レンタル猫の手

愛空ゆづ

猫の手を借りてみた

あまりの忙しさに全てを放り投げて、死んでしまいたいとさえ思う。

職場と自宅を往復するだけの毎日。朝早くに家を出て夜遅くに帰る。家にいる時間よりも職場にいる時間の方が長い。

 今日も遅くまで残業をこなして帰路に就く。明日の作業内容などを考えつつ歩いていたら、いつも曲がる交差点を通り過ぎてしまった。知らない道ではないが、少し遠回りである。今さら戻るのも面倒くさい。いつもとは違うルートで帰るのもたまにはいいだろう。

 通り過ぎた交差点から少し歩くと、未だに明かりが点いた店を見つけた。

『株式会社レンタル猫の手』 ~猫の手、レンタルしませんか? 24時間営業~

 新しい猫カフェだろうか。24時間とは珍しい。なんとなく覗いてみると、受付に女の人が立っている。奥がどうなっているのかまではよく分からず、より中が気になってしまい扉を開ける。

「いらっしゃいませ、ご利用は初めてですね」

「はい……」

「わが社では忙しいお客様の為、猫の手のレンタルを行っております。つまり貴方が望むサービスをご提供させていただくということです。」

 サービスと聞いてゆっくり寝たいという気持ちが一番に出てくる程度には疲れているらしい。

「残りの仕事を進める手伝い及び安眠という事でよろしいでしょうか」

「まだ、何も言ってないんですけど……」

「では、他にも何かありますでしょうか?」

「いや、それでいいんですけども……結構素人というか内容をよく知らない人には難しい仕事なんですが……」

「心配ありません。お客様が仕事内容を理解しておられましたら全く問題ありません」

 逆に心配だ。

「それではお客様。お部屋にご案内いたします」

「待て、まだ何も解決してないんだが?」

「一刻も早くお休みいただけたらと思いまして。お客様からは既に代金は頂いておりますから、追加の代金を要求したりはしませんよ」

 訳も分からないまま、扉の前に案内される。部屋の中は普通のビジネスホテルだった。綺麗に整えられたベッドに、小さなデスク。

「本日はごゆっくりお休みください」



 とても深く眠っていた。半年ぶりにまともな睡眠を取ったような気がする。頭がすっきりとしているし、身体もいつもより軽く感じる。

「5時半か……いつもより少し早いな」

「おはようございます。お客様、朝食と珈琲になります」

 なんの物音も立ててないんだけどな……カメラでもあんのかよ……。そんな状態で無防備に寝ている方もどうかとは思うが。

「ありがとう……、食べたら行くよ。なんだか分からんけど寝れただけでも感謝しているよ」

 バターが塗られた美味いトーストと珈琲を飲み、会社へと出かける。


 鍵を開け、電気をつけると会社が見渡せる。どのデスクの上にも紙が山のように積まれており、地震が起きれば誰かは紙の下敷きになる事だろう。中でも一番散らかっているのは自分の席。机の上に紙の山が2つ、足元に1つ。

「真っ先に下敷きになるのは俺だな……」

 パソコンの電源を付け、文書の作成作業を始めようとすると違和感に気付く。ファイルの更新時刻が今日の早朝になっている。ちょうど俺が寝ていた時間だ。恐る恐るファイルを開くと、基本的な入力と必要な情報が記入されていた。私しか知らないはずの情報の入力まで終わっている。

「これは一体……」

 ちょうどそのタイミングでスマホに通知が入る。

『こちらがサービスとなります』

 その後も作業しようとしていたファイルを確認すると、10件のファイルへ入力が終わっておりミスがないことが確認できた。仕組みは分からないが、とても有用なサービスであることが分かった。それに十分な休息を取れた分、朝からかなりのペースで仕事をこなすことが出来た。その日は珍しく2時間ほどの残業で帰ることが出来た。


 後になって聞いた話だが、その日の深夜の防犯カメラを見ると、私が寝ている時間に私が出社して入力作業を行っていたらしい。本当にどう見ても映っているのは私だった。何だか気味は悪いが、上司は私を心配しだし、強く当たられなくなったのでよしとしておこう。

 帰り道、少し気分が良くなって保護猫の募金箱にお金をいつもより少しだけ多く入れた。

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レンタル猫の手 愛空ゆづ @Aqua_yudu

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