第3話 無能勇者とミストルティン
その日の謁見は沈鬱な空気のまま終わった。
それどころか直前まで俺に対して柔和な表情だった王はあからさまに不機嫌になり。
周囲の人々からはわざと聞こえる様に『無能』だのなんだのと陰口をたたかれた。
「無能なのは確かだけど呼び出したのはお前らだろうに」
俺にしてみれば一方的に異世界に召喚され、無能のレッテルを貼られ。
退出間際には壇上の王様から『役立たずは要らん』とまで吐き捨てるように言われた。
「役立たずで悪かったな」
思わずそう言い返しそうになるのをぐっと堪え謁見の間を後にしたが。
その後に部屋まで俺を案内してくれたメイドも、あからさまに嫌々ながらといった空気を出していて心底この国が嫌になってしまった。
「俺が一体何をしたって言うんだよ」
一人、宛がわれた部屋で毒づきながら、すっかり冷たくなっていたコンビニ弁当をかっ込む。
そんな最悪な一日を俺はベッドに横になりながら回想する。
「朝早くに出社してサービス残業で夜遅くまで仕事して……そこまではいつもと変わらなかったんだよな」
思えばこんな最悪な気分になった原因を作ったのはあの占い師だ。
あの時アイツの声に立ち止まり冴えしなければ……。
「いや。どっちにしろ俺は召喚されていたか」
勇者召喚の仕組みはどんなものかわからない。
だけどあそこで立ち止まらなくても変わりはしなかっただろうことはなんとなくわかる。
「むしろあの占い師は俺を助けようとしてくれていたんじゃないか?」
俺の異世界召喚は既に決定事項で。
あの時占い師は俺の運命の先に光を見たと言っていた。
そして光の先には途方も無い出来事が待ち受けているとも。
それがこの世界のことだろうことは間違いない。
だとするとあの占い師の力は本物だということだ。
「ということはもしかして」
俺は胸ポケットを探って、一本の小枝を取り出す。
それはあの時占い師に無理矢理押し売りされたものである。
「この枝が俺を幸せに導くっていうのも案外本当なのか?」
俺は寝っ転がりながら指先で小枝をくるくる回す。
枝の先に付いた小さな葉は、結構な勢いで回転する枝からも外れる気配は無い。
「いったいこの枝はなんなんだろうな」
そうして何の変哲も無い小枝を俺はじっと見つめていると――
「わっ!」
突然俺の目の前に半透明の板のようなものが浮かび上がった。
「なんだこれ。何か書いてあるぞ」
『
ミストルティン
レベル:1
EXP:0 NEXT 10
形 態:デフォルト
モード:アドソープションモード
《アイテムスロット》
1:なし 2:なし
』
その板に書かれていたのはそんな文字と数字で。
「えっとミストルティン レベル1……? ミストルティンって聞いた事があるな」
たしか北欧神話に出て来たアイテムだったはずだ。
「たしか不死の神様を殺す道具にされたヤドリギだったかな? ん? ヤドリギ?」
確かあの占い師は言っていた。
この小枝は宿り木の小枝だと。
「霊感商法で押し売りされただけだと思ってたけど、もしかしてあの占い師は本当に凄い人だったのか!?」
小枝を握りしめる俺の手と声が震えてるのがわかる。
無能だと言われ、一人異世界でどう生きていけば良いのかわからなかった。
だがそんな俺に一筋の光が見えたのだ。
「神様、仏様、占い師様っ! ありがとう!!」
俺は部屋の外にいるであろう見張りに聞こえることも構わず、思わずそう喜びの声を上げたのだった」
「となれば次はミストルティンとやらで何が出来るか調べないとな」
俺は慌てて上体をベッドから起す。
すると俺の体の動きに合わせて目の前に浮んでいた半透明の板も移動した。
「それでこの板みたいなのが異世界ものでよく出てくるステータスってやつか」
俺はステータスに書かれた他の文字にもう一度目を走らせる。
『
ミストルティン
レベル:1
EXP:0 NEXT 10
形 態:デフォルト
モード:アドソープションモード
《アイテムスロット》
1:なし 2:なし
』
レベルとEXPは普通に考えてゲームでいうものと一緒だろう。
EXP、つまり経験値の横にNEXT10と書いてあるということは、何らかの方法で経験値をためて、それが10になればミストルティンがレベルアップするってことに違いない。
「異世界ものでは普通に読んでたけど実際にレベルとか存在する世界なんて不思議だよな」
しかし鑑定球とかいう能力を調べる道具がある世界だ。
いろいろなものが数値化されているのがこの世界での当たり前なのだろう。
「次の項目はは形態か」
デフォルトということは、この木の枝がミストルティンの基本形態ってことだ。
となるともしかしてレベルが上がるなりなんなりすると別の形に変形できるのではなかろうか。
「たしか神様を殺したとき、ミストルティンは矢に変化したんだっけ?」
神殺しの武器というと中二心が刺激される。
「えいっ」
俺は試しに木の枝を枕の方へ「矢に変われ!」と言いながら投げてみた。
「って、何やってんだ俺」
しかし期待外れにもミストルティンは矢に変化することはなく。
俺は投げた瞬間に消えてしまったステータスを開くためもう一度枝を拾って意識を集中させた。
「モードは置いといてこの『アイテムスロット』ってのは何だろう」
今は「なし」と書いてあるが、ミストルティンに何かアイテムが取り付けられるということだろうか?
表示から考えるに取り付けられるのは2個までってことなんだろうけど。
「といってもミストルティンにアイテムを取り付けるっていってもどうすればいいのかわからんな」
その手がかりは残りの一つである『モード』にありそうだ。
「でもアドソープションって何だ? 俺、英語はあんまり得意じゃ無いからわかんないぞ」
俺は『アドソープションモード』と書かれたステータス画面に指を伸ばし、何度かその文字をなぞるように左から右へ指先を動かしながら考える。
「せめて英語じゃ無く日本語で書いてあるかヘルプでも付いていれば良いのに」
そうぼやいた俺の眼前に新たなステータス画面が突然現れた。
いや、それはステータス画面では無く。
「ウソだろ。ヘルプが出て来たよ」
そこにはアドソープションモードがどういうモードなのかが簡潔に書かれていた。
「えっと、『アドソープションモードはミストルティンを触れさせたアイテムの形状や知識を吸収・学習させることが出来るモードです。』か」
簡潔すぎる。
だけどこれだけでも大体理解出来たのでよしとしよう。
「つまりこの枝を何かアイテムに触れさせると、そのアイテムのことを学習できるってわけだな」
俺はベッドから立ち上がると部屋を見渡す。
「それで学習したアイテムに変化させることが出来るに違いない」
と言っても部屋の中にあるのはベッドとテーブルセット、あとは部屋を照らすランプだけしかない。
「試すだけだからこれでいっか」
俺は枝を握りしめると、その先を壁に掛かったランプに触れさせる。
この灯りは火ではなく魔法の光だそうで、熱くないので触っても火傷する心配は無い。
「そういえばこの灯りってどうやって消すのか教えて貰ってないぞ」
俺が無能だとわかってから扱いが雑すぎて、メイドがそんなことすら教えてくれなかった。
「どこかにスイッチでもあるのかも知れないし、あとで探そう。それよりもこっちが先だな」
俺はミストルティンの力を使ってみようと意識を集中させ口を開く。
「さて、それじゃあ行くぞ! アドソープション!」
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