第28話 広まった噂

「お待ちください。」


無礼にも、夜会の挨拶中の陛下の言葉をさえぎったのは王妃だった。

金色というよりは栗色に近い髪をゆったりとまとめ、

いつもと同じように微笑んでいる王妃が前に出て陛下の隣へと立つ。

あまりのことに陛下も憮然とした表情を隠さずに問いかける。


「王妃よ。何事だ。」


「第三王子が運命の相手に選ばれた、

 だから婚約者にという結論を出すのは早いと思いますわ。

 運命の乙女の相手は一人とは限らない、という話を聞きました。」


「なんだと?」


「運命の相手が一人ではないのであれば、

 第三王子の他にも婚約者候補がいることになります。

 そう思いませんか?」


「いや、そんな話は聞いたことがないぞ?」


王妃の毒々しいほどに赤い唇から紡ぎ出される言葉が、

少しずつこの夜会という場を支配していくように聞こえてくる。


運命の乙女の相手は一人とは限らない。

あの噂のことを王妃が言い出すとは、何を考えてのこと?

広間にいる貴族たちもその噂は聞いたことがあったようで、

何人かのささやきあうような声が聞こえた。


「あの噂、本当だったの?」

「あぁ、俺も聞いたな、その話。」

「一人じゃなかったら、婚約はどうなるんだ?」

「候補者の中から選ぶことになるんじゃないのか?」


そのざわめきを聞き取ったのか、陛下がすぐ近くにいた侯爵夫人に問いかける。

社交が得意な夫人で、お茶会での話題をよく知っている人物だ。


「夫人はその話を知っているのか?」


「ええ、確かにそのような話を聞きましたわ。

 運命の乙女の相手は一人ではない。

 何人かいて、その中の誰かを見つけて結婚するのだと。

 どこから出てきた話なのかいつの間にか広まっていて、

 信憑性はわかりませんが…。

 たしかに一人だけだったとしたら探すのは大変でしょうからね。

 その中の誰か一人を探すということなら納得もできます。」


「ふむ…それもそうか?」


確かに史実にはそんな話は存在しない。

だからといって、いないということは証明できたわけではない。

お茶会での噂だとしても、これほど多くの人が知ってしまえば、

ただの噂として切り捨てることもできない。

…でも、ゼル様の他に相手が見つかったわけではないのに、

王妃はどうしようというのだろう。


「そのような噂があったというのはわかった。だが、王妃。

 一人じゃないかもしれないが、もうすでにジョーゼルが見つかったのだ。

 これ以上探す必要はないだろう。」


「いいえ、陛下。それではいけませんわ。

 運命の乙女に選ばれたものは賢王になると言われています。

 第三王子は王族を抜けるつもりなのでしょう?

 いえ、そのことについては文句はありません。

 侯爵家で育った王子では王になる教育を受けておりませんもの。

 今さら王子には戻れないでしょう。

 

 ですが、もし、王子たちも運命の相手だとしたらどうでしょう?

 賢王になるかもしれないのに、気が付かないままだったとしたら、

 それはこの国のためにはなりませんわ。」


「王子たち?ハインツとフランツが運命の相手かもしれないというのか?」


「ええ。二人とも求婚しておりません。

 それに…フランツは運命の乙女と逢瀬を重ねていたと聞いております。

 求婚する前にしっかりと気持ちを確認してからと考えていたところ、

 第三王子が交流することなく求婚したせいで引き裂かれた、とも。」


え?フランツ様と逢瀬を重ねていたってどういうこと?

まさか学園で一方的に押しかけてこられていたのが逢瀬だとでも?

気持ちを確認されたことなんて一度もありませんでしたけど?

否定したいが、発言を求められてもいないこの場で否定することもできない。

それはジョーゼル様も同じだったようで、

隣からギリっと歯を食いしばる音が聞こえた。

隣を見たら、ジョーゼル様が今まで見たこともない冷たい表情だった。

ハインツ様も冷静な様子ではあるが、怒りをこらえているのがわかる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る