ねこねこ家事代行サービス

ケーエス

猫の手、お貸しします

 ピンポーン


 インターホンが鳴らされた。

 女性がインターホンに向かっていった。

「はい」

 カメラには何も映っていない。いたずらかしら。

「ねこねこ家事代行サービスです!」

「あ、業者の方ですか」

 どうりで見えないわけだ。

「ちょっとお待ちを」

 女性はインターホンを離れた。玄関に向かう間に息子がいた。やっと起きてくれたようで寝ぐせが芸術みたいになっている。

「代行さんたち?」

「そうよ」

「わあい!」

 雅斗は飛び跳ねて玄関のドアに向かった。

「ちょ、ちょっと待って」


 息子が勢いよくドアを開けると、そこには誰もいなかった。

「あれえ、誰もいないよ」

 息子が辺りを見回した。

「もう、勢いよく開けるからでしょ」

 母親が息子を抱きかかえて廊下に下ろした。

は朝ご飯先に食べといて。もう時間ないからね」

「はあい」

 息子は眉毛を下げてリビングに向かっていった。


「すみません、代行の方いらっしゃいますか?」

 母親がドアの隙間から庭に向かって叫んだ。すると、門柱の陰から三匹の猫の顔がにゅっと現れた。

「すみません、うちの息子が驚かせてしまって」

 猫たちは母親をしばらく見染めた後門柱に引っ込んだ。やがて1匹の黒猫が母親の前までやってきた。

「いえ、こちらも失礼でした。ねこねこ代行サービスのクロロと申しにゃす。3日間よろしくおにゃしゃす」

 黒猫のクロロは目を数回瞬たせた後、頭をこっくり下げた。母親もつられて会釈する。黒猫はしっぽに巻き付けてあった巻物を取ろうとして、くるくる回りだした。

「あ、とりましょうか?」

「助かりにゃす」

 母親が巻物を広げると、拙い文章の羅列に墨で塗られた肉球の跡がポンポン置いてあるのであった。

「ええ、この3日間で部屋の掃除、最終日の晩御飯をやればいいのですねえ?」

「はい、そうです。よろしくお願いします」

「わかりにゃした。で、その本当にあれなんでしょうかね?」

クロロが言いづらそうに言った。

「え?」

 なんのことかしら。そう思っているとその隣に残りの2匹もやってきた。

「ち〇ーるくれるの?」

 茶トラの方が言った。

「オイオイ、ディー!」

 クロロがたしなめた。あ、そのことかと母親は納得して、

「そうですよ。報酬はそれで」

と笑顔で言った。

「やったー!」

 3匹は小躍りした。しっぽはピンピン。


 母がキャリーバッグの中身を再確認している間、3匹は息子に家の中を案内してもらった。

「ここが僕の部屋ね」

3匹は部屋を見渡した。ところどころにぬいぐるみが置いてある。

「ベッドは?」

ディーが聞いた。こういうことをずかずか聞けるのが彼の恐ろしいところだ。クロロは少し睨んだ。

「あ、まだママと寝てるから」

 息子は少し恥じらった。ディーがどんどん質問するのをクロロが抑えこみ3匹は部屋を後にしようとした。

「あ、あとさ」

 息子の声に彼らは振り向いた。

 息子はしゃがんで手まねきした。何用だろう。3匹が恐る恐る近づくと息子はランドセルからノートやら何やらを取り出し始めた。

「これさ」

 息子はヒソヒソ声で言った。

「やっといて」


「ではよろしくお願いします」

「行ってくるね!」

 息子が3匹の頭をなでた。

「し、仕事中にゃあ」

 3匹はしばし幸福を味わった。

「行ってらっしゃ~い」

 3匹は2人の背中を見送った。


「さあ仕事にゃあ!」

 クロロが耳をピンと立てた。

「オう!」

 トラ猫のディーもしっぽを立てて応える。一方一番図体のでかいシャム猫だけが、

「へい」

 と力なさげだった。

「どうしたんだ? ウル?」

 クロロが尋ねた。

「なあんか、音しにゃい?」

 シャム猫のウルが目をきょろきょろさせた。

「うーん、するかも」

 ディーも辺りの音を感じとった。

「これは工事の音だにゃあ。いつものことだ。そのうち慣れるさ。さ、さっそく取り掛かろう」

「にゃあん……」

 飛び出すディー。意気揚々と転がって掃除をし始めるクロロ。ウルはしばらくその様子を眺めていたが、やがてゆっくり動き始めた。


 3日後。


「お帰りなさーい!」

「ええ?」

 母親はキャリーバッグから手を離した。バッグは派手に倒れる。息子も硬直していた。なにを隠そう、玄関に現れた代行サービスの3匹は埃まみれでところどころ毛が無くなっていたからである。

「なに、この臭い」

 鼻になんだかむかむかくる感覚もする。いったい何があったのだろう。

「しっかり業務を遂行させていただきにゃした」

 てっぺん禿げになったクロロがうやうやしく頭を下げた。

「いや、しっかりって」

ウルが必死に毛づくろいをしている。もうそこに毛は無いのに。

「まず掃除ですが、この家の埃は徹底的に我々が絡めとりにゃした」

「ああ、それで……」

 母親は3匹を順番に見た。埃が付いたというよりかは埃に包まれたという方が正しいか。

「お料理もできているのでこちらへどうぞ」

 まるで一家の主かのごとくクロロが一行を引き連れた。


 リビングに入るなり、悪臭が立ち込めた。まず、リビングには所々吐しゃ物が広がっており、キッチンの方が焦げている。明らかに。

「え、これ……」

 さすがの母親も不快感が丸出しの表情になっている。

「カレーを作ろうとしたのですが、ちょっと手こずりまして」

 クロロが飛び乗った先にはボウルがあった。近づいてのぞいてみる。その中にあったのは切り刻まれたニンジンやら玉ねぎが適当に詰め込まれているものだった。息子が鼻をつまみながらその様子を茫然と眺めた。

「ルーの代わりにフードを」

 なるほど、野菜と一緒に入っている茶色いものはキャットフードか、いや関心している場合じゃない。

「では報酬を」

クロロたちは淡々としている。

「あ、ああ」

 母親は部屋を見渡し、3匹を見た。3匹それぞれ熱い視線を送ってきていた。その目は仕事をやりきったという充実感を醸し出している。可愛い。

「じゃあこれで」

 母親の中で何か諦めがついた。しゃがんで長細い一袋を取り出しす。中からち〇ーるがにゅっと出てきた。3匹は近づいてペロペロなめ始めた。母親はその様子を眺めながら弁護士事務所のCMを思い出すのだった。



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 先生より


 悠斗くん、プリントが肉球だらけです。ちゃんと自分でやりましょう。


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ねこねこ家事代行サービス ケーエス @ks_bazz

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