病死と発表されることになるのだろう。

フランツ様は元王妃たちと一緒に帰国する予定ではあったが、

未だに一人では起き上がることもできないような状況で、

馬車に乗せて帰国することは難しかった。

このまま王宮の片隅でひっそりと生きていくことになるのかもしれない。


王太子となったハインツ様は王宮内に執務室を与えられ、

側近たちと共にそこで仕事をしている。

今日の顔合わせは卒業後の仕事内容の説明だけだということで、

仕事中のハインツ様のところへ俺が挨拶にいくことになっている。



執務室の中に入ると、部屋では側近たちが机に向かって仕事をしていた。

俺に気が付いたのか、ケイン様が席を立って出迎えてくれる。


「久しぶり。今日は顔合わせだよな?」


「ああ。ハインツ様は?」


「奥にいるよ。こっちだ。」


どうやら側近たちとは別の部屋にいるハインツ様のところへ案内してくれるようだ。

いくつか続き部屋へのドアがあるうちの真ん中を開けると、

奥側の大きな机にハインツ様が座っている。

その手前に応接セットが置かれていて、そこに座ってと声をかけられた。


「ちょっと待って。この仕事だけ終えるから。」


「わかりました。」


ソファに座って待つと、ケイン様がお茶を運んできてくれる。

この部屋付きの女官や侍女は置いていないらしい。

ハインツ様は毒見役を置くのを嫌うと聞いていたので、

お茶はケイン様が淹れることになっているのかもしれない。


「待たせてごめん。

 今日はジョーゼルとの顔合わせというか、

 俺担当薬師の仕事について説明しておこうと思って。

 まず、昼食と夕食は一緒にとってもらうことになる。

 今まではキュリシュ侯爵が毒見のためだけに来てくれてたんだが、

 侯爵は父上と母上のところも行かなきゃいけないからね。

 なかなか時間を合わせるのに苦労してたけど…。

 ジョーゼルの担当は俺だけになるようだから、俺に合わせてもらいたい。」


「わかりました。でも、朝食はいいんですか?」


「うん。朝はね、大丈夫だよ。

 いつもユリエルが作ってくれたものをケインが持ってきてくれる。

 だから毒見は必要ない。

 午前中は来なくてもかまわないし、薬師室のほうに行っててもいい。

 ただ、食事中は一緒にいて欲しいと思っている。

 これは…薬師としてではなく、王位継承権を持つものとして、だ。

 俺や側近たちは食事中に今後の予定や情勢について話し合っている。

 …その話し合いにジョーゼルも参加してほしい。」


少しだけ申し訳なさそうな顔のハインツ様だけど、それも仕方ないかと思う。

第二王子だったフランツ様は王籍から外れている。

王太子のハインツ様に何かあれば、王の直系は俺だけになる。

アンジェとの結婚と共に王籍から抜けるつもりだったのだが、

それは許されなくなってしまった。

ハインツ様が結婚して子ができるまで待たなければいけない。

婚約者のユリエル様が学園を卒業するまであと二年。

子が生まれるのは早くてもそれから一年。

少なくともあと三年は王子として、

ハインツ様に何かあった時の代わりとして存在しなければいけない。


「それも仕事ですから、そんな申し訳なさそうな顔をしないでください。

 朝はアンジェを学園まで送ってから王宮に来る予定です。

 午前中は薬師室で修業をして、昼にこちらに来ます。

 午後は…そうですね、ハインツ様の診察をして、

 残りの時間はケイン様についていればいいですか?」


「ああ、そうしてくれると助かる。

 あとは、視察には必ず同行してくれ。

 視察先で飲食する可能性もあるし、何よりその日のうちに帰れないこともある。

 今までは制限がついていたが、できる限り国の内情はこの目で見ておきたい。」


「わかりました。」


今まではキュリシュ侯爵一人で王族三人の命を守っていた。

ハインツ様が視察で王宮を離れることは許されなかったはずだ。

俺がついていくことで視察にも行けるし、俺自身もまた視察に行くことで、

王族としての勉強をしろという意味もあるのだと思う。


「あぁ、呼び方は今まで通り兄上で頼むよ。

 たった一人の弟なんだ。ハインツ様だなんて呼ばれると悲しくなる。」


「…はい、兄上。」


なんとなく肩の力が抜けて笑ったら、兄上にもにっこり笑い返された。

仕事の説明のためだけに来たのであれば、今日はもう帰ったほうがいいだろうか。

具体的な仕事内容はまた卒業後に説明されることになるだろうし。

そう思った時、ケイン様が俺の隣に座った。

何かケイン様からも説明があるのかと思っていたら、何か書類のようなものを渡される。

ざっと目を通し、その内容に驚いて顔をあげて兄上に確認する。


「…これは本当ですか?」


「あぁ、王族の影が調べた結果だ。

 そのあとでケインにも調べてもらったが、同じ結果が出た。

 …これは計画のうちにつぶすこともできるが、それでいいのか判断に迷う。

 アンジェと相談してから返事をもらえるか?

 二人がどうしたいのか、その結果には全力で手を貸そう。」


「…わかりました。

 少し時間をください。」




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