十六 造叛

 ヒカリの死は、捜査本部のみならず連邦警察や市警全体にも衝撃をもたらした。

 初めて死者が出てしまったというのもあるが、問題はそればかりではない。

 このことによって、捜査に大きな影響が出ることが確実になったからだ。

 現在連邦警察をはじめとする警察の方針は、

「人体改造事件についてはしばらく伏せる」

 ということで一致している。

 このような方針となったのには、まず事件そのものがかなり異常であるということがあった。

 そもそも数ある人体改造事件の中でも、これほどまで大々的に一般市民を無差別拉致した上に実際に改造した例なぞ、そうそうあるものではない。

 そんな事件をおいそれと一気に発表したらどうなるかは、火を見るより明らかだ。市民どころか社会全体が大混乱を起こし、捜査どころではなくなりかねない。

 特に緑ヶ丘に大激震を与えるのは絶対に避けねばならぬ。捜査拠点で捜査が出来ないような事態になっては、解決するものも解決しなくなる。

 またそれだけでなくこの事件の性質上、別口からも解決が大きく遠のく可能性が予測された。

 黒幕と目される一新興国産業には今回の拉致改造事件を実行したばかりでなく、密かに私兵を蓄えているという疑惑が持ち上がっている。もしこれが内乱計画の下準備だとすると、伏魔殿の下で魔王が飛び出さんと爪を研いでいるような油断ならぬ状況だということになるのだ。

 このように裏に何があるか分からない状態で、下手に全てを明かすとどうなるか。相手は計画の発覚を恐れて証拠湮滅を図るだけでなく、跡形もなく逐電してしまうはずだ。

 その挙句、地下に潜ってしまう可能性すらある。さらに画策しているのが内乱である可能性が高いとなると、むざむざテロリストを作ってしまうことになりかねないわけだ。

 ことを急いて敵を離散させ社会不安の種を増やすくらいなら、しばらく待って敵が集まったままの状態で一網打尽にして髪の毛一本残さぬ方がいい。打算的な考え方だが、こうしなければ恐らくこの事件は根本的な解決を見ることはないだろうと思われるのだ。

 むろん、摘発を遅らせることによる犯罪継続の危険性はないわけではない。

 だが葵という最大の証拠を逃亡させてしまうという手痛いへまを犯した状況では、実験を継続させるばかりでなく表立った行動に出ることすらはばかられるはずだ。

 その一方で、被害者の存在を隠しておかざるを得なくなるといううらみがあるのも事実である。

 今までは被害者の状況から、それが可能であった。

 清香や葵には直接諒解を得て協力してもらえているし、先に改造を受けた被害者は精神崩壊を起こして満足に話が出来ない上に身元不明の状態で、本人には悪い話だが存在を隠すのに都合がいい。

 このようなことから、これまでこの方針をさして大きく問題として来なかったのだ。

 だが今やヒカリの死によって、それが崩れそうになっている。

 彼女の存在を隠すということは、すなわち身元の明らかな被害者の死を隠す行為だ。

 いくら理屈をこねたとて、そんな行為が果たして社会的にも倫理的にも許されるというのか。警察の都合で被害者の死をもてあそんだことになりはしないか、という疑問が吹き出していた。

 だがその死を明かすならば同時に人体改造事件をも明かさねばならず、先ほども述べた通り捜査どころではないほど厄介なことになって後顧の憂いをも残す可能性が高い。

 要するに今まで通り捜査しやすい状態を維持するため人体改造事件を伏せ続けるか、捜査が困難になるリスクを冒して人体改造事件を公開するか、その二択を迫られることになったわけだ。

 むろん、このような懸念が以前からなかったわけではない。今までがたまたま運よくこちらに都合よくことが進んでいるだけなのはみな理解していたため、現在の方法を続けることが難しいような事態に陥ったらどうするのか、という議論はたびたびなされていた。

 それを全体でしっかりと詰めておかずに変に塩漬けにしてあったのが、自業自得とばかりにこちらへはね返って来てしまった形になる。

 翌日捜査本部で新星の連邦警察本部を混じえて行われた緊急会議は、ああでもないこうでもないと話がめぐり大紛糾の体となった。

(小田原評定ですよ、これ……)

 議長であるシェリルがうんざりとしているうちに、次第に結論がまとまり始める。

 結局、ここで出た結論は、

「ヒカリの証言の裏取りの間は伏せておき、捜査の進捗次第でまた考える」

 という、ほぼ先送りと言っていいようなものであった。

 シェリルもこれ以上は無理と考え諒承はしたものの、やはり釈然としない。

 新星にいる特殊捜査課長や同僚たちも同じ思いのようで、何とも言えない表情であった。

 そして、むすりとした顔のまま捜査本部に戻ろうとした時である。

 急に内蔵通信機に入電があった。

「はい、連邦警察の大庭です。……勝山さん?どうかしましたか?」

 そして、次の瞬間。

「……ええッ!?」

 普段めったに聞かぬような大声が、廊下に響き渡ったのだった。



「何でこんなことになるんだよ……」

 自宅の狭い裏庭で、宮子はいらつきながら言った。

 それを示すように、ばたん、ばたんと大きく尻尾がももをたたくほど揺れている。

「来るまでじっとしてて。下手に動いたら……分かってるよね」

 宮子の視線の先にいるのは、何と初老の男性であった。

 しかも土の上へ直に正座したまま、悄然として顔をうつむけているのである。

 眼鏡を威圧するようにぎらりと光らせ、猫族特有のとがった眸をさらにとがらせて男性を見下ろすと、宮子は右手に持ったスタンガンのスイッチをいじりながら一つ舌打ちをした。

「それにしても、敵の幹部に駆け込まれるなんて思いもしなかったよ。……ねえ、平沼さん?」

 鋭いとげのある声に、「平沼」と呼ばれた男は、びくりと震える。

 実はこの男こそ、ホソエ技研の社長・平沼良樹その人なのだ。

 ことの発端はじまりは、つい二十分ほど前にさかのぼる。

 仕事を一通り終え外の空気を吸おうと勝手口を出たら、眼と鼻の先の裏門の前にいきなり平沼が立っていたのだ。

「お願いします、助けてください……!」

 そう言って必死で拝むのに、宮子は、

「……平沼良樹だよね?ホソエ技研の社長の」

 後じさりしつつ、警戒を見せながら訊ねる。

 宮子は昨夜既にヒカリの件について聞かされ、幹部の一人として平沼の面相をしかと見せられていた。

 その男がいきなり眼の前に現れたのだから、確認せずにはおられぬ。

「そうです、平沼良樹です……!どうか助けてください!」

 平沼は突っ立ったまま、歯を食いしばって頭を下げた。

 これに対し宮子は、

「やだよ、知らないよ!」

 ぴしゃりと返すや、勝手口へ急いで入り扉を閉める。

 そして鍵をかけ、冷汗を流しながらそろそろと扉から遠ざかった。

(どうして敵の幹部が僕んち来てんの……!?)

 このことだ。普通に考えて有り得ないとしか言いようがない。

 とりあえず拒絶はしてみたものの、どうしたらいいのかにわかに思いつかなかった。

「ま、待ってください!私の、私の話を聞いてください!!」

 裏門に平沼が追いすがり、叫ぶのが聞こえる。

 距離が少し離れているとはいえ、大の男が大声を上げているのだからすさまじい圧力だ。

 そこに門ががしゃがしゃと揺れる音まで加わり、宮子は耳を押さえて身をすくめる。

 普通の住宅地なら近所の住民が飛んで来るのだろうが、この周辺は元々人家が少ない上に裏の家も空き家というありさまで、すぐに助けてくれる者のいない状態だ。

「うるさいなあ!!警察呼ぶよ!!」

 尻尾を毛羽立たせながらも、気を奮い立たせて叫んだ時である。

「呼んでください!それをお願いしたかったんです!!」

 およそ想像もつかない言葉が平沼から返って来たものだ。

「え、な、何、何なんだよ……!?」

「あなたは連邦警察の方とお知り合いでしたよね!?警察を呼ぶならその方に来ていただけるよう、直接連絡をお願いします!!」

 宮子がしどろもどろになっているのにも構わず、平沼はさらに想像を超えた要求をして来る。

 警察を呼ぶと脅したら頼むと言い、さらに相手を指名するとは全くもってわけが分からぬ。

「どういうことだよ!?それなら自分で警察署へ行けばいいだけじゃないか!!何で僕んち来て、僕に呼び出させるんだよ!?」

 もはや宮子はパニックになったまま、ただ突っ込むことしか出来ない。

 だが平沼はそんな宮子の混乱なぞ知らぬとばかりに、

「駄目なんです、私が直に行くのは駄目なんですよ!ですから連絡をして来ていただいてください、お願いします!!後生ですから!!」

 必死の声でひたすら乞い続けるばかりだ。

「わけ分かんないよ……!!分かった、分かった!!連絡してあげるから騒がないでよ!!」

 さすがにこれ以上叫ばせておくわけには行かないと、宮子がついに折れる。

 ぴたりと声がやんだのにほっと胸をなで下ろしたものの、今度は無性に腹が立って来た。少し仕返しをしてやらねば気が済むものではない。

「とりあえず今そっち行くから、おとなしく待ってて。門は開いてるから勝手に入っていいよ」

 宮子は鋭く扉の向こうに言うや、さっと近くにあった納戸に駆け寄って中をひとしきり漁った後、平沼が庭に立ち入ったのを確認してからわざとらしく思い切り扉を開いた。

 開くや、どんと平沼が庭に尻餅をつく。扉前にいるのを狙ったのだから当然だ。

「そこに正座して。あとは、僕の言う通りにしてね」

 そう言った宮子は弁慶よろしくバットや棍棒やらのこぎりやら木刀やらを「七つ道具」にして背に負い、薙刀ならぬスタンガンを手にして寄らば撃つとばかりの気魄を漂わせている。

 平沼が、一も二もなく従ったのは言うまでもなかった。

「勝山さん、大庭です。失礼します」

 連絡してから十分ほど後、裏門の前の道を通ってシェリルがやって来る。

「ごめんね、忙しいとこ……あんまりにもうるさいんでさ。てか、どうやって来たの?」

 開け放たれた裏門から入って来るのに、宮子が問うた。

「覆面で来ました。とりあえず、ここが見えるような場所に停めてあります。話からするに、正面から堂々と来るのはまずいような感じだったので」

「ま、本人の希望からすればそれが正しいかもね」

 これを聞いて平沼がほっとしたような表情になったのを、二人は見逃していない。

 気になったが、今はとにかく平沼の意図を問う方が先だ。

「連邦警察特殊捜査課所属の警視・大庭シェリルです。平沼良樹さんですね?こんなやり方で他人に迷惑をかけてまでわざわざ私を呼び出すとは、一体どのようなおつもりですか」

 ホログラムを示して眼の前に立ち、そう質問した瞬間である。

「じ、自首したいんです……!!自首を!!」

 すがりつくような声で、平沼がそう乞うたものだ。

「自首……!?」

 シェリルは、この発言に瞠目する。

 確かに被疑者と目される者が警察との接触を望んでいるとなると、この展開は有り得ることだ。

 有り得ることなのだが、状況が普通ではない。ともかく早く話を聞かねばならぬ。

「……嘘ではありませんね?」

「嘘じゃありません、信じてください!!私はもう、耐えきれないんです!!」

 その言葉にシェリルの眼が、一気に険しいものへと変わる。

「それでは署で話を……と言いたいところですが、今のように不安定な状態だとすぐに連れて行くのははばかられます。落ち着いてもらうためにも、まずは車の中で軽く事情だけうかがった方がいいでしょう。……ではその前に、念のため所持品を調べさせていただきます」

「はい、分かりました」

 シェリルの言葉に素直に応じると、平沼は持ち物を全て出すとともにかばんを差し出した。

 だが財布と鍵しか持っていない上、かばんの中にも不審なものは一切ない。

「分かりました……って、え!?服ですか!?」

 驚いたことに、平沼はスーツの上着を脱いで渡して来た。何か隠し持っていないか調べてくれということかと解釈してささっと調べるが、特に何があるわけでもない。

 終わると次は靴が差し出された。こちらも普通の革靴でしかない。

 さらにはYシャツやズボンや靴下まで脱ごうとするので、

「待ってください、渡されるまま調べてしまいましたが、ここまでする気はありません。第一、ここは屋外ですよ。裸になろうものならそれはそれで罪になりますから……」

 大あわてで止めたのは言うまでもなかった。

 恐らく危害を加える気はない、また油断させて害を与える気もない、さらにはその力もないことを徹底的に示そうとしたのだろうが、いくら何でもやりすぎである。

「……ちょっと、大丈夫?何だかこいつすっごく病んでない?」

 宮子がどん引いたと言わんばかりに、いか耳になって言った。

 今までの行動だけでも充分おかしいのに、ここまで異様だとそれくらいは言いたくなろう。

「勝山さん、そういうことは……。ともかく兇器や危険物の類は所持しておらず、当方に害を加える意思もないことを確認しました。それではこちらへ、改めてお話をいたしましょう」

「あの、僕は?」

「すみませんが、一緒に来てもらえますか。当事者ですので」

 宮子はぞっとしないという顔をしたが、理屈は分かるため承諾した。

「ありがとうございます。……あ、その武器引っ込めてくださいね、危険ですから」

 平沼が全て服を着終えたのを確認すると、宮子に「七つ道具」を片すように言う。

 それが終わってから細心の注意を払いつつ、平沼を車へ移送し始めた。

 窓にスモーク・フィルムのかかった車の後部座席に座る。

 奥に平沼、手前に宮子を座らせて真ん中に座ったシェリルは、さっそく聴取を始めた。

「まず、どのような件での自首ですか?」

「今起きている『緑ヶ丘女性連続拉致事件』と、夏にあった『UniTuber拉致事件』に関する件です。実はあの二つの事件で拉致された女性のうち三人が、人体改造実験の被害者となっています。……私はその事件を指揮している幹部の一人なんです」

「なるほど、その件ですか。それについては、当方も断片的ですが把握しています。あなたについても、幹部であろうことを既に認知しています」

「そうなんですか……!?」

 眼を丸くする平沼に、シェリルは昨日のヒカリの件についてさっと説明する。

 むろん彼女の証言や記憶から取得した画像・動画類により、平沼を幹部と知ったことも話した。

 平沼は警察側がここまで詳しく事件を把握していたことにも驚いたようだったが、それよりも、

「そ、そんな、亡くなっていたなんて!!何てこった……!!」

 むしろヒカリの死の方に衝撃を覚えたようである。

「そうです、亡くなりました。あなた方の非人道的行為のために」

 顔色一つ変えず淡々と返すシェリルに、平沼はしばし呆然と天井をあおいで黙り込んだが、何とか持ち直して話を再開した。

「それを行った松村と吉竹とその取り巻きたちは、さらに今内乱を企んでいます。同じく私もその計画に参加していました」

 この言葉に、二人がにわかに色めき立つ。

 最悪の想定が、現実に変わった瞬間であった。

「……それは、本当ですね?」

「本当です。ここで嘘をついても、私が得をすることなぞありません……」

 シェリルが注意深く再度問うのに、平沼は声を震わせながら答える。どうやら、本当に嘘をついていないようだ。

「なるほど、よく分かりました。……では、自首にこのような奇妙な手段を取ったのはなぜですか?本来ならば、ご自分で警察署に来るのが常識ではありませんか」

 この質問に、一瞬平沼はどう説明したものかという顔をしたが、

「警察署に直接駆け込んだりすると、やつらに露見する可能性が高くなります。困っていた時、こちらの方が刑事さんとお知り合いだという噂があったのを思い出しまして。一か八かその方にお願いしてみれば、隠密裡に自首がかなうのではないかと……」

 こめかみに汗をかきかき答える。

「あ、あれ?そんな噂、どこで聞いたの?」

「自宅周辺です……鏡団地の近くに住んでいますので」

 とんでもない告白に宮子が言葉をなくす横で、シェリルはひどくあきれていた。

 確かに警察に駆け込むところを見られれば、計画の破綻を悟った松村たちが証拠湮滅や逐電を図り、自首の効果が薄まるどころではなくなった可能性も否定出来ない。

 しかしだからといってこんな変化球どころか暴投に近いやり方で自首しようと考えるなぞ、一体全体どういう発想なのかと言いたくなった。

 もっとも、追いつめられた者が時に異常な判断や行動をするのはよくあることである。事実、自首を乞うた時の声は、かなり切羽つまったものであった。

 ここは必要以上に責めるべきではないだろう、そうシェリルは判断する。

「理由は分かりました。しかし勝山さんに対し大声で叫び続けて恐怖を与えるなど、大変な迷惑をかけたのは事実です。思いつめて正常な判断が出来なくなったがゆえのことと解釈し今回は厳重注意に留めますが、勝山さんへの謝罪はきちんと行ってください」

「はい……このたびは、私の勝手で申しわけありませんでした!」

「あ、はい……」

 歯を食いしばって謝罪され、さすがの宮子も毒気を抜かれてしまった。

 その姿を見るだけでも、平沼がおのれに対する罰を真摯に求めんとしていることは明らかである。

 こうなると、速やかに警察署へ移送してしかるべき処理を行う必要があった。

「続きは署でお聞きします。この車はご覧の通り窓にスモークがかけてありますし、署の地下駐車場に入れば、直接そこから中に入ることが可能なので露見する心配は薄いです。安心してください」

 そう言うとシェリルは車を発進するよう指示し、捜査本部に通信を飛ばし始めた。



 それから二時間ほど後。

 もはやなじみとなった一同を、ヤシロ宅に見出すことが出来る。

 ただし今回は、少しだけ顔ぶれが異なっていた。

「あの、私も来てよかったんでしょうか……?」

 いつもは神明社を守る立場だからと配慮して外されていた瑞香が、今回は呼び出されている。

「いいんだよ、中心部ががちで危ねえんだからな。お前さんが来ないでどうするってんだ」

 百枝が、乱雑にはねた髪をわさわさとかきながら答えた。

「しかし、意外にもほどがあるな。まさか幹部から足抜けするのが出るとは……」

「末端のやつならまだ分かるけど、どういう風の吹き回しなのかしらね」

 啓一とサツキがそんなことを言っていると、シェリルが部屋に入って来た。

「すみません、お呼びしながら遅れて」

 いつもは空で話すシェリルが、珍しく何やら空中ディスプレイを何画面も出している。

「とにかく急展開の上に情報量が多すぎて、こちらも整理に一苦労ですよ。お話し出来る状態に持って行くだけでもこのざまです。……とと、話に入りましょうか」

 あの後……。

 警察署へ移送され改めて自首を認められた平沼は、そのままシェリルたち連邦警察の刑事により取り調べを受けることになった。

「供述によると、幹部は松村・吉竹・平沼の三名です。この他に松村の直属の配下として役員が九人おり、さらに外部にも何人もいるとのことでした」

「あの三人のさらに下にぶんがいたのか。しかも役員が九人って……それ、総出じゃないのか」

「恐らくはそうです。会社の規模からして、それ以上役員を置いてるとは思えませんし」

 指揮系統は幹部が計画を立てて、松村が配下たちに指示を出すという形であるという。

 この役員たちは松村が取締役になる前から周囲にいて支えて来た者たちで、完全な幇間たいこもちの腰巾着だ。上司があのありさまなので、当然のごとく反社会的勢力などとも関わりがある。

 役員以外の配下については、その素性や人数を知る者は松村だけだ。反社会的勢力の構成員で松村に協力して来た者をはじめとして、闇社会の人間が多数いるものと推測されるが、かなり深くまで調べないと全体像をつかめそうにもない。

 もっとも出世から何から反社会的勢力頼みの男であるため、警察側としてもこの辺りは織り込み済みで、かねてから目星をつけていた者の身辺に探りを入れるつもりとのことだった。

「ここで注目したいのが、幹部三人の力関係についてです。とにかく偏りがひどいんですよ」

 この三人のうち首謀者は松村であり、他の二人は共謀者である。

 ただし松村は、単なる首魁とは言えないほどに強大な力を振るっていた。そのありさまたるやまるで独裁者で、吉竹と平沼は共謀者と言いながら逆らうことをほぼ許されない状態だったという。

 吉竹は自分の手の及ぶ範囲で反社会的勢力の取りまとめを行い、利益供与を受ける立場だった。

 謀議にも参与を認められて意見を述べたりもしているが、気まぐれにしか話を聞いてもらえず、ちょっとでも松村の気に入らないことを言おうものならぼこぼこに凹まされていたという。

 もっともこれはすきあらば話を自分に都合のよい方向、もっと言えば松村たちに責任を押しつけて逃げる方向に導こうとしたがるためだったらしく、ある意味自業自得であった。

 どうやらはなから松村の計画に本気で乗る気はなく、うまいこと調子づかせて自滅させ、権力の座から蹴落としてしまおうという肚で動いているらしい。松村はまだ気づいていないようなのだが、こんな芸のないやり方ではいつ露見するか知れぬ。

 しかし謀議においてそれなりに発言力を持たされ、計画の全貌も聞かされていることから、松村も煙たがりつつ一定の価値を認めていると言える。

 平沼は会社の名義貸しと、それによる利益供与を受ける立場にあった。

 隠れ蓑を提供するという大事な役目にある人物であり、いわば影の立役者である。

 だが謀議へは必要な時にしか呼ばれない上に発言力もないに等しく、置いてけぼりにされて勝手に話を進められることがほとんどだった。

 情報だけはそれなりの量が与えられていたが、共謀者としての体裁を整えるためにほとんどお情けでもらっていたようなもので、深い詳細は訊いても教えてもらえなかったという。

「えッ、そんな歪んだ関係だったんですか!?不自然だとは思いましたが、そこまでとは……」

 エリナが驚いた声で言った。ヒカリの記憶から動画出力を行った身として、あの様子にやはり引っかかるものを覚えていたようである。

「私も同感です。どう見ても対等ではないだろうとは思いましたが、ほとんど松村一人で引っ張っているようなありさまとまでは思いませんでしたよ」

 シェリルはそう言いつつ、顔をしかめて首を振ってみせた。

「結局のところ平沼はあの三人でも一番の下っ端、いわば下働きみたいなものということですか」

「そうですね。関与の度合から考えても、これは裏づけられています」

 拉致にはそもそも一切関与しておらず、人体改造実験や内乱計画でも会社の名義貸しとついでとばかりに形だけ謀議へ参与と、他の二人と段違いの小ささである。

「何をどうしようが共犯だ一蓮托生だと言われて、無理矢理引きずり回されていたようですね。平沼本人としては実に不本意で、本当は二人に会うのすら嫌で仕方なかったとのことです」

 どうもこの発言からするに、平沼は積極的にこの計画へ参加したわけではないようだ。

 そこを問うてみると、平沼は、

「松村にずっと脅され続けていたんです」

 悔しさをにじませながらそう供述したのである。

「おい、脅迫されてたのかよ。元々同じ会社の役員だったわけだし、縁で流されて手伝ってるうちに足抜け出来なくなったとか、そんなくちじゃないかと思ったんだが。気も弱そうだったしさ」

「そもそもこの二人、どういう関係なの?」

 これは、啓一とサツキであった。

 てっきり同じ穴のむじなと思っていたところで脅迫と来たのだから、さすがに訊かずにはおれぬ。

「はっきり言いますが、元は敵同士です」

「敵だって……!?個人としてか?それとも社員としてか?」

「後者です。一新興国産業は、何かと派閥争いが絶えない会社でしてね。平沼はその中でも、松村と初めて真正面から敵対した派閥の頭目でした」

 平沼の率いていた派閥・平沼派は、吉竹の無軌道な経営に対し不満や不安を抱いた管理職たちが自然に集まり、役員の中でも比較的穏健な平沼を推戴して作った派閥である。

 吉竹は平沼の気の弱さや組織の脆弱さをあなどって放置の姿勢を見せたが、その直後実権を握った松村は徹底排除に乗り出した。

 平沼派に与したと見れば平社員でも容赦なく左遷するなどして粛清し、派閥の領袖であった役員たちを自ら辞任させるまでに追い込む。

 とどめに平沼も、株主に手を回し株主総会で解任するという方法で失脚させた。これにより平沼は役員から転落してしまい、ただの管理職になってしまったのである。

 しかもそれ以降も松村は追撃の手を緩めず、降格や左遷を重ねて退職まで追いつめる作戦に出た。

 平沼は本社にいる分には何とか耐えたが、本社移転に伴う組織再編のどさくさに支社へ転勤の話が出たところでついに白旗を上げ、会社を去ったのである。

「こういうことがあったわけですから、単なる敵を通り越して相当な遺恨があるはずなんですよ。手を組むなぞ、普通に考えれば絶対に有り得ないでしょう」

 平沼としても、こんないまいましい男に金輪際関わりたいなぞと思わなかったはずだ。

 だがその年の秋、平沼がホソエ技研に請われて社長に就任した時、松村が突如として堂々と連絡を寄越し接近して来たのである。それも大昔に参考図面を提供したという話を今になって持ち出し、両社の縁を主張しながらのことであった。

「飛び上がるほど驚きました。しかし、私の認識も甘かったといえば甘かったのでしょう。あの男の粘着質な性格を考えれば、どんな些細なことでも探し出して利用してもおかしくなかったのですから……」

 松村の行動に平沼は意図を読みかねたものの、やはり元は不倶戴天の敵ということでとっさに自分と自社に対して害をなすものと思って警戒したという。

 ところが松村は和解を申し出た挙句、ホソエ技研への図面提供を積極的に行い、場合によっては技術もある程度提供することを約定すると言って来た。余りにも想定外の展開である。

「ですがそれは、絶対に裏がありますよね?あんな陰湿なことをしておいて、舌の根も乾かぬうちに笑顔で仲直りしようと言い出すなど破廉恥極まること、何か企んでいるとしか……」

「瑞香さんに同じくです。肚に一物あるっていうんでしょうか、そういう大人っていっぱいいますよね?」

「その通りです。果たして松村は見返りを求め、非常に身勝手な条件を押しつけて来ました」

 瑞香と葵の問いに、シェリルは意を得たりとばかりに言った。

 提示された条件は、以下のようなものだ。

「当方が行う試作品の開発・実験に対し技術を提供すること」

「試作品を販売する場合は基本『ホソエ技研』名義とすること」

 一つ目はまだともかくとして、二つ目は明らかに名義貸しを迫っている。

 おのれの名義をみだりに貸すことが身の破滅につながりかねない危険行為であり、場合によっては犯罪にすらなり得ることは、いやしくも社会人ならば誰でも知っていることだ。

 いわんや会社をや。しかも縁と言い張るにも薄すぎる縁しかない会社相手に、いきなり何でそんなものを貸せるというのだ。

「業種の関係上、『一新興国産業』名義では販売出来ない可能性が高いので」

 松村はそうとだけ説明し代償として金銭的な供与を約束したが、自分も会社も危険にさらしかねない行為だけに金で終わりにされてはたまったものではない。

 納得が行かず食い下がって詳しい話を聞き出そうとしたものの、松村ははぐらかして一切答えなかった。

「うわあ……ほしいのは名義だけで、お前や会社本体はおまけだと暗に言ってるようなもんじゃないか。さらにおまけなんだから詳しく知る必要はない、黙って言う通りやってろってか」

 啓一の言う通り、松村が欲しているのはあくまで「ホソエ技研」の名義であって、平沼や会社本体はそれに実体を持たせるために存在しさえしていればいいという思考なのは明らかである。これで黙々と言うことを聞いていろとは、まさに傀儡くぐつもいいところだ。

 しかも名義を使われているということは、何かあった時にとかげの尻尾切りに遭う可能性が高いことくらい容易に知れるのだから、こちらとしてはたまったものではない。

 だが、平沼はこの条件を飲んでしまった。

 応じねば株を買い占めて会社を乗っ取り、新しい社長を送り込んで人事に介入すると恫喝されたのである。もちろん、お家芸の反社会的勢力の協力つきでだ。

「まるで、会社を人質にされたようなものです。私一人で済めばいいですが、役員やら下の管理職やらにまで手を出されるかも知れないと思うと、抗う選択肢なぞ最初からなかったんですよ」

 実は平沼は、かなり部下を大切にする性格である。それを知っていた松村は、そこにつけ込んで首を横に振れないようにしてしまったわけだ。

「えぐいな……しかしそこまでしときながら、人を寄越せだの工場を貸せだのとよく言わなかったもんだ。どうせ脅してんだから、徹底的に利用してやろうと思わんもんかね」

 啓一が言うことももっともである。そうすれば計画の遂行はもちろん、いざという時の罪のなすりつけまでそう労せずして出来るのだから都合がいいはずだ。

「何と言っても元は敵だったわけですからね。下手に無茶な要求をして心証を悪くされては、計画に差し支えると思ったんでしょう。それに気の弱い人物が爆発すると何をするか分かりませんし、そのガス抜きをするためにがっつかない方がいいとも……」

「心証なんてこれ以上悪くなりようがないのに、寝言言うなって感じだな。しかもガス抜きまで結局失敗したんだから世話ないだろに」

 馬鹿かと言わんとばかりに、啓一は鼻で一つ嗤ってみせる。

 それに軽く苦笑すると、シェリルは話を戻した。

「ここで注目すべき点が、平沼はあくまで『試作品の開発・実験』としか知らされていなかったということです。具体的に何をするのかは、一切言われてなかったんですね」

「それが、実は人体改造実験だった、と。一応『試作品』を『開発・実験』したわけだから、嘘はついてないってやつか……どこまでもこすいな」

 松村の狡猾さに、改めて啓一があきれる。生き馬の眼を抜くような輩がごろごろしている闇社会と渡り合って来ただけのことはあるなぞと言うと、さすがに大げさにすぎようか。

「たばかられた、というのが正直な気持ちでしたね。まさか開発や実験の内容が、人体改造実験だったなんて。提供した技術が、知らないうちに悪用されていたんですよ……。しかもそんな恐ろしいことをしたという事実を、私や我が社のせいにすることも出来る。最悪最低でした」

 平沼はそう言って、顔を覆ったという。

 そしてさらに松村は、平沼に計画の謀議に出ることを要求した。当然、断れるわけもない。

 やむなく自発的に発言せず当たりさわりのない返事をして乗り切ろうとしたが、松村にいきなり意地の悪い質問や返事に困る話を投げられてはしどろもどろとなることも少なくなかった。

 当然わざとで、松村はおたつく平沼を見ながら悦に入ってにやにや笑っていたとか……。

「どれだけ性格悪いんですか?うちの父くらいの歳なんでしょうに、そんな小学生のいじめみたいなことするなんて幼稚にもほどがありますよ」

「まあ、いじめだな。……覚えておきな、こういう糞みたいな大人になったらおしまいだぜ」

 露骨に不快の念を示す葵に、百枝が教え諭すように言った。

「そのような経緯いきさつで途中から引き入れられたので、平沼が持っているのは人体改造事件と内乱計画の情報ばかりです。ですが、拉致事件に関しても少しだけ情報が与えられていました。流れ上、教えざるを得なかったんでしょう。でもそのおかげで、大体の事件像が見えて来ました」

 平沼によると、拉致を行ったのは松村や吉竹の背後にいる反社会的勢力の構成員たちである。

 主導は松村で、吉竹に団体の取りまとめを手伝ってもらった上で両者の背後にいる複数の団体に金を握らせ、国内各地で拉致実行部隊を結成させていた。

 だがその実態は、実にお粗末なものだったという。

「誰を拉致するかは、全て現場に一任していたと言っていました。基準さえ守ればとりあえずいいということにしていたと」

 こうして丸投げした結果、だんだんと仕事が粗雑になり失敗も次々と増えて行った。ひどい時には、目撃者をなりゆきで拉致するなどの衝動的な行動に出たことも少なくない。

 しまいには新星の実行部隊が失敗を取り戻そうとした結果、よりによって筋違橋すじかいばしという目立つ場所で拉致未遂を起こすという大失態を演じてしまった。

 これを知った松村が、直ちに計画を打ち切ったのは言うまでもないだろう。

「なりゆきで拉致って……それ私じゃないの、明らかに。他にもいるのかしらね、その分じゃ」

「筋違橋での拉致未遂、あれでやめたのか。じゃあシェリルと橋の上で会った日には、一連の犯行はもう終わってたんだな」

 清香と啓一が口々に言った。清香なぞはただでさえ巻き添えと分かっているために、こめかみに手をやって渋い顔となっている。

「それで、あいさんと葵さん以外はどうなってんだ?やっぱりどこかに監禁されてんのかね?」

「そうです。ただ場所については、例によって知らされていないと……」

「やっぱりな。……で、拉致した理由は?」

 期待していなかったという顔をした後、啓一が問うた。

「被験者をなるたけ多く確保するためだそうです。改造時に大量に機能を盛り込むことを目標にしているため、それなりの適性がないといけないというんですよ。そうなると内部調達だけでは足りなくなる可能性が高いので、外からも連れて来ようと考えたと」

「うわ、嫌なところで大当たりだ。そうじゃないかみたいな話をヤシロさんとしてたんだわ」

 シェリルがその言葉にちらりと眼を向けると、ジェイは軽くうなずいてみせる。

「全員女性なのは、何か理由があるのか?」

「それについては松村が一貫して口を閉ざしていたので、平沼も吉竹も知らないそうです。ただし一回だけ吉竹がしつこく訊いたところ、逆上しながら『そんなにむさい男が好きですか』と返して来たとか。もしこれが本音なら、単なる個人的な好みということになるかも知れませんね」

「うわ、絶対下半身でもの考えてやがるだろ。英田さんの扱いといい葵への仕打ちといい……全員木に縛りつけて金玉蹴り潰したろか」

 百枝が顔をぎりっとしかめ、吐き棄てるように言った。

「ま、まあ、これはあくまで推測ですから」

 過激な百枝の発言に引き気味となりつつも、シェリルはいくつか浮いていた空中ディスプレイを器用にあれこれといじり、次へと話を進めた。



「では次に移りまして……人体改造事件の概要ですが、これもある程度詳細な供述が得られました」

 中央の空中ディスプレイを指でピンチしつつ、シェリルはゆっくりと話し始める。

「まずは場所についてですね。ヒカリさんたちなど外科手術で等身大ドールに改造された人たちに関しては、『製造機器検修所』で古コンベヤを使ってやっていたそうです。これは本人も動いていない時に現地に行った上で説明されたとか」

「やはりあの建物でしたか……もう確実だろうとは思ってましたが」

「そうですね。ほとんど裏取りみたいなものです」

 エリナをちらりと見て、シェリルは続けた。

「そして英田さんと奈義さんですが、これは一人ずつ別々の場所でやったそうです。もっとも全て松村と吉竹でことを進め、平沼へは事後に簡単に説明するだけで済ませたそうなんですが……」

 まず清香が改造されたのは、大門町にある地下研究室であったという。

「完全に犯罪組織のアジトののりじゃない。どこの家の下とか分かってるの?」

「それがですね、分からないと言うんですよ。本当にその一言で、突っ込んだ質問をしても無視されたと」

「何それ……腐っても幹部よね?それが一言ってないでしょ」

「そうなんですよ。さすがにこればかりは信じがたかったので、かなり強く追及してみたんですが……ほんとのほんとに知らなかったんです」

「……『幹部』って言葉の意味を辞書で引きたくなるわね」

 シェリルがあきれたように言うのに、清香が露骨に眉をしかめた。

 次に葵の改造場所について訊いてみると、工場の敷地内であると答えたという。

「え?敷地内のどこなんですか?」

「それに関してはやはり英田さんと同じような感じで、場所と逃げた旨を一言ずつだそうです」

「こっちも教えてもらってないんですか……」

「その通りです。逃げた時の状況を説明して心当たりを訊ねたんですが、それは初耳だ、あの敷地からそんな簡単に逃げられるわけがないと大混乱に陥りましてね。場所云々以前にまるで話になりませんでしたよ」

「そんなあ……」

 葵が泣きそうな顔になってしょげ返った。

「教えられてねえんじゃしょうがねえよ」

 葵を慰めつつ、百枝が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「さすがにここまでだと、敵ながら同情せんでもないですね。……それで、目的は何なんだ?」

「もうほぼお分かりかと思いますが、来たる内乱の準備です。改造人間を量産して武装し国家転覆という」

「本気でそんないかれたことやろうとしてやがるのか!?」

 とんでもない言葉に、啓一が眼を見開いて叫ぶように言った。

 既に有り得ると想定されていたとはいえ、どこかでそんな馬鹿なという気持ちがあったのである。

「おいおい……回りくどいにもほどがあるだろ。それなら新星で命知らずでも雇って、政府要人の首狙いに行かせた方がよっぽど早いだろが」

 これは啓一だけでなく、想定を聞かされていた全員が思っていたことであった。

 確かに一地方都市でも統治を破壊すれば脅威にはなり得るが、そこから国家転覆にまでつなげるにはよほど綿密に練られた計画と強大な武力が必要である。

 そこでさらに改造人間を作って云々とやっているのだから、どこをどう見ても非効率極まることだ。

「というよりだな、ここじゃ人体改造は兇悪犯罪じゃないか。しかもとっ捕まったが最後、無期刑か死刑っつう。そんななのによくやるな、動機は何だってんだよ?」

 これに対し、シェリルは渋い顔で前髪をかき上げる。

「その辺も平沼に訊きましたが、松村曰く『この国を革新して新しい秩序を作り出し、自分の名をあまねく轟かせたいから』とかで……」

「はあ!?」

「ええ!?」

 これに、啓一以下全員が一斉に声を上げた。

「おい、ちょっと待て。革新云々新しい秩序云々は理解出来るが、名を轟かせたいってのは何だ」

「私に訊かれても困りますよ、文字通りじゃないでしょうか。平沼も『こちらも理解出来ないから本人に直接解説してほしいくらいだ』と言い出す始末で……」

 そう言って頭を抱えるシェリルに、啓一は、

「もしかすると、『ぼくのかんがえたさいきょうのあまのがわれんぽう』をやりたいってのかよ。それで『理想の社会に変えてやったぞ』といばって目立ちたいと……。売名のためにわざわざ内乱とか、理解出来ん、全くもって理解出来ん」

 思い切り頭を抱えてみせる。

「正直なところ、完全に妄想としか言えませんね……」

 シェリルがつき合いきれないと言わんばかりの口調で言うのに、

「だがその妄想につき合わされた人が何人も出て人生台なしにされた挙句、一人は亡くなってるわけだからな。とんでもないにもほどがある」

 とうとう啓一は立ち上がって、顔に血を上せながら言った。

 それなりの理屈があるように糊塗しているが、平たく言えばお山の大将になりたいだけである。

 こんな理念以前の幼稚な理由で内乱を起こそうと考え出す時点で、正気の沙汰とは思えぬ。

 しかもそのために無辜の市民を犠牲にして平然としているなぞ、言語道断と言うも生ぬるい。

「やはり、やつらは奸賊だ。速やかに伐つべきだろう」

 吐き棄てるように言うと、啓一はどっかと再び座った。

「で?この件に関しては、平沼はどれだけ関与してんだよ」

「謀議に参与したのみですね。まあ、例によって座っていただけですけども」

「ほとんど関与してないも同然じゃないか。まあ法的には、いただけでも参与したことになるんだがな。踏みつけにされた上、こんな濃厚な電波浴びるよう強要されるなんてほんとに因果なやつだ」

「吉竹みたいにつけ込んでやろうって思ってるなら逐一聞く気にもなるでしょうけど、何にもないんじゃきついわ。どう考えても精神すり減るわよ」

 自分なりに想像してみたのか、サツキが耳と尻尾をげんなりさせながら言う。

「ええ、もう苦痛も苦痛だったと言っていましたね」

 実は今回平沼が自首に至ったのも、この松村の支離滅裂ぶりによるものだった。

「こんなわけの分からない輩に振り回されるのは、もう耐えきれない」

 このことである。

 そうして鬱憤をため思いつめる日々が続いた結果、とうとう平沼は造叛を思い立った。

 そのきっかけは、松村がさして自分のことを警戒していないと気づいたことにある。

 どうも松村は平沼をその気の弱さから大いにあなどっていたようで、裏切りなぞ出来るまいと高をくくって最低限の監視しかしていなかったことが分かって来た。

 吉竹の監視をしているという男にこっそりとかなりの金を渡して訊いたところ、吉竹は複数人で二十四時間体制なのに対し、自分の方は一人か二人でいないこともあるという唖然とするような話を聞かされた。むしろ警察署や交番の周辺を見張らせて、姿を現わさないか妙な行動を取らないかを見張る方が効率がいいと松村本人が言っていたとまでいうのである。

 こんな環境ならある程度察知されず勝手に動き回ることも可能だし、さらには一つ死んだ気になれば自首なぞ簡単に出来てしまうではないか……。

 余りの慢心ぶりにあきれつつも自首を決めた平沼は、いずれ松村たちを道連れにするよすがになればと警察へ情報が漏洩するよう手を回し始めた。

 人体改造事件の証拠を拾ってもらうため、下請業者に金をつかませて廃棄予定のドールの回収をわざと後回しにさせたのである。ごていねいなことに、その隠蔽まで手伝った。

 この作戦が成功し、清掃局経由で連邦警察にドールが押さえられることになったわけである。

 さらに、ヒカリを目立つところに廃棄するように指示したのも平沼だ。

 まさか植月町の街中のごみ集積場という目立ちすぎる場所が選ばれるとは思わなかったようであるが、結果としてそれがいい方にはたらいたと言える。

 こうして見るとかなり大がかりな造叛行為だというのに、よく気づかれなかったものだ。

「……常々用意周到なのかいい加減なのか分からない連中だと思ってたけど、一番上までその調子とはねえ。馬っ鹿じゃないの。まだ裏切ったやつの方が頭いいわ」

 清香が、頭が痛いと言いたげに頬杖をついて言う。

(こんな連中のために、自分は人間をやめる羽目になったのか……)

 そう思うと、怒りよりもただただあきれと脱力だけが襲って来たのだ。

 ブリムが落ちたのを拾おうともしないのに、その気持ちが露骨に表われている。

 それにみながやるせなさそうな目を向けるのを見つつ、シェリルは次に話を移した。

「……次に内乱の具体的な計画ですが、実験が一通り終了した後、長い目で見ながら準備を整えて行くつもりだと言っていたそうです」

「何だそりゃ、ほぼ『予定は未定』と言ってるようなもんじゃないか」

「結局はそういうことですね。実現に恐ろしく困難が伴うことを、本人も一応理解はしてるんでしょう」

「はあ……」

 啓一は、露骨にあきれ果てたという顔をする。

 そこまで理解する頭はあるのに、そもそもなぜこんな計画を実行しようと思ったのだ。

 現実を無視してまで、何が何でも改造人間を作って使役してみたいのか。

 何がそんなに松村を執着させているのか分からないが、

「ここまで来れば逆に大したもの……」

 としか言えぬ。

「吉竹は、別に勝手にしろという態度だったようです。話に具体性がありませんし、そもそも出来ると思う方がおかしいですからね」

 さらに葵が逃げ出すという致命的な事件が起き、公安警察が本格出動したと聞いた吉竹は、

(ああ、とうとうこいつも自滅する時が来たか)

 松村が実行前にたたき潰される姿を想像して、密かに嗤ってすらいた。

 いつでも離れて知らぬふりが出来るよう、場合によっては松村を闇に葬れるよう子飼いの勢力に手を回し始めていたというから、よほど固く確信していたのだろう。

 だが不気味なことに、松村は全く計画を変えようとしなかった。

 これを伝えられた時には、当てが外れた吉竹はおろか平沼まであわて出してしまい、散々やめるように言ったのだが、全部はねつけられてしまったのである。

「どうかしていますよ。どう考えても計画自体が駄目になるのは目に見えているというのに、まるで意に介さないんですから……もうこいつは異常者の類だと」

 そう認識を改めた途端、いきなり松村の語る内乱計画が具体性を帯びて見えて来た。

「あんな輩に、普通の人間の思考が通じるとは思えません。いつかはまるで見当もつきませんが、絶対に動くでしょうね。今のまま続けても無理だと考えたとしても、それならそれでさっさと方法を変えるだけのことです。そうなるともう明日明後日でも決しておかしくありません」

 平沼はこの後、深々とため息をついたという。

「うわ、気味悪い……。いつ牙をむいてもおかしくないなんて冗談じゃないわ」

 サツキが片耳を倒しながら、ぞっとしないという口調で言った。

「あの糞野郎、下衆なだけじゃなくて頭いかれてやがったのか。終わってんな」

 百枝がいまいましげに舌打ちをし、今日何度目か分からぬしかめ面をする。

「まあ、それは私も正直そう思います。……そもそもの話として、武装集団を作るために改造人間を作ろうという発想自体が、既に異常なんですよ」

「……ん?そりゃ人体改造自体が異常なんだから、何したって異常に決まってるじゃないか」

 啓一が不思議そうに言うのに、シェリルは少し眉にしわを寄せた。

「私が言いたいのは、そういうことじゃありません。人を意のままに操って悪事をさせるのなら、別に改造しなくても精神操作で何とかなるんです」

「あッ、そういうことか。この世界では、そういう技術もかなり発達してるんだな」

「ええ。やり方次第では、ほぼ恒久的に効かせることすら可能ですよ」

「それって効果だけ見れば、ほとんど脳改造と変わらなくないか……?」

「変わらないどころか、ほぼ同一ですね。さらに躰の方も人間離れした運動能力や耐久性をもたらす薬物や、高機能ながら目立たない武装品がごろごろあるんです。それを使えば大体の犯罪は出来てしまいます」

「おいおい……そうなると人体改造なんかする意味ないじゃないかよ」

「その通りです。この方がはるかに手間がかかりませんし、露見してもまず死刑になることもないんですから、犯罪者にしてみれば使わない道理はありません。それをわざわざ即極刑条項のある人体改造の方に行くとは、虎の尾を踏みに行くも同然ですよ」

 シェリルは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせる。

「現に人体改造犯罪の多くは、特殊な嗜好を持つ人物の欲望を満たす目的で起こされているんです。例えば女性型サイボーグを病的に愛好する人物から依頼を受けて、狙った女性を拉致し改造するとか。即極刑条項が多すぎて『連邦一物騒な法律』という二つ名を奉られた法律を破ろうってんですから、犯罪者側もよほどの事情がないとやりませんよ」

「………」

 何やら考え込むような顔となった啓一をよそに、シェリルはひとつため息をついて手を滑らせ、眼の前の空中ディスプレイを脇に追いやった。



「話が大きくずれましたね。こうして平沼から内乱計画の概要を引き出せたわけですが、その供述に非常に気になる点が一つありました」

 それは「松村が方法を変えてすぐにでも動く」という言葉だ、とシェリルは続ける。

「これからするに、松村は改造人間による計画が実行出来ない場合、代替となる存在で蜂起するつもりと推測されます。しかも『明日明後日にも』とまで言うからには、既に予備がかなりしっかりと行われていると考えるのが自然でしょう」

 ここで、啓一の脳裡にある二文字が浮かんだ。

「ということは、やはり代替として私兵を蓄えてるってことでいいのか?」

「そういうことです。さっそくその観点から追及してみたところ、果たして供述が取れましたよ」

 シェリルの言葉に、啓一含め一同が色めき立つ。

 今まで影がちらつくばかりだっただけに、今回実態が明らかになるのではないかと期待されていたのだ。

「落ち着いてください。何度も言いますが、平沼に与えられた情報は限られています。これで全貌解明とは行かないでしょう。今、総出で捜査に入っています」

「……まあ、だろうな」

 ここでシェリルは今まで見ていた空中ディスプレイを最小化し、残ったものを中央に持って来てせわしなくあれこれと操作し始める。

「これに関しては、白書をはじめいろいろな資料を出しながらお話ししますね」

 五分ほどかけて整列させたところで、ようやく話に入った。

「まず、規模なんですが……心して聞いてください。約五千人です」

 シェリルの口から飛び出したとんでもない数字に、

「……は?今何人って言った?」

 啓一が唖然となって反問する。

「ですから、約五千人です」

 きっぱり言い切られ、たっぷり数分間その場が凍りついた。

 そしてややあって、

「げえっ……」

「ええっ……」

 誰からともなく悲鳴のような叫び声が上がる。

「ま、待て!それって機動隊はおろか、自衛隊とも充分ため張れる数じゃないか!」

「その通りです、これはもう立派な武装勢力ですよ」

 珍しくシェリルが冷汗を流したまま顔を凍らせ、眼だけこちらに向けて言った。

「……そんな人数、どうやって集めたんだよ。反社だってそんないないだろ」

「まさにその通りでして、全国の暴力団構成員の半分近くに相当します。腰巾着の準構成員や破落戸まで含めても、四分の一は集めないとこの数にはなりません。到底無理な話ですよ」

 警察白書や犯罪白書の一部を全員の空中ディスプレイに映し、数字を強調しながら語る。

「それに、質の問題があるでしょう。数ばかりいてもお話になりませんよ」

 軍事行動を取る以上、その組織や構成員には一定水準以上の理性や合理性が要求される。

 その存在からして情実で成り立っている暴力団なぞまるでお話にならないし、破落戸に至っては組織化されていない、またすることも難しいので論外だ。

「まあ、そりゃそうだ。あんなとりあえずぶん殴って怖がらせときゃ済むと思ってるような頭の連中に、『軍事行動』なんて高等なこと出来るわけねえよな」

 たびたびこの手の輩と戦っているだけに、百枝の言葉には妙な説得力があった。

「そうです。それに実際に私兵たちの行動を見ても、『軍隊』としての動きをしていますからね」

 平沼が言うには、私兵の一部は普段は警備やボディーガードを行い、拉致事件や人体改造事件では一新興国産業所有の貨物船に乗船して被害者を緑ヶ丘まで密かに輸送するとともに、監禁場所や実験場所への搬送や引き渡しを行うなどしていたようだ。

 桜通にいた自称「ボディーガード」については、その整然たる動きをシェリルもジェイも、そしてわずかではあるが啓一も見ている。

 また事件での輸送や搬送や引き渡しについては、いやに規律正しく自分たちを運ぶのを清香も葵も耳にしたり目にしたりしているわけだ。

 あれを本物の軍事訓練を受けた兵士と考えれば、いろいろと平仄が合う。

「おいおい、あの自称『ボディーガード』がかよ」

「ええ……それっぽいとは思ったけど、そこで本物はないんじゃないの……」

「うわ、本物の兵士に運ばれてたんだ、私……怖い」

 本物と聞かされては心穏やかではないらしく、啓一と清香と葵がそれぞれの反応をしてみせた。

 いずれにせよ本物の職業軍人か、それに近いだけのことが出来る人間ばかりなのは明らかである。

「ではどこから調達したのかという話ですが、これは二つあります。一つは、地球の元軍人や元兵士です」

「本職だったやつかよ。というより、地球のって……」

「あちらの方が人が絶対的に多いですし、いろんな国がありますでしょう?革命や民主化によって国を追われた軍人や、政府によって掃討されたテロリストの残党、さらには地域紛争などに関わっていた民兵など、居場所を失った戦闘員が山ほどいるわけですよ」

 言われて少し調べてみると、つい最近でも軍事政権が政変で崩壊した例やテロ組織が国家権力により潰滅させられた例がいくつも出て来た。

 異世界で未来だというのにこんなことが普通にある辺り、人の深い業を感じてならぬ。

 シェリルは空中ディスプレイを操作して、今度は公安白書を表示した。

「そこにも書かれている通り、地球で一度違う国に逃亡し、身分や経歴をロンダリングしてからこっちへ来ている者もいます。特に最近は増えているそうで、公安も注意はしていたそうですが」

「そうか、この世界だと宇宙に脱出や亡命っつうのもあるんだよな」

「ええ。地球上にいてくれる分にはいいんですが、うちのようなところに来られると困ります」

 天ノ川連邦のような宇宙コロニー国家はそれほど大きくもない上、コロニーが壊れるとそれだけで致命傷になるため、紛争に弱いといううらみがある。

 このため公安警察は入国管理局の協力の下、入国者の中にそういった背景を持つ人物がいないかどうかを徹底的に調べているというのだ。

「網にかかれば何やかやと理由をつけて強制送還出来るんですが、どうしてもすり抜けてしまうのがいるわけで……。で、入国したらしたでかたぎの生活なんて出来るわけありませんから、あぶれ者として闇社会に行くことになります。こうなれば……あとは分かりますよね」

 平沼も詳しくは知らないがとの前置きつきではあるが、

「闇社会で暴力団のやり方になじめずはぐれている元軍人や元兵士に声をかけて、札束で頬を引っぱたいて引き抜く。部下を連れて亡命したのもいたとかで、それも一緒に引き抜く。この繰り返しで人数を稼いで行ったようです。引き込めたのがよほどうれしかったらしく、『精鋭部隊完成だ』と満面の笑みをたたえてましたよ」

 そう供述している。

「そしてもう一つが、極左暴力集団です」

「へっ……!?」

 シェリルの口から出た単語に、啓一は固まった。

「いわゆる『過激派』のことですよ。『極左暴力集団』は警察用語ですね」

「それは分かってる。だが何が悲しゅうて、異世界、しかも二百数十年後の世界でそんな単語を聞かにゃあいかんのだい」

「そう言われましても、いるものはいるので」

「うっわあ……」

 思い切り嫌そうな顔をする啓一に対し、一同はまるで合点が行かぬという顔でぽかんとしている。

「あの、極左暴力集団とか過激派って……」

 サツキがようやく質問するのに、啓一は、

「過激な左翼思想を掲げ、暴力で革命を起こそうとしてる政治結社のことだよ。実際には思想も糞もないようなただのテロ集団だがな」

 こめかみに冷汗を流しながら言った。

「テ、テロ集団!?」

 そうなのである。

 もっともこの世界の状況からすれば、かたぎの生活をしている限り暴力団より出食わす頻度の低い存在と思われるので、刑事であるシェリル以外の者が知らぬのも無理はないと思われた。

「こいつらは昭和三十年代から四十年代にかけて、『革命』を標榜して過激な闘争をしまくったのさ。何度も何度も暴動やテロをやってな。学生運動や市民運動や労働運動といった権力に対抗する社会運動があると、入り込んで来て暴れ回ったりもした」

「………」

「暴れ方もすごいぜ、殴る蹴るなんてもんじゃ済まない。火焔瓶は投げる、爆弾はしかける、ミサイルもどきは撃つ……。それでしまいにゃ『内ゲバ』っつって思想の違う同士で殺し合いだ。無辜の一般人から死人も出る始末で、もう大迷惑なんてもんじゃない。普通の左派政党まで仲間だと思われて、何もしてないのにひどい扱いを受けてて気の毒にもほどがあったよ」

 部屋の空気が一気に恐怖に変わって行くのを感じるが、啓一は続ける。

「そのうち取り締まりが厳しくなった上に、世間からも蛇蠍のごとく嫌われるようになったもんだから、表で暴れていられなくなってな。そしたら今度は、労働組合や市民団体にもぐり込んで活動し始めてよ。大学とかにも入り込んで来て、若いのかき集めようとしたりとか……もうやばいにもほどがある連中だ」

「……え、ええと、いなさん。説明としては充分すぎるほど充分なんですが、何でそこまでご存知なんですか?」

 シェリルが落ち着けようとするように両の手のひらを前に出し、顔を引きつらせながら訊いた。専門にでもしていない限り、一般人にはおよそここまで詳細に説明出来るような代物ではない。

「いたの。俺の大学に」

「あ、ああ、なるほど……ご愁傷さまです」

「ご愁傷さますぎるぜ。お前な、同じ敷地に連中のダミーサークルあるとか耐えきれんぞ?そこからヘルメットしてマスクで顔隠した怪しげで剣呑な集団がぞろぞろ出て来てみろ、怖いの怖くないのって」

 いつもは一人でしゃべり散らすことを自制している啓一が機関銃のごとくまくし立てるのに、一同は驚きを禁じ得なかった。

 どうやら啓一、大学時代に不快感と恐怖感を継続的に味わわされたことから、極左暴力集団を骨の髄まで憎んでいるらしい。

「わ、分かりました。それじゃ、確かに詳しくなってしまいますよね……」

「詳しくなりたくなかったけどな。……というよりさ、異世界にいた上に、二百年以上も生き残ってるなんて思いもしなかったぜ。しかも宇宙でだぞ。驚いたなんてもんじゃないわ」

 そこで啓一は、ようやく一旦言葉を切り大きく深呼吸をした。

 それをある程度落ち着いた証左と見なしたシェリルは、ゆっくりと口を開く。

「……あの、禾津さん。お怒りのほどは分かるんですが、一つ大切なことを忘れてませんか?」

「何がだよ?間違ってないんだろ?」

「確かにそうなんですが、そういうことではなく。ここは二十一世紀の日本ではなく、二十三世紀の外国だということですよ。日本といくらつながりが強くても、天ノ川連邦はあくまで別の国なんです」

「あッ……」

 シェリルが諭すように説明するのに、啓一がはっとしたように固まった。

「気づいてもらえましたか。そういう類の存在がいるのは確かですが、何もかもが全て昔と一緒というわけではありませんよ」

 啓一が今度こそ完全に落ち着きを取り戻したところで、シェリルは空中ディスプレイをいじって別の公安関係の資料を提示してみせる。

「現在日本やこちらにいる極左暴力集団は、はっきり言いますが元祖の劣化コピーです。元祖を知って憧れた連中が、それらしく作った団体と言えばいいでしょうか」

「おいおい……もしかすると、ただの真似っこ集団だってのか?」

「明け透けに言えばそうです」

「なるほどな……ちょっと頭のいいやつらのごっこ遊びみたいなもんか」

 シェリルの説明に、啓一は頬杖をつきながら難しい顔となる。

「ただ真似っことはいえ、元が元だけに非常に危険なのには変わりありません。政治思想で固まっているのも、国家転覆を企むテロ集団なのも一緒です。また集団同士で反目し合って、内ゲバを起こしかねないほど険悪な仲にあることも同じです。劣化コピーのくせに、そういうところはしっかり一緒なんですよね」

「俺としてはそういう行動自体が変わらない以上、憎たらしいのには変わりないがな」

「ま、まあそういうことを理解していただいた上で、いろいろ話を聞いてもらえればと……」

 啓一の眼つきがまた変わり始めたのを見て、シェリルは大あわてで話をまとめた。

 さっきの様子からして、このままだとまた大暴走が始まるのは目に見えている。

「ともかくこの極左暴力集団を籠絡し、大量に取り込むことで数を増やしているわけです」

「テロ集団ね……しかも反政府組織でしょ、実質的な。確かに相性は抜群よね」

 立ち直ったサツキが、納得したように言った。

「でも今話を聞いた限りだと、一応政治思想で動いてるって建前なんですよね。たとえ最終目的は一緒でも、松村みたいに意味不明な理由を掲げる輩にそう簡単に協力するでしょうか?自分たちのめっきははがれるわ、一網打尽のリスクはあるわでいいことがないと思うんですが」

 エリナが、いかにも分からないとばかりに首をかしげながら問うた。

「それともう一つだ。複数の団体を引き入れないと、この数は稼げないんじゃないのか?今でも内ゲバしそうなくらい対立してるのに、どうやって共闘させるんだよ」

 さっきの説明からすれば、ここの極左暴力集団も内ゲバで殺し合いくらいは平気でするだろう。啓一にしてみれば、こちらの方がむしろ疑問だった。

「それは私も思いましてね。平沼に訊いたところ、松村の配下の一人がそちらとつながりを持っていて全て手配したんだとか。金で釣ったり武器の提供や補給を約束したりするだけでなく、指導者の間に立っていかにも共闘がいいことであるかのように口先でうまく丸め込むなどしたんだそうです」

「おいおい、そんなんで簡単に共闘が実現するのかよ。やっぱり劣化コピーだな」

 こんなことは、我々の世界の極左暴力集団では有り得ないはずだ。この行動だけ見れば、暴力団や破落戸集団とほとんど変わりがない。

「でも松村はこれだけでは信用が出来なかったらしく、ここに仕掛けを入れろと言ったそうです」

 そう言うと、何とシェリルは頭を指差してみせる。

「おい待て。それって、脳改造……」

「本人はそのつもりだったようですね。ロボトミーしろの機械埋め込めのと盛んに主張したとか。さすがにやりすぎだし必要もないと周囲が必死に止めて、実現には至りませんでしたが」

「うっへえ……」

 斜め上かつえぐすぎる発想に、啓一は露骨に顔を歪めた。

「ちょっと待ってよ……普通、そこでそういう発想になる?」

 耳の間を両手でぎゅっと押さえながら、サツキが嫌そうな表情で言う。

「まあ、ならないですよねえ。他にも手段はいくらでもあるのに、何で意地でも人体改造に持ち込もうとするのかと……全く理解出来ませんよ」

「もはや理解出来たら人として負けってやつだな、これは」

 あきれ果てるシェリルに、啓一が頭が痛そうに答えた。

「進めますね。次にこれだけの人員を、どうやって街に入れたのかということがあります。平沼によると、時間をかけつつもかなり真正面切って入れて来ているようです。さすがに幹部級となると隠れて入って来ているようですが、その他の雑魚は堂々とやって来ているとか」

「あー、そりゃ末端の構成員なんか一瞥じゃ分からんよな。それにここの場合いかがわしい輩が常に出入りしてるから、余計に埋もれて分からんだろう」

「そういうことですね。職務質問で見つけようにも、やり始めたらそれこそ全員にしないといけなくなりますから……。警察の仕事が麻痺しますよ」

「それでなくとも、職務質問って嫌がられるからな」

 啓一が肩をすくめるのに、シェリルは肩をすくめ返して話を続けた。

「さらに入れたからには、どこにどうやって置いておくのかという問題もあります。自分たちの手中で保護するにしても、軍人や兵士たちだけで手一杯のようですしね」

「やっぱり、街のあちこちに潜伏しているんでしょうか?」

 これはエリナである。

「そうです。やくざ破落戸の中にまぎれて暮らしている者もかなりいるでしょうし、定番ではありますがどこかにアジトを作っていたりするのではないかと見られています」

 そこでシェリルはにわかに苦い顔となると、

「……それだけならよかったんですが、よりによってとんでもない場所を選ばれましてね」

 こめかみに手をやりながら思い切り眉をしかめた。

「『龍骨』に入り込んでいるというんですよ」

「えっ……!?」

 シェリルの言葉に、啓一を除く全員が眼をむく。

「『龍骨』?あの船の龍骨か?何でそんなもんが……」

 啓一がわけが分からないとばかりに戸惑っていると、

「宇宙コロニー下部の骨格のことですよ」

 シェリルがそう説明した。

 この世界の宇宙コロニーが、重力制禦の発達によってある程度まで自由な形を取ることが出来るようになったのは先述した通りである。

 このため建造も簡素化しており、下部を骨格を組んでからパネルをはめて組み上げ、その上に透明な蓋を乗せるという方法が一般的だ。

 この手法をいつしか造船にたとえ、コロニー下部の骨格を「龍骨」と呼ぶようになったのである。

「龍骨は普通太い金属棒ですが、一部は均衡を取るためわざと中空にしてあるんです。出入口は複数、内部も迷路のように複雑、複数層になっていて簡単に行き来が出来ないと、潜伏するには格好の場所ですよ」

 シェリルがたらりと汗を流しながら言うのに、

「ちょっと待て、そんなところにどうやって入ったってんだよ……!?」

 啓一が思わず声を震わせた。

「それが、こちらにも分からないんですよ。平沼を締め上げても、自分はそう聞いただけだと」

「案の定か……!というよりだ、そもそもほいほい入れるようになってんのがおかしいだろ!?」

 舌打ちをして問いつめるように言う啓一の後ろから、

「それは違うわ、本来なら入れないようにしてあるはずなのよ。きちんと出入口に光線欺瞞を使った専用の欺瞞装置が置かれていて、市によって管理されているんだから。かなり高性能だから、破るとなると半端じゃない知識と技術が必要になるの」

 専門家として黙っていられなかったのか、サツキが口を差しはさむ。

「でも、それならどうやってそれを突破したっていうんだよ?」

「私に訊かれても困るわ。市民の安全に関わるだけに機密事項が多いし、装置自体も特注品なのよ。こうしただろうああしただろうなんて、安易に言えるもんじゃないの」

 サツキにたしなめるように言われ、啓一はぐっとつまったような顔となった。

 確かにすぐに想像がつくようでは、市民の安全も何もあったものではない。

「そ、そうなのか……だが、そんなとこにいるのに悠長にしてていいのか?」

「それは大丈夫です。コロニーのシステムに関わるようなものは一切ない、ただの細長い空間ですから。極めて強靭なので、攻撃しても傷が少しつく程度です」

「……じゃあ、純粋な潜伏場所でしかないってわけか」

「そういうことです。破壊活動の場はあくまで地上の方でしょう」

「ふざけやがって……」

 余りの小賢しさに、啓一が憎しみを露わにした声で言った。

「ふざけんなは、あたしたち市民が一番言いたいせりふだ。せっかくみんなで造ったこの街、乗っ取られて好き勝手にされてるだけでも業腹なのに、よく分かんねえ理由で焼土にされるだと?冗談じゃねえ、ここは公園の砂場じゃねえんだ!」

 百枝が叫ぶように言い、拳をどんとテーブルにたたきつける。

「もしこれで破壊行為に乗り出されたら、私が守って来たものはどうなってしまうんでしょう。全部灰燼に帰してしまうというのでしょうか……」

 瑞香は、顔を覆って泪を流しそうになっていた。

「倉敷さん、林野さん……」

 よく考えれば今いる中で建設当時からいる緑ヶ丘市民は、この二人だけである。

 だがそこで、百枝があることに気づいた。

「……あれ?オタ猫はどうしたよ?」

 これである。宮子もこの場に呼ばれるだけの資格があるはずだ。

「勝山さんには、既にこの辺を話してハッキングに回ってもらっています。龍骨の管理者である市との協力が必要となるので、早ければ早いほどいいと」

「大丈夫なのか、オタ猫一人で?ヤシロさんとかの協力いるんじゃね?」

「展開によってはいるでしょう。ただ、やり方がこの世界のものと全然違いますからね。法律に引っかかる可能性があるので、出来れば最後の切り札にと」

「変なとこでこだわってんじゃねえよ、いつも常識外れのことばっかしてるくせに」

「今回は市にいろいろお願いしたりするので、表立って下手なこと出来ないんです」

「……そ、そうなのか。そっちの事情を知らない相手じゃなあ」

 シェリルの珍しい言いわけに、百枝が微妙な表情を浮かべる。

 あれだけ自由なシェリルも、さすがに外と連携する時は目を気にするようだ。

 もっとも、いつもが気にしなさすぎではないかという気がするのだが……。

「つか市も何をやってんだ、何を。セキュリティどうなってんだっての」

 百枝の文句は尽きないが、このままこれを聞き続けていると話が進まぬ。

「それで、一体どうすりゃいいんだよ?」

「大量の事実が一気に押し寄せて来ましたからね……これからの調査次第、というところでしょうか。平沼の裏切りに対して、どう松村が動くかも分かりませんし」

 啓一の疑問に、シェリルが慎重な声で言った。

 言われてみれば、松村がどう出るかは判断の難しいところである。

 そもそもが非現実的で具体性のない話にこだわりながら一方で現実的で具体的な手段を整えているという、矛盾した思考や行動を平気で取っているような男なのだ。

 これでは平沼の自首に対する対応もどうなるのか予測のつけようがないし、さらにはこれから先どのように計画を進めようとするのかも見えて来ない。

 こんな状況で変にことを急ぐと、思わぬ失策をやらかしかねないのは明らかだ。

 それに宮子や市の調査の進捗次第では、潜伏している私兵どもをたたき蜂起を未然に防ぐことも可能になる。そちらからの解決の可能性もある以上、なお急いではならぬ。

 そう考えると下手に相手を刺戟しないように、余り大きく動くことは控えた方がいいだろう。

「ともかく、しばらくは通常の暮らしをしてください。何かありましたら……」

 そう言って、シェリルが場をまとめようとした時だった。

 途中から黙り込んでいたジェイがにわかに口を開き、

「……軽い!」

 鋭く叫ぶように言ったものである。

 突然のことにぎょっとして振り向くと、音がしそうなほど切歯するジェイの姿があった。

「突然申しわけありません。もう話を聞いていて腹が立って腹が立って……」

 呆然とする一同をよそに、ジェイはなおも顔をしかめたまま続ける。

「軽すぎるんですよ、やつは……!改造人間を作るということが、そしてそれを走狗として社会に害をなすということがどれだけ陰惨なものか、微塵も分かっちゃいないんです」

 歯のすき間から絞り出すように言うと、ジェイは一つ首を振った。

「考えてみてください。いくらこちらに敵意を向けて来ようと、その人物は人体改造の被害者なんです。でもこちらとしては仇なすとあれば戦わなければいけないし、最悪の場合殺してしまわなければなりません。……一体全体何が悲しくて、本来なら保護すべき被害者にそんな非道な真似をしなけりゃならないんですか」

 この言葉に、一同がはっとしたような顔になる。

「しかも自分の仲間が改造されて襲って来た日には、もう目も当てられません。本当なら戦う必要なんかなかったはずの相手なんですから。それでもやはり戦った上、場合によっては殺さなきゃいけないんです。筆舌に尽くしがたい苦しみと悲しみですよ」

 ジェイがいた世界では、改造された市民が使役されて破壊活動などの兇悪犯罪を行い、被害者との戦いの末に殺されるという光景なぞ日常茶飯事だった。

 被害者たちは自分たちに害をなした悪を倒したと言うが、そうして倒された「悪」が人体改造の被害者だという事実も厳然としてあるのである。

 被害者が被害者を生み互いに戦い合い殺し合う、これが陰惨でなくて何だというのだ。

「『人』そのものの否定なんです、改造人間に人々を襲わしめるということが。いやそれ以前に、おのれの手駒とするために人体改造を行うこと自体が。だのに、軽い、万事が軽い!」

「………」

「やつは自分の行為がこんな惨劇をもたらす代物だということを、考えたことも想像したこともないんでしょう。そうでなければあんな空想の具現化でもするような、子供のごっこ遊びの延長ののりで手を染められるわけがありません」

「………」

「もう脳味噌の中身からして、この世界の人たちとまるで違っているとしか思えません……まるで宇宙人エイリアンです」

 ジェイはついに顔を覆い、やりきれないと言いたげに首を振る。

「マスター……」

 エリナがそっと手をやるのを、一同は沈痛な面持ちで見やった。

 誰も何も言えぬまま、重苦しい空気が部屋に漂う。

 その沈黙を不意に破ったのは、啓一であった。

「……そうか、『エイリアン』か。有り得るな」

 いきなりとんでもない言葉が飛び出したのに、

「お、おい、待ってくれよ。それはもののたとえだっての」

 ジェイが何を言うのかとあわてる。

「いやいや、そういう意味じゃなくてな。……シェリル、ちょっといいか?」

 それにひらひらと手を振ると、啓一はシェリルに声をかけた。

「……え、あ、何ですか?」

「確認したいんだが、松村の経歴ってどれだけ調べ上げてるんだ?」

「かなり深くまで洗い出してありますが……」

 唐突な問いに、シェリルが不思議そうな顔をしつつも答えた時である。

 啓一が一つ息を深く吸い込むや、

「じゃあ訊くが、松村ってかなり特殊な経歴の持ち主だろ?もっと直接的に言うと生まれた世界が違う……つまり転移者とか」

 真剣な声でそう訊ねたものだ。

「えッ……!」

 シェリルは一瞬息を飲み、そう叫んで両手で口を覆った。



「な、何で分かったんですか!?そうです、やつは転移者ですよ!話がこんがらがるので、後日場を改めて言おうと思ってたんですが……!」

 啓一の唐突な問いに、シェリルは混乱しながら答えた。 

「当たりだったか……!やはり、やつは異邦人エイリアンだったわけだ」

 確信したように言うが、さしものシェリルもわけが分からぬ。

 今まで転移者のての字も出さなかったのに、なぜ言い当てられたのだ。

「あの、どうして?それと分かるようなこと言ってませんよね?」

「そういうのはない。それとは別に俺の方で内乱の想定が出た頃から今の今まで、ずっと心に引っかかってたことがあってな。それがヤシロさんの言葉でぴんと来て、結論として定まったってところだ」

 首をかしげるシェリルに、啓一はあごをひねりながら話し始める。

「実は松村が今やってる計画って、一言で言うことが可能なんだよな」

「一言で……?」

「お前さんなら言われれば分かるんじゃないか?二十世紀の特撮番組をはじめとするヒーローものでよくあった『悪の組織』の真似、もっと言えば再現だと」

 これにはシェリルだけでなく、全員がはっとしたような顔となった。

 エリナとジェイも知識としては知っていたためか、二人そろって瞠目している。

「そういえばそうですね、思い至りませんでした!」

 口に手を当てて納得したような声を上げるシェリルに、啓一は深くうなずいた。

 市民を無差別に拉致して人体改造と洗脳を行い、破壊行為をさせることで世界征服を目指す。

 これはかの『仮面ライダー』の敵組織・ショッカー以来、四半世紀以上に渡って様々な作品に登場した「悪の組織」の典型的な行動様式だ。

 松村がこれを意識して全ての計画を進めていると考えれば、あの改造人間への執着をはじめとする異様な思考や行動も充分に理解出来る。

「我ながら情けない話です。二十世紀の文化をいろいろ知っていながら……」

「いや、即座に思い出す方がむしろ難しいはずだ。だって今は人体改造が『現実』に出来るし、即極刑にされるほど『重い』兇悪犯罪の扱いじゃないか。犯罪者が嫌がって抜け道使うほどにさ」

「ええ、まあ……人体改造技術の確立から百八十年近く経っていますし、その濫用や悪用が犯罪として扱われるようになって久しいですからね」

「だろう?もうそこまでのことになってるのに、そんな技術が影も形もなく人体改造が『空想』の産物たる創作物にしかなくて『軽い』扱い受けてた頃のことなんて、持ち出そうだなんて思わんだろ」

「確かに三百年前の価値観を持ち出して、今の事件の捜査なんてしませんからね」

「そうだ。……それにこの現象、俺自身が既に経験済みでさ」

 そこで啓一は、内乱の想定が出て来た頃に植月神社の境内でサツキ・清香・百枝の三人を交えて話をした時のことを話した。

「俺が真っ先に『悪の組織』の再現だ、『空想』と『現実』の区別がつかないのかって言ったら、三人ともぽかんとしたんだぞ。サツキさんがしばらくして気づいて教えてくれたから、齟齬があるってことに気づけたが。こんなことが起きること自体、すぐに思いつけるもんじゃないって証左だろ」

 啓一が盆の窪に手をやって言うのに、三人が先日のことを思い出してなるほどというようにうなずく。

 あの時に図らずも認識の違いを確認し合ったことが、今回間接的に松村を転移者と見抜く手がかりの一つとなったというわけだ。

「それに別の方向から理屈で考えてみろよ。この世界の人たちは普通に人体改造犯罪を小さな頃から知ってるはずだし、それが即極刑ものの犯罪だとも理解してるはずだ。というより社会全体が『現実』にある『重い』兇悪犯罪として扱ってる時点で、骨の髄までしみついてなけりゃおかしい」

 啓一が言うのに、シェリルだけでなく一同が一斉に考え込む。

 確かに人体改造犯罪は自分たちの生まれる前から存在していることもあって、物心ついた時には既にしっかりと認識していたし、親はじめ大人たちからも「やったら縛り首」と教えられ続けていた。

「だけどそんな社会にあって、やつはあんな真似が出来るわけだ。人体改造を『空想』で『軽い』存在だと思ってないと、とてもじゃないが出来んだろう。社会の認識とあそこまでまるで正反対な輩が、この世界で生まれ育って果たして出来るのかといったら、まあまず否じゃないのかね」

「理屈です。だからそもそも生まれた世界が違う、すなわち転移者じゃないかと思ったというわけですか」

「そうだ。最初はなんぼ何でもと思ったが、今いろいろ話聞いてるうちに思い切ってこうとでも考えないと無理があるかなと。何より俺っていうサンプルがいるし」

 自分を引き合いに出すなんてぞっとしないが、と眉をしかめつつ、指差すように人差指を立てて何度も細かく前に振りながら話を進める。

「松村のいた世界では、俺の世界と同じように人体改造は『空想』でしかなく『軽い』存在だったんだろう。だがやつはそれに執心し、実現を夢見るほどに憧れを抱いていた。それが転移後にこの世界で人体改造が『現実』に出来ると知って、嬉々として今回の計画に乗り出した。そりゃ人体改造が『重い』存在である世界の出身者からすれば、万事が『軽い』と言わざるを得なくなるだろうよ」

「……でもこの世界で暮らしていれば、人体改造が重大な犯罪とされていることくらい少なくとも知識として入って来るはずです。なのに、どうしてそんなのりで手を染めたんですかね」

「さあなあ、やつに訊くしかないだろうさ。一つ言えるのは、自分の欲望を優先することばかりに執心して、後先考えてなさそうだってことだな」

「そこは後先考えるべきでしょう、下手すれば即刻十三階段なのに……」

「確かにな。自分の欲望のためには、この世界の理屈を無視することすら辞さない。現実なんて知ったことかと考えてそうだ。でもそのくせして、実用的な武力を蓄えて計画の成功を担保しようとするかのようなことをしてるんだから、大きく矛盾もしてる。もう滅茶苦茶だ」

「狂ってますね……見えてるものがまるで違ってるとしか思えません。まさに異邦人エイリアンであり宇宙人エイリアンですよ」

 理解しがたいと言いたげな顔をするシェリルに、啓一はげっそりしながらこめかみをもんだ。

 何に憧れようと心の中に留めるならば知った話ではないが、出来るようになったからやってみようと子供が工作でもするような調子で実行するというのが分からぬ。

「でも、何でまた『悪の組織』の再現をしてやろうなんて思い立ったもんですかね。いや、やつの改造人間への執心ぶりからすると、なぜ人体改造技術に目を留めたのかと言うべきでしょうか。基本的に禁忌の技術とされているので、技術自体に触れる機会はそうあるものではないはずなんですが」

 シェリルがあごに手をやりながら、不思議そうに問うた。

「私見だが、元々人の尊厳を破壊する行為が好きだったんだろうと思ってる。人体改造なんか、究極の尊厳破壊に入る代物だしな。今までの言動や標榜してる目的からしても、異様で歪んだ支配欲の持ち主なのは確かだ。思いがけず実現の道が見つかって大喜びってとこだろう」

「うっわ、簡単に言えば煮ても焼いても食えねえドS野郎ってことかよ……」

「支配欲もそこまで行くとさすがに異常よ。無辜の人たちを改造で蹂躙して悦に入り、忠実な人形にして囲ませお山の大将気取り……まるで理解出来ないわ」

 百枝がどん引いたと言わんばかりの顔となり、サツキが頭を抱える。

「女性ばかり狙ってるのも結局はそれなのかしらね。それも倉敷さんがさっき言ってた通り下半身でもの考えてる、つまり自分の性的嗜好を満たす目的で」

「その線は有り得ます。下手すると『改造人間で武装集団を作る』ってのは『悪の組織』としての体裁を整えるための建前で、本当の狙いは女性を改造して楽しむことにあるのかも知れませんね」

 清香がむっつりと言うのに、啓一がかぶりを振りながら答えた。実際の計画を見る限り、決して考えすぎとは言えない辺りが恐ろしい。

 ぎりっ、という切歯の音にそちらを見やると、ジェイが再び無言で歯を噛みしめていた。

 もう怒る気も何も言う気すらも起きないとばかりに、蒼白となった顔でしきりに首を振るのを、エリナが気づかわしげに支えている。

 元いた世界のことを考えれば、彼にとって松村の行動は言語道断どころか、その四文字をもってしても表現しきれないほどの醜悪な何かにしか思えないはずだ。

 その気持ちが伝わったのか、シェリルは唇を噛みしめると、

「……こうなると、空想と現実の区別がついていない頭のかわいそうな輩とも言えそうですね。そういうのが下手に技術を使える環境を持ったがために、こんな惨事になったと。いずれにせよ、何をするかまるで予想のつかない厄介な相手になりそうです」

 やるせなさそうな声でまとめてみせる。

「それにしてもあの野郎、どこから来たんだ。俺の世界の『悪の組織』を真似てると言っても通るのが気にかかる。まさか俺と同じ世界じゃあるまいな」

 啓一が腕を組みながらそう言うと、果たしてシェリルは息を飲んだ。

「同じです。『γ25-31-4座標世界』ですよ」

 転移者証明書を財布から出して見てみると、「転移元」の項目に全く同じ座標が書いてある。

「……いや、こりゃきついわ。うちの世界から、あんな糞野郎を出すとはな……しかも転移先でこんな大迷惑どころじゃない騒ぎ起こしやがって」

 どん凹みを起こしながら、うんざりとした声で啓一が言った。

「いや、禾津さんが悪いわけじゃないので……」

 シェリルがそう言うが、自分の世界から兇悪犯罪者を出して気分のいい者はいないはずである。

 まして啓一は転移自体にいい感情を持っていないのだから、余計にぞっとしないはずだ。

「……ともかく、こちらの進捗を待ってください。今の一連の話も、やつに対する見方を大きく変えることになるでしょうから。近いうちに絶対何とかしますので」

 シェリルの言葉に、一同は静かにうなずいて返事に代えたのだった。

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