第33話 神の怒り


「フランツ様、意識はありますか?

 もう、立っているのもつらいんじゃないですか?

 私の治療を受けてくれませんかね?」


「治療…なんのことだ?」


「痛みを感じなくさせるためにマニヌラの根を飲んだでしょう?」


「違う…俺は何も飲んでない…。」


ふらふらと歩き出したフランツ様を王妃が止めようとするが、その手は振りほどかれた。

こちらに向かって一歩、また一歩と近づいてくるが、

その様子は生気を感じさせなかった。

止めようと思えばすぐに止められるのだろうが、

王子という身分ゆえ周りが下手に止めに入ることもできない。


「俺は…運命の乙女に選ばれた…運命の相手だ。」


ついに目の前まで来たフランツ様に怖さで何も言えない。

逃げ出したかったけれど、怖くて足が動かない。

すぐそばにいるゼル様に助けてと伝えるだけでいいはずなのに、

のどが絞められたように声が出ない。


「俺の…俺のものだ…。」


フランツ様が両手をのばしてきて、

抱きしめられそうになって、初めてその手を振り払った。


「さわらないでっ!」


怖さのあまり目を閉じてその場に座り込んだ。

バチバチバチと聞いたこともないような激しい音がして、

目を開けたらフランツ様が離れたところに倒れているのがわかった。

先ほどまですぐ近くにいて、私を抱きしめようとしていたのに、

どうしてそんな離れた場所に倒れているのだろう?


「大丈夫か!アンジェ!」


後ろからゼル様にもう大丈夫だと抱きしめられる。

それでも震えが止まらなくて立ち上がれないことを知ると、

ゼル様は包み込むように私を抱き上げてくれた。

心配そうに顔を覗き込まれたけれど、まだ怖くて震えが止まらない。


「ご、ごめんなさい。ゼル様…。」


「いい、大丈夫だから。

 こんなに震えて…アンジェ、もう大丈夫だよ。」


優しいゼル様の言葉にようやく震えがおさまりかけた。

その後ろから王妃の叫ぶような声が聞こえた。


「フランツ!フランツ!!

 あぁ、どうして!誰か、早くフランツを助けて!」


「キュリシュ侯爵、フランツの治療を頼めるか?」


「かしこまりました。」


キュリシュ侯爵の指示の下、騎士たちがフランツ様をどこかへと運んでいく。

王妃もそれについていこうとしたが、治療の邪魔になると断られていた。

フランツ様を見送った後、呆然として座り込んでいる王妃へ陛下が諭すように話す。


「あれが神の怒りだ。

 神は運命の乙女の相手に、フランツを選ばなかった。


 …王子が無理やり結婚しようとしたら、次に生まれた乙女は弾くようになった。

 もしかしたら、今度無理やり結婚しようとする王子がいたら、

 初夜まで待たずに結婚式の最中に雷に打たれるかもしれんと考えていた。

 まさか、拒否されただけで雷に打たれるとは。」


え?拒否しただけで雷に打たれた?

まさか、フランツ様が倒れていたのって、そういうこと?

驚いていると近くに来ていたハインツ様が小声で説明してくれた。


「さっき、アンジェは目をつぶってしまっていただろう?

 アンジェがさわらないでって言った瞬間、

 フランツが何か見えない壁のようなものに弾かれるように飛ばされて、

 倒れた場所で雷に打たれていたよ。

 …一度の雷で済んだだけ、マシかもしれないけれど。」


…フランツ様は本当に雷に打たれたようだ。

まさか私が拒否しただけでこんなことになるとは思わなかった。


身動き一つしないで座り込む王妃に手を貸すこともなく、陛下は話続けている。

王妃を見る目は冷たく、自分の妃に向けるような温かさは感じられなかった。

仲がいいという話は聞いたことがなかったが、

隣国の王女だった王妃の横暴を止めるようなこともなかった。

それも…今日で終わるのかもしれない。


「王妃もこれでわかっただろう。

 …マニヌラの根については、改めて話を聞くことになる。

 たとえ実の母だとしても、王子に毒を飲ませるのは大罪だ。

 何もなかったことにはできない。

 衛兵、王妃を部屋に戻せ。監視をつけて軟禁しておけ。」


「「「はっ!」」」


もう何も話さなくなってしまった王妃が侍女たちに支えられながら、

衛兵によって部屋へと戻されていく。

その後ろ姿は、今までのような傲慢さは微塵にも感じられなかった。

哀れな母親、そんな感じがしていた。




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