第5話 待つ間


謁見室の近くにはいくつかの応接室が用意されている。

謁見する貴族が陛下に呼ばれるまで待つ間に使用するものだ。

その一つに入るとソファに座るように勧められた。


「多分、結構待つと思うから座ろう。隣に座っても良いか?

 向かいのソファに座るとちょっと距離がある。

 あまり大きな声で話したくないんだ。」


「ええ、わかりました。」


広い応接室の大きなソファは座り込ごちは良いが、

確かに向かいのソファとは少し離れている。

おそらくジョーゼル様の婚約者のことを話すのだと思うし、

あまり大きな声で話すことではないだろう。

先ほどの陛下との話の感じだと良い話には思えなかった。

私が先にソファに座ると、その隣にジョーゼル様が座った。


すぐに話が始まるのかと思ったが、なかなか話は始まらなかった。

ジョーゼル様の表情がなんだかつらそうに見えて、

じっと見ていたら視線に気が付かれて微笑まれる。

だけど、やっぱりその表情は少し無理しているように見えた。


「ジョーゼル様、どうかしましたか?」


「あぁ、大丈夫だよ。

 ただ、思い出すとやっぱり少し嫌な気持ちになると言うか…。

 でも、この後会うと思うし、聞いてくれる?」


「ええ。」


ジョーゼル様は気持ちを切り替えるように大きく息を吐いて、

静かな声で話し始めた。


「俺の婚約者って、王命で決められたものだったんだ。

 ナイゲラ公爵家のミリア様。今、学園の一学年にいる。十六歳。

 婚約したのは四年前だった。」


「拒絶されていたって言っていましたよね…?」


「…初対面で、あなたなんかと結婚したくないってはっきり言われたよ。

 会いたくない、近寄らないで、

 一緒に馬車なんか乗らない、エスコートもいらない。

 会いに行っても、手紙を送っても、いつも拒絶する言葉だけだった。

 今年の誕生日パーティでは贈り物を開けてももらえずに突き返された。」


「…それは本当に拒絶されていますね。」


婚約者として当然の交流すら断られたというのは、他では聞いたことがない。

婚約するということは家同士のつきあいになるのだから、

どれだけ苦手な相手だとしても表面上はおだやかにつきあうのが当たり前だ。

それが王命なのだとしたら、拒絶するなんてありえない話だった。


「俺はもう途中からあきらめていた。

 これほど嫌われていたら婚約解消になるだろうし、何を言われてもいいやって。

 早くナイゲラ公爵が陛下に何か言ってくれないかなって思ってたよ。

 王命だし、爵位が下のうちからは何も言えないし。

 そもそも侯爵家の俺が王命で婚約っていう意味も分からなかった。」


「そうですね…王命で婚約と言われたら何も言えないですよね。

 陛下も何か政治的な思惑があって婚約させたのでしょうし。

 ミリア様はどうしてそんなにもジョーゼル様を拒絶したのでしょうか?」


ミリア様も当時十二歳だとはいえ、公爵家の令嬢として、

王命による婚約の重要性は理解できていたはずだと思うのに…。


「俺が嫌いだからだろう?」


「ジョーゼル様のどこを見たら嫌いになれるのでしょう?」


「…。」「…!ごめんなさい。また観察してたみたいです…。」


学園でも一二を争うほど人気の高いジョーゼル様をそんなに拒絶するとは。

侯爵家特有の銀髪は結ばれているが、きちんと手入れがされているのがわかる。

優しそうな紫色の瞳は眼鏡に隠されていても魅力的に見える。

性格は理性的で穏やかという評判だったし、

自分より身分の高いフランツ王子のわがままを止めてくれる時もあった。

今まであまり話すことはなかったが、それでも感じのいい人だと思っていた。

こうして話してみると、ますます評価は高くなるばかりで…。

ミリア様が嫌う理由が何一つ思い当たらなかった。


「いやいいよ。アンジェ様になら観察されていても嫌じゃないから。

 それでミリア様には散々拒絶されて慣れているのに、

 なぜかアンジェ様にフランツ様が拒絶されているのを見ていたら、

 関係ないはずの俺の胸が痛かった。

 …多分、俺はアンジェ様に拒絶されたくないんだと思う。」


「そうなのですか?

 私が拒絶していたのはフランツ様で、ジョーゼル様じゃありませんよ?」


「うん…俺も今になってようやくわかったって感じ。

 どうして嫌なのかがわからなかったから不安で、

 おもわず公爵家にまで訪ねてしまったんだと思う。

 理由が分かったからもう大丈夫だ。

 フランツ様へ明日からも拒絶してもいいよ。

 むしろ…アンジェ様に近付くのを俺が許せないかもしれない…。」


「ふふふ。大丈夫です。私に近づくことなんてできませんから。

 それに…ジョーゼル様が運命の相手だってわかったら、

 フランツ様はもう来ないと思いますよ?」


「それもそうだな…。」


いつの間にか距離が近くなっていて自然に手がふれる。

そのまま私の左手をジョーゼル様の両手で包むように握られる。


「待つ間、こうしていてもいい?」


「はい。いつでも、どうぞ?」


私の右手もジョーゼル様の手にそえると、目が合って微笑まれる。

さっき感じたようなつらさは、もうどこにも見えなかった。


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