第31話 親愛の挨拶

「アンジェ、そなたはきちんとこの国を見て判断することができると思っている。

 そのアンジェがフランツを選ばないというのなら、

 そうするだけの理由があるのだろう?教えてくれるか?」


小さいころから私を娘のように可愛がってくれている陛下だが、

この国のためなら私を政略結婚させることもいとわないだろう。

その陛下が、国王として聞いている。

フランツ様が嫌だからではなく、この国の利益を考えて断ったのだろう、と。


「はい。まず、フランツ様は運命の相手ではありません。

 これを証明しろと言われると困りますが、

 私には弾く感覚が確かにありました。

 もし、本当にフランツ様が運命の相手だった上で、

 陛下がフランツ様と私の結婚がこの国を良くすると判断したのでしたら、

 それが私の気持ちとは違っていたとしても承諾いたしました。」


「では!」


「王妃は黙れ…アンジェ、続きを。」


「フランツ様は運命の相手ではありません。

 もし、フランツ様と結婚するようなことがあれば、それは神の意思に反します。

 運命の乙女の相手は、神に認められた相手です。

 それを偽るようなことがあれば、この国のためにはならないでしょう。」


「そのような世迷言を!」


「世迷言ではない。」


「陛下!?」


陛下が自分の味方についてくれないことを知り、

どうしてと言わんばかりに王妃が問う。

王妃にとってみれば、フランツ様が王になることがこの国のためで、

そのためなら陛下もうなずいてくれると信じていたのかもしれない。


「昔…運命の乙女の証明は光るだけだった。

 それを悪用して、無理やり運命の乙女を娶ろうとした王子がいた。

 婚姻の夜、運命の乙女を自分のものにしようとしたその男は、

 部屋の中だというのに雷に打たれて死んだ。

 その王子は、まるで何十回も雷に打たれたように黒く焼け落ちていた。

 当時の国王が調べさせた結果、王子は運命の相手ではなく、

 道具で光らせて偽るという大罪を犯したことがわかった。」


広間中の貴族が静まり返り、陛下の声だけが響き渡る。

貴族たちが初めて聞く運命の乙女の話は、おそらく王族だけに伝わるもの。

王子が運命の乙女を騙したという話は、王家の恥にしかならない。

そのことは当時の貴族たちには伝えられなかったはずだ。


「それを知った国王は運命の乙女に真摯に謝り、

 本当の相手を探したが、その相手は王子の護衛をしていた騎士だった。

 二人は無事に結婚し辺境伯を継いだという話が王族と辺境伯にだけ伝わっている。

 他国から嫁いできた王妃は知らない話だろうが、これは真実だ。


 その次に生まれた運命の乙女は光だけでなく、痛みと共に弾くようになった。

 運命の乙女にすぐさま変化があったというのは、

 神が…その一部始終を見ていたということだろう。」


「…フランツは偽ってなぞいませんわ!?」


陛下の話と私の証言から、フランツ様が何かしたという雰囲気になっていた。

それに耐えきれなくなったのか、王妃がフランツ様を庇うように言う。

間違いなくフランツ様は運命の相手ではない。

私にはそれがわかるが、それを証明することはできない。


この場ではこれ以上議論しても無駄かと皆が思い始めた時、

ハインツ様が陛下へと歩み出た。


「…父上、少し試してみたいことがあるのですが、よろしいですか?」


「ハインツ、どうした?」


「求婚はしません。ですが、アンジェにふれてみてもいいでしょうか?」


「何かあるのだな?アンジェ、かまわないか?」


「ええ。手にふれるだけですよね?ハインツ様はゼル様のお兄様ですもの。

 親愛の挨拶として手にふれるのは、おかしくありません。」


フランツ様にさわられるのはもう二度と嫌だけど、

普通の公爵令嬢であれば第一王子であるハインツ様とダンスを踊っていて当然。

運命の乙女でなければ、手にふれる機会などいくらでもあったはず。


近づいてきたハインツ様はゼル様に少し手にふれるだけだから、

と言って私の前に立った。

求婚ではないので、ハインツ様が跪いたりすることは無い。


「少しだけ我慢してね。手を出してくれる?」


「はい。」


右手を差し出すと、ハインツ様が私の手にふれる。

バチと弾く感覚があったが、ハインツ様はそのまま私の手にふれている。

バチバチと弾く感覚はフランツ様の時よりは小さい。

それでも結構な痛みを感じているはずなのに、ハインツ様は平気な顔をしている。


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